- ホーム >
- 連載 >
- コラム・レポート >
- 楽・得 がんケアのABC
楽・得 がんケアのABC
第2回 手のぬくもりで、痛みや不安を和らげる ご家族でもできるタクティールケア
「タクティールケア」という言葉をご存じですか?
タクティールケアとは、手で相手の背中や手足をやさしく触ることで痛みや不安をやわらげる、スウェーデン発祥のタッチケアのこと。
がんの不安や恐怖、痛みを緩和する施術の1つとして、今注目が集まっています。タクティールケアの認定資格を持ち、PL病院(大阪府がん診療拠点病院)に勤務する看護師の松本比砂美さんに、その効果についてお話を伺いました。
施術法は手でやさしく背中や手足に触れること
「私がタクティールケアを修得したいと思ったのは、不安や痛みのある患者さんとそのご家族を、マッサージで少しでも楽にしてあげたいと思ったからです。アロママッサージなども有効な方法ですが、タクティールケアの長所の1つは無料で受けられることです。資格を持っている人は施術を行うことができますが、指導をしたり、タクティールケアによって収入を得ることはできないという規定があります。これだ! と思いましたね」と、PL病院看護師の松本比砂美さん。
松本さんは5年前、日本でタクティールケアの普及活動をしている、株式会社スウェーデン福祉研究所の講習会に参加。資格を修得して、勤務先であるPL病院で実践してきました。
タクティールケアとは、ラテン語の「タクティリス(Taktilis)」に由来する言葉で、「触れる」という意味があります。その意味が示すように、施術法をざっくり言うと背中や手足を触るだけ。タクティールケアを始めて7~8分経つと、脳内ホルモンのオキシトシンが分泌されると言われています。オキシトシンは、疼痛や不安感の緩和作用があることが科学的に明らかになっています。
松本さんは、「手のぬくもりを感じられる施術をすることで、患者さんの不安や痛みを和らげることができます」と言います。
さまざまな患者さんやご家族と関わってこられた、松本さんの体験談を紹介します。
「施術を受けながら逝きたい」と言われた患者さん
胃がんの転移があり、終末期の患者さんでした。この方は医療用麻薬で痛みを緩和するのが難しく、からだを丸めて、「痛い、痛い」と苦しんでいました。その方にタクティールケアを行うと、「とても気持ちがいい」と、穏やかな表情になりました。
でも、手をタッチしているときに、「ウーッ」と苦しそうな声を出されたので、「やめておきましょう」と言ったら、「やめないで、このまま続けて。私のおなかが痛いだけだから」と言われました。
私が出勤したときはタクティールケアを続け、患者さんの担当看護師も見よう見まねでマッサージをしてあげるようになりました。施術中は、思い出話を聞いたり、3人で世間話をしたり、ゆったりと時間が流れました。そして、最期が近づいたとき、患者さんは「ふたりの顔をみながらおしゃべりをしている中で逝かせて」と、私たちがケアをしながら話をしているうちに、人生を終わりたいと懇願されたのです。思わず、「まだ、そのときじゃないでしょ。私たちはずっとそばにいるからね」と言いました。その数日後、患者さんは旅立たれました。
また、このとき一緒にケアをした看護師からお母さんが食道がんで、あまり麻薬の効果がなく、苦しくて眠れないという話を聞きました。ふたりで胃がんの患者さんに関わったばかりだったので、私は「マッサージしてあげたらどうかしら」と勧めました。
彼女は実家に戻り、お母さんの背中や足をやさしくマッサージしてあげたそうです。すると、その日の夜、「松本さんと一緒にやったマッサージをしてあげたら、全然眠れなかった母が、今日は眠っています」と、泣きながら電話をかけてきてくれました。彼女の言葉に私も胸が熱くなりました。
タクティールケアでストレスを発散できる
私は今、認知症看護認定看護師として、認知症の相談窓口も担当しています。あるとき、認知症のご主人を施設に入れた女性が相談に来ました。彼女は、乳がんのステージIVで、通院でホルモン療法を受けていました。でも、ご主人の心配ばかりされ、「最期まで夫を家で看たかったのに施設に入れてしまった、私にはもっとできることがあったはずなのに」と、自分を責めていました。
私は彼女の話を聞いてから、タクティールケアを行いました。その後、気持ちが落ち着いたのか、「ここに相談に来るのが楽しみ」と言って、月1回、来ていました。
やがて、ご主人が施設で亡くなられました。「もう相談外来は利用できないですよね」と言うので、私は「いいですよ、今まで通りタクティールケアをしますから、この時間を自分のために使ってください」と伝えました。
彼女は月1回ですが、楽しみに通って来られます。そして驚いたことに、彼女はその後乳がんの転移がないのです。ステージIVと診断され、手術、抗がん薬治療、放射線療法を終え、現在行っているホルモン療法も、医師から「終了していい」と言われたそうです。
「タクティールケアをしてもらうとリラックスできるし、いろんな話を聞いてもらえるからストレスが発散できています」と、彼女はにこやかな笑顔で、私にそう言いました。
痛みや息苦しさに寄り添ってケアをした日々
私がいちばん心に残っているのは、60歳代の白血病の男性です。寡黙で、ギターが大好きな方でした。骨髄移植待ちで、化学療法を受けるために入院されていました。
私がタクティールケアをすると、「とても気持ちがいい、すっきりするね」と言われ、「抗がん薬の点滴をしているときは、点滴に意識が集中するけれど、マッサージ(タクティールケアのこと)をしてもらいながら点滴をしていると、気持ちよさのほうが勝って、不安が少しずつ消えていく。リラックスして抗がん薬を受けることができるので、何かしらの効果があると思う」と話してくれました。
そして骨髄移植が決まり、大学病院へ移るとき「期待と不安でいっぱいだけど、無事に終わったら、今度は私が移植を待つ人にいろいろ話をしないとね。この苦しみから解放されたら、誰かの役に立ちたい」と言われました。
ところが、ここから紆余曲折がありました。予定されていた骨髄移植が中止になったのです。病棟スタッフには多くを語られませんでしたが、私がタクティールケアをしていたら、「本人はドナーになるといっても、周りの人は心配するでしょう。周りの人の立場になれば、気持ちはわかるよね」と静かに言われました。
その2カ月後、再び骨髄移植が決まりました。私が病室に行ったら、満面の笑みで迎えてくれて、「移植のあとは副作用で大変になるかもしれないから、移植時まで食事と睡眠で体調を整えます。このマッサージをしてもらっているときは、本当に至福のひとときです」と。
しかし、翌週に2回目の骨髄移植が保留。「今からドナーさんを探して見つかっても、それまで私の体がもつかどうか。私の体は悪化しているから、明日どうなるか……」と言われたあとしばらく無言になり、「こうしてマッサージをしてもらうと体も心も癒される」と。
翌月、保留にされていた移植がやっと受けられることになりました。
しかし、移植後すぐに再発してしまい、患者さんの強い希望で大学病院からこの病院に戻って来られました。
私が病室に行って、患者さんの足元に立ったときの、あの安堵と笑顔の表情は忘れられません。私が手でタクティールケアのジェスチャーをしながら、「しましょうか?」と言ったらうなずかれたので、いつものように丁寧にケアをしたら、それまで息苦しそうにしていたのに、話ができるようになりました。
「松本さん、8カ月ぶりやね」と、にっこり。施術をしている間、奥様と同室の方と共に、登山や旅行の話をされました。息苦しい表情はなく、呼吸も乱れませんでした。その様子を見た奥さんが、「こんなに本人が楽になるなら、私にもマッサージを教えてください」と言われ、タクティールケアは指導してはいけない規則なので、簡単なマッサージの方法をお伝えしました。そこに師長も加わり、師長にも簡単なマッサージの方法を教えました。
別の日、患者さんの病室に行くと苦しそうな呼吸をしていたので、背中に施術をしました。「してもらうと全然違う、呼吸が整う、ラクになってきた」と言われ、実際に測ってみると、施術前の呼吸回数は1分間に48回だったのに対し、タクティールケアのあとは1分間に24回。普段の私たちの呼吸回数までにはならなかったものの、半分になりました。
タクティールケア「背中」
●株式会社日本スウェーデン福祉研究所「ご家族がタクティールケアを体験できる体験会もあります。詳しくはHPをご覧下さい」
①手を両肩にしばらく置き、次に両手を背中の真ん中にしばらく置いてから、時計回りに内から外へゆっくり滑らせる。肩、鎖骨まで届くように何周も行う
②両手を腰の真ん中に置き、斜め上に向ってハートを描くように両手を滑らせせる。肩のところは相手を包み込むように何度も繰り返す
③1度両肩に手を置き、ひと呼吸して右肩に両手をそろえてから、行ったり来たりしながら、徐々に腰の位置まで行う。最後に①を繰り返す。合計10分が目安