口腔粘膜炎:重視され始めた口腔ケアによる合併症の予防効果とは 歯磨き、うがい、歯科受診で口腔粘膜炎を予防しよう
抗がん薬や放射線の影響で、がん治療中に口の中が腫れる、ただれるといった口腔粘膜炎は多くの患者さんが体験する。しかし、痛い、食べられないなどのつらい症状は、治療前からの口腔ケアでずいぶん軽減できるという。なぜ起こるのか、どうしたら予防できるのか、がん患者さんの歯科診療を積極的に行う医師に聞いた。
抗がん薬治療で4割の人が口腔粘膜炎に
抗がん薬治療や放射線治療により、ほほの内側や舌などの口腔に炎症が起こることがある。これは口腔粘膜炎という症状で、がんの治療に影響を及ぼしたり、患者のQOL(生活の質)を著しく下げる。そのため、近年、口腔粘膜炎の予防と対策の重要性が専門家などの間で指摘されている。
口腔粘膜炎が発症する割合は抗がん薬の種類によって異なるが(図1)、抗がん薬治療を受ける患者さんの約40%、骨髄移植を受ける患者の約80%、舌がんや口腔底がんなどの頭頸部がんの放射線治療を受ける患者ではほぼ100%である。かなり多い割合で口腔粘膜炎が起きている。
口腔粘膜炎ができやすい部位は、ほほの粘膜、舌の側面、唇の裏側などである(図2)。
口腔粘膜炎は、抗がん薬治療を開始後、5日目ごろに発赤が始まり、10~12目ごろが最も重い症状になる。発症から2週間ほどで治まることが多いが、1カ月ほど続く場合もある。多くの場合、1カ月後には粘膜が再生し、元の健康な状態に戻る(図3)。
放射線治療の場合はだいたい、10グレイの照射で唾液がねばつき始め、30グレイで唾液の分泌量が低下する。50グレイで食べ物が食べにくくなり、60グレイで口腔粘膜炎の症状はピークに達する。多くの場合、症状は1~2カ月後におさまる。
ただし、頭頸部がんで放射線治療を受けた人は、重度の口腔粘膜炎のために口から食べることができなくなることも少なくない。その場合は、点滴や腹部に胃瘻をつくり、胃に栄養を直接、注入するなどの対策が取られる。
口腔粘膜炎を予防すると合併症は起こりにくい
がんの治療を受けると、なぜ口の中の粘膜に炎症が起こるのか。そのしくみを東京大学医学部附属病院顎口腔外科・歯科矯正歯科助教の古賀陽子さんは次のように話す。
「抗がん薬はがん細胞を攻撃するだけでなく、正常な細胞にも作用してしまいます。特に細胞分裂が活発な骨髄細胞や毛嚢細胞、消化管上皮細胞は強いダメージを受けがちです。口腔粘膜には、このうちの消化管上皮細胞に似た細胞があるため、影響を受けやすく、口の中に炎症が起こることが多いのです。
放射線治療の場合も、放射線が正常な細胞にも当たってしまい、口の中の粘膜に炎症が起こります。唾液腺に放射線が当たり、ダメージを受けると、つばが出にくくなって、口腔乾燥や味覚障害などの症状が出ることもあります」
口腔粘膜炎を治療で根本的に治す方法は現在のところないが、症状を軽減したり予防したりすることは可能だ。また、前述のように、一定の時期を経ると症状はおさまる。
また、口腔粘膜炎を予防すると、感染症など、ほかの合併症の発症を20~30%ほど軽減できるというデータもある。口腔粘膜炎対策は、がん治療を受ける患者さんにとって非常に重要なのだ。
専門家による口腔ケアをがんの治療前に
口腔粘膜炎を軽減、あるいは予防するために重要なのは、口腔ケアによって口の中を清潔に保つことだ。口腔ケアは、歯科医や歯科衛生士による専門的なケアと、患者自身が行うセルフケアの2つがある。
専門的な口腔ケアでは、虫歯や歯周病といった急性症状の治療や歯石の除去、歯のクリーニングなどが行われる。基本的には一般の歯科医院と同じことを行う。
また、専門的な口腔ケアは、手術や抗がん薬、放射線などの治療が行われる前から実施するのが望ましい。がんの治療が始まると、免疫力が落ちて、口腔ケアを行いにくくなるためである。歯を抜いた場合は、感染症などを防ぐため、抗がん薬治療や放射線治療は、できれば抜歯した日から2週間以上の間を開ける。
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