乳がん治療後の性の悩み対策とアドバイス

取材・文:池内加寿子
発行:2004年9月
更新:2013年8月

  

高橋都さん 東京大学大学院
医学系研究科助手の
高橋都さん

たかはし みやこ
内科医。
東京大学大学院医学系研究科(健康学習・教育学分野)助手。
専門は内科学、性科学、精神腫瘍学、公衆衛生学。
岩手医科大学医学部卒。
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。
日本性科学会幹事。日本サイコオンコロジー学会常任世話人。
共訳書『がん患者の』(春秋社)も話題を呼んでいる

予想しなかった患者さんの質問が乳がん術後の性の問題にとり組むきっかけに

7、8年前、ある人間ドックの専門機関でのことです。東京大学大学院医学系研究科助手で内科医でもある高橋都さんは、たまたま乳がんの非定形切除術を受けた40代の女性を診察する機会がありました。触診を終えた高橋さんに、その女性Aさんはしばらくためらった後で意を決したように質問したそうです。

「手術後、夫とのセックスがまるでなくなってしまい、自分でバイブレーターを使っているのですが、使い続けてもいいのでしょうか?」

高橋さんは、予想もしなかった質問に内心動揺しながら、「バイブレーターの使用が別に悪いこととは思いませんが」とその場をやり過ごしたものの、「なぜ自分はうろたえたのか、という疑問がいつまでも残った」と振り返ります。

「がん治療後のQOLを高めることは重要だとわかっていたつもりでも、実際の患者さんの性には考えが及ばなかったのです。この経験が、患者さんの性の問題に医療者として向き合うきっかけになりました」

非定形切除術=胸筋保存乳房切除術ともいわれ、胸筋を残して乳房を切除する手術

乳腺外科医の4割は、「性の相談にのるのは自分の仕事ではない」と回答

高橋さんが、がん患者さんの性の問題を扱った国内の論文を調べてみたところ、泌尿器科や婦人科のがんについては、生殖機能の温存や性交への影響に着目して治療法を論じた研究はあったものの、乳がん手術後の性への対応をテーマにしたものはほとんどなかったといいます。

「国内の文献には、乳がんの手術後の性生活は問題がないとするものが多く、性交や生殖機能を重視する医療者側の視点が影響していたと考えられます」

冒頭のAさんの例は、後述のように決して特別なものではないにもかかわらず、性の問題が置き去りにされてきた背景には、患者さん側、医療者側双方に要因がある、と高橋さん。

医療者側は、患者さんからの訴えがないと、問題がないものと考える傾向があります。ところが患者さん側は、相手が医療者であっても、プライベートな性の悩みを相談するのは恥ずかしいものです。

「また、治療後に起こる性的変化について説明を受けていないことが多いので、自分の問題が治療によるものかどうか判断しにくく、相談しても自分の悩みが改善するのか、医療者が答えてくれるかどうかわからないという側面も指摘されています。あるアメリカの研究者が言うように、医療者を困らせないよい患者でいたい、という心理も働いているかもしれません。一方、医療者側はまず治療を優先し、時間的にも忙しいため、生命に直接関係しない後遺症については後回しにする傾向があります。また、がん患者さんにとって性は重要ではないとの先入観や、性を語ることに対する羞恥心、知識不足もあるようです」

実際の医療者の意識を調べるため、高橋さんは、2001年に全国の乳腺外科医1313名にアンケート調査を実施。

「回答のあった635名のうち3割が、性の話は居心地が悪い、と答えています。性の相談にのるのは自分の仕事ではない、との回答も41パーセントありました」

患者さんの性の問題に積極的に取り組む医師がいる一方で、半数近くは、自分の領域ではない、と考えていることがわかります。

カップルにも独身者にもおすすめの2冊
『がん患者の幸せな性』表紙 『ボディイメージ、セクシュアリティとがん』表紙

アメリカがん協会が、男女それぞれの患者さん向けに配布している小冊子を、高橋都医師と針間克己医師が共訳してまとめたのが『がん患者の幸せな性』(春秋社)です。著者はテキサス大学MDアンダーソンがんセンターの教授で、臨床心理学者のレズリー・ショーバー女史。「術後の性生活について、実践的なアドバイスが詳しく紹介され、表現も具体的でさわやか。私は、“独身のあなたへ”という章の一節、“がんのことを話すのは、相手に対して信頼感と友情を感じられるときまで待つのがいいでしょう。それは、相手があなたという人全体を好きになってくれている、と感じられるときです”、というところが気に入っています。将来、日本のがん患者さん向けにの本を出したいですね」(高橋さん)

『ボディイメージ、セクシュアリティとがん』はイギリスの非営利団体キャンサーリンクの小冊子を翻訳したもの。かながわ・がんQOL研究会発行。患者さんには送料のみ、その他は1冊500円で配布。

2冊とも、がんの部位や性別を問わず、役立ちます。


患者さんの悩みは
「性感や性欲の低下」「セックスが苦痛」「求められない寂しさ」など

では、乳がんの患者さんはどんな性の悩みをもっているのでしょうか。高橋さんは、97年から99年までほぼ2年間にわたって、乳がん手術後の患者さん21名にインタビュー調査を行っています。

「外科の外来でチラシを渡していただき、患者さんの自由意志で参加していただきました」 

回答者の平均年齢は42.2歳。手術の術式は非定形切除術、ハルステッド法、乳房温存手術などいろいろです。

「治療後の性という微妙な問題についてどれだけ答えていただけるかとの心配もありましたが、病院の応接室や患者さんの自宅などで、皆さん予想以上に率直に話してくださったのが印象的でした。がんとわかってからのいきさつや治療法、パートナーとの関わりなどからお聞きしていくうちに、患者さんの側から性について話してくださることが何度もありました。インタビュー後に“あのときはこう言ったけど、じつはこうなんです”と電話やメールでやりとりを深め、2、3回お話をうかがった例もあります」

21名のうち、性的パートナーがいる17名中16名が術後数日から数カ月の間にセックスを再開していますが、そのうち13名は、性感や性欲が低下したとの悩みをもっていました。インタビューで聞かれた悩みには次のようなものがあります。

手術創に触られると、痛みや不快感がある

放射線照射部位の皮膚の違和感がある

自分自身の性感が低下した

抗がん剤、ホルモン剤の影響で、腟の潤いが不足して、強い性交痛を感じ、パートナーとのセックスが苦痛

パートナーがどういう反応をするか不安

手術創を見られたくない

パートナーが求めてくれなくなった、など

「このインタビュー調査を通して、冒頭のAさんのケースは決して特殊な例ではなく、乳がん治療後に心身両面の性的問題をかかえている方が少なくないことがわかりました」と高橋さん。

心理的・身体的な悩みは分けられるものではなく、身体的な性交痛があれば、当然性欲もダウンしますし、少し変形した乳房をパートナーがどう思うのかということが気になると、セックスに集中できなくなり、性欲や快感がそがれてしまいます。

「従来は性交さえ可能ならOKと考えられてきたかもしれませんが、パートナーとの人間関係や、術後のからだへのまなざしも含めて、性生活の“質”の部分を考える必要性を強く感じました」

ハルステッド法=脇の下のリンパ節、そして胸筋を含めて乳房を切除する手術法。患者に負担が大きい

[がん治療によって起こる女性の性的問題]

がん患者の〈幸せな性〉より
治療 性欲低下 腟の潤いの
低下
腟サイズ
の減少
性交痛 オルガズム
障害
化学療法 時々 頻繁 時々 頻繁 まれ
骨盤領域放射線治療 まれ 頻繁 頻繁 頻繁 まれ
広汎子宮全摘出術 まれ 頻繁 頻繁 まれ まれ
膀胱全摘出術 まれ 頻繁 常に 時々 まれ
腹会陰式直腸結腸切除術(A-P式) まれ 頻繁 時々 時々 まれ
全骨盤内容除去術+腟再建術 時々 常に 時々 時々 時々
根治的外陰切除術 まれ なし 時々 頻繁 時々
子宮腟部円錐切除術 なし なし なし まれ なし
卵巣・卵管切除術(片側) まれ なし なし まれ なし
卵巣・卵管切除術(両側) まれ 頻繁 時々 時々 まれ
乳房切除術、乳房への放射線照射 まれ なし なし なし まれ
乳がん・子宮体がんのタモキシフェン療法 時々 頻繁 時々 時々 まれ

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