ようこそ!!がん哲学カフェへ 9
「よけいなお節介」より「偉大なるお節介」❶

がんになった妻が心を開いてくれない

樋野興夫 順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授
取材・文●常蔭純一
発行:2014年7月
更新:2014年10月

  

1年前に20年以上も連れ添った40代後半の妻が大腸がんを患いました。幸い、症状はそれほど進行しておらず、手術とその後の抗がん薬治療は順調に推移しました。現在では、以前ほどではないにせよ、体調もよくなり、3カ月前からは職場復帰も果たしています。

ただ気がかりなのは、私に対する態度にどこか冷たさが感じられること。私はもっと妻に楽しんでもらいたいと思い、折を見ては映画や観劇、旅行に誘うのですが、たいていは「放っておいて」と突き放されます。しつこく誘うと逆に「あなたは私のことを何にもわかっていない」となじられる始末です。

妻が再発や合併症の不安を抱え、悩んでいることは私にもわかります。だからこそ力になりたいと思っているのですが、どうすれば妻との関係を修復し、妻の力になることができるのでしょうか

(T・Yさん、55歳)

気持ちに寄り添い 心の対話を試みる

ひの おきお 1954年島根県生まれ。順天堂大医学部病理学教授、医学博士。(財)癌研究会癌研究所病理部、米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォクスチェースがんセンター、(財)癌研究会癌研究所実験病理部部長を経て現職。2008年より「がん哲学外来」を開設し、全国に「がん哲学カフェ」を広めている。現在32カ所の「がん哲学カフェ」での対話をはじめ、全国で講演活動を行っている

同じような悩みはがん哲学カフェでもよく聞かれます。患者さんの力になりたいと思っているのに受け入れてもらえない。とくに奥さんが、がんを患った場合に、こうした傾向が目立ちます。

そうした患者さんのご家族が訪ねてこられた場合、私は必ず、それまでの2人の関係を振り返ってみてください、とお願いしています。と、いうのはこうした場合には、奥さんは自らががんになったことで、にわかにそれまでの態度を変えるご主人に不信感を抱いていることが少なくないからです。

T・Yさんの場合もそうかと思いますが、日本の中年サラリーマンは、仕事に没頭するあまり、家庭や奥さんを顧みる余裕を持たない人が大半を占めています。こどものこと、老親のこと、自分やご主人の健康のこと、あるいは親戚関係のこと。のんびりと家庭で暮らしているように見えて、奥さんたちは多くの問題に直面し、悩みを抱え続けているのです。

しかし外で働くご主人たちは、そうした奥さんの悩みには一切、関心を持とうとしない。働いて生活の糧を得ることで、夫としての役割を果たしていると思っているのです。奥さんの目から見れば、傲慢で身勝手な生き方と映っていることでしょう。

ところが自分ががんになると、途端に態度を変えて、優しく接し始める。奥さんにすればそれじゃ、今までの態度は何なのよ、ということになるわけです。

つまり、それまでの一方的な夫婦関係の歪みが、がんという病気によって、一気に噴出しているというわけです。

T・Yさんにすれば、奥さんの機嫌がよろしくないと、簡単に考えているかもしれません。しかし、じっさいには問題の根は深く、そうそう簡単に解決できる問題ではありません。対処法を見誤れば、家庭内別居から別離へと発展する危険もはらんでいるのです。

とにかく寄り添い続ける

では、T・Yさんはどのように奥さんとの関係を修復すればいいのか。そのためには、まず何よりも、それまで長い歳月の間に積み上げられた奥さんの不信感を払拭する必要があるでしょう。

そこで私がT・Yさんに提案したいのは、とにかく奥さんに寄り添うように接し続け、心の対話を試みることです。映画に行こう、旅行に行こうといった言葉は必要ありません。奥さんにすれば、そうした言葉がけは「よけいなお節介」にすぎず、逆に神経を逆なでされるような思いにとらわれることでしょう。

それよりも言葉はなくてもいいから、とにかく同じ場にいるようにする。最近の家庭では、多くの場合、キッチンとリビングルームが一体化したつくりになっています。奥さんが料理を作っているのであれば、互いの姿が確認できるリビングで、奥さんと時間をともに共有するのです。最低でも30分はそうして時間を共有することを考えていただきたいと思います。

おそらくT・Yさんはそうして奥さんとともに過ごすことがほとんどなかったのではないでしょうか。しかし、そうして同じ場で時間を共有することで、互いの間に目には見えない理解と信頼がもたらされるようになるのです。

もちろん最初からこの方法がうまくいくとは限りません。奥さんのほうが気まずい思いを感じ、その場を立ち去ることもあるでしょう。しかし、何日も同じことを続けるうちに、それまでは凍てついていた奥さんの気持ちが、少しずつ溶け出し始め、気まずかった2人の時間が密度の高い交歓の時間へと変わって行くでしょう。そうして2人の関係がまた新たな境地へと向かい始めていくのです。じっさい私を訪ねてこられたご夫婦も、互いに理解しあえた途端、表情が緩みます。それは2人でいることが歓びに変わった瞬間でもあるのです。

そうした「寄り添い」は、最初は「お節介」と受け止められるかもしれません。しかしやがて、2人の新たな出発点に変わっていく。つまり同じお節介でも、こちらは人生をよりよくする「偉大なるお節介」というわけです。

見方を替えれば、T・Yさんは奥さんががんを患ったことで、自らの人生を見つめ直し、新たな夫婦関係を築く絶好の機会を得たということもできるでしょう。その機会を逃すことのないよう、真摯な気持ちで奥さんに寄り添い続けていただきたいものです。

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