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「顔を変えれば、世界が変わる」❷

がんになって夫との間に溝が生じた

樋野興夫 順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授
取材・文●常蔭純一
発行:2014年10月
更新:2015年3月

  

3年前に結婚。夫とは2人で4、5年働いて、生活基盤を固めてから子どもをつくろうと話していました。ところが1年前に子宮がんが見つかり、切除手術を受けることになりました。幸い、治療は無事に終わりましたが、それからは人生が変わってしまったような気がします。

子宮を切除したことでもう子どもは望めません。夫や夫の両親は、職場を離れ、自宅で1人落ち込む私に「子どもはいなくても、2人で仲良く生きていけばいいじゃないか」といたわりの言葉をかけてくれます。

しかし、それが逆に私にはつらいのです。そうしていたわられるたびに、私は夫やその両親との間に、溝のようなものを感じてしまうのです。夫や両親の言葉は本心から出ていると思います。にもかかわらず「本当の気持ちをいえばいいじゃないの」と強い反発を感じることもあり、そのたびに自分は何て嫌な人間になってしまったのかと自己嫌悪に駆られてしまうのです。

このままでは家族との溝は深まるばかりで、とても立ち直れそうにありません。どうすればこの状態から脱却できるでしょうか。

(S・Fさん、会社員30歳)

生きがいができれば関係も変わっていく

ひの おきお 1954年島根県生まれ。順天堂大医学部病理学教授、医学博士。(財)癌研究会癌研究所病理部、米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォクスチェースがんセンター、(財)癌研究会癌研究所実験病理部部長を経て現職。2008年より「がん哲学外来」を開設し、全国に「がん哲学カフェ」を広めている。現在32カ所の「がん哲学カフェ」での対話をはじめ、全国で講演活動を行っている

「がんを患って家族としっくりいかなくなった」――がん哲学外来では、多くの患者さんから、同じような相談が寄せられます。そんなとき、私はその患者さんに、必ずこう問い返します。ご家族の関係が悪化したのは、本当にあなたががんになってからですか――と。

がんという病気は嫌がうえでも患者さんの日々の暮らしに変化をもたらします。それが家族の関係に影響を及ぼしているともよく聞きます。とくにS・Fさんのように、子どものことで家庭内に亀裂が生じるケースはことのほか多いようです。でもそれは本当にがんが原因なのでしょうか。

多くの場合、本当の原因は違っています。誰かががんになることで家族関係に初めて、問題が生じるのではありません。それまでは互いに知らないふりをしていた家族間の問題が、誰かががんになることで表面に現れてくるのです。おそらくS・Fさんのケースもそうした一例と考えて間違いないでしょう。

S・Fさんはご主人やその両親に対して、以前から何がしかの不満や不信を感じていたのではないでしょうか。ただ多くの場合、それは将来についての希望や、現実的な日々の忙しさにまぎれ、心の片隅に追いやられているものです。

ところが、がんを患って、心に不安が芽生え始めると、それまでは心の奥底に埋もれていた不満や不信が堰を切ったように、頭をもたげてくる。

がんになったことで生じた問題というのは、実は以前からあった問題が表面化しているにすぎないのです。当然ながら、こうした問題は夫婦、家族間の相互理解の欠如に起因しています。

これは私たち日本人にとくにありがちな傾向ですが、夫婦、家族など、ごく親しい間柄の関係では、互いの気持ちを言葉で確認する風潮がありません。お互いが互いに理解しあっていると思い込んでいる。

しかし、実は互いの気持ちに微妙なズレが生じていることもある。そのズレは知らないうちに増幅し、何かのきっかけで爆発してしまう。つまり、がんはきっかけにすぎないということです。

がん哲学外来では、こうした場合には必ず、夫婦に来てもらい、私の前で思っていることを忌憚なく話してもらいます。多くの場合、そのことで問題は簡単に氷解します。患者さんの言葉によって、パートナーに気づきが起こり、相互理解が実現します。そしてパートナーの「すまなかった」というひとことで、患者さんも、それまでのわだかまりを払拭することができるのです。

まずは互いに理解しあう

もちろん、家庭内でも同じ手法で問題を解決することが可能です。

質問のケースでいえば、S・Fさんはご主人やその両親の言葉に偽善めいた響きを感じているのかもしれません。食事など対話の場をつくって、そのことをはっきりと話せばいい。おそらく、ご主人やその両親から「悪かった」と謝意が示されることでしょう。

ただ、そのときに忘れてはならないのは、S・Fさん自身も「こちらこそ、ごめんなさい」と、謝意を示すこと。相手を許すのではなく、自らも素直に非を詫びることで、素直に互いを認め合えるようになるのです。感情に檄することなく、虚心坦懐に思っていることを話せば、気持ちは必ず通じるでしょう。

さらにもうひとつ、このケースでいえば、S・Fさんは何か、やりがいを持つようにすることも必要でしょう。

私ががん哲学外来を訪れた相談者によくいうのですが、人間は誰でも何がしかの役割を持って生まれているものです。仕事でも、趣味でもボランティアでもかまわない。S・Fさんにもそうした自分本来の役割を見つけていただきたい。それは必ず生きがいにつながります。

そうして生きがいができれば、ご主人やその両親との関係も、さらに生きいきとしたものに変わっていくことでしょう。そのためにもまずは互いに理解し合うことから始めていただければと思います。

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