楽・得 がんケアのABC

第6回 美味しく食べて欲しいから 最期まで口の機能を保つために歯科医の力を借りよう!

監修●菊谷 武 日本歯科大学教授/口腔リハビリテーション多摩クリニック院長
取材・文●小沢明子
発行:2021年6月
更新:2021年8月

  

「歯科医が加わったチーム医療は病院では行われるようになりましたが、在宅治療における歯科医の重要性はまだまだ知られていません」と語る菊谷 武さん

がんになるとがん治療のことで頭がいっぱいになり、口内のケアのことは後回しにしてしまいがちです。近年、がん診療連携拠点病院の多くに歯科が設置され、口腔内のがん治療のためだけではなく、口腔内に発症した薬物療法の深刻な副作用を軽減させるなど、重要な役割を担っています。がん患者は歯科とどのように関わっていけばよいのでしょうか。

今回は、口腔専門のリハビリテーションクリニックで外来、訪問診療にも力を注がれている日本歯科大学教授の菊谷武さんにお話を伺いました。

がん治療の前に歯科を受診することが大事

がんになると、治療法の選択などやることがたくさんあり、歯の治療までは考えられなくなってしまいます。がん治療が始まって、もし入れ歯の具合が悪くなったり、虫歯が痛くなったら、そのとき歯科を受診するのでは遅いのでしょうか。

「がんの治療をすると決まったら、治療が始まる前に、まず歯科を受診していただきたい。がんの治療中もちゃんと食べられるようにするために、また安全、安心に治療が進むようにするためにも、口の中を整えておくことが大切だからです」

「虫歯や歯周病は、口内の細菌が原因の感染症です。がん治療の影響で患者さんの免疫力が下がると、今まで症状がなかった虫歯や歯周病が急に強い症状を出すことがよくあります。さらに、治療中の吐き気やだるさ、また副作用の口内炎などで口内のケアが難しくなり、また、細菌の増殖が重なると、口腔内の感染症から全身の感染症に広がる可能性もあるのです。ですから、がん治療の前に虫歯や歯周病の処置をしたり、口腔内をきれいにしたりして、衛生的な状態に保てるようにするわけです。

また、骨転移の治療などで使われるランマーク(一般名デノスマブ)などの薬剤の副作用によって顎骨壊死(がっこつえし)が起こることがあり、これが重症化すると顎の骨が折れてしまいます。顎骨壊死は、抜歯をきっかけに起こることが多いので、大きな虫歯や歯周炎のある人は治療中に抜歯することにならないよう、予防的に歯科を受診することが推奨されています。

さらに、抗がん薬による治療ではさまざまな副作用が現れます。口内炎ができやすい抗がん薬を使う場合も、治療前に歯科が介入して予防のための口内のケアを行えば、口内炎の悪化を防いで痛みを緩和できるのです。

口の周囲に放射線治療を行う場合も、口内炎や口腔内の乾燥などの副作用が現れます。副作用が強いと途中で治療を止めることになりかねないため、治療前も治療中も口内のケアを行い、痛みを緩和して予定通り治療が進むようにします」(図1)

「がん患者さんには、治療中でもおいしく食べて欲しいし、食べることで体力の維持につなげて欲しい。がん治療の前に口内を健康な状態にしておくことは、治療を乗り越える「武器」になります。そして、治療中も継続して口内を清潔で良好な状態を維持するように努めることが大切です」

「がんと診断されたら、まずかかりつけの歯科医に相談してください。かかりつけ歯科医による治療が困難な場合は、地域の専門歯科医院を紹介してもらうとよいでしょう」

歯科医による周術期の口腔ケアも有用

がんの治療中の口内のトラブルは起きてから対応するのではなく、治療を始める前に歯科を受診し、トラブルが起きにくいように準備しておくことが大切なのですね。手術の前後にも歯科が関わるのですか。

「がん診療連携拠点病院では、多職種が集まってチームをつくり、治療方針を検討していきます。そのメンバーに歯科医も加わることが増え、周術期の口腔ケアが注目されるようになりました。

全身麻酔で手術を受ける患者さんは、人工呼吸器のチューブが口から喉を通して気管に挿入されますが、このとき気管のチューブを通して肺に入り込んだ細菌が、術後肺炎の原因になることがあります。また、グラグラしている歯(動揺歯)があるとチューブにあたり、飲み込んでしまったり、気管内に入ってしまったりするリスクが生じます。

そのため、手術前後に歯石の除去や動揺歯の抜歯、ブラッシング指導などを行って、口腔内を清潔に保つようにします。

さらに、術後絶食期間がある場合は、口腔内の細菌の量が多くなります。実は、食べ物をとらないと、かえって口内環境は悪くなってしまうのです。このような場合も、口腔粘膜を刺激したり保湿したりして唾液の分泌を促し、細菌を減らすようにします」

肺炎などの術後の合併症が減少すれば、術後の回復が促されます。早期回復のためにも歯科の介入が必要ということですね。

終末期のがん患者さんと歯科の関わり

進行がんでは、終末期になると自宅療養に切り替える患者さんがたくさんいます。菊谷さんは外来だけでなく訪問診療もされていますが、どのように関わっているのですか。

「歯科が関わる患者さんの口腔健康管理は、主に『歯科治療』、『口腔衛生管理』、『摂食指導』の3つです。終末期のがん患者さんの状態は、大きく3つの段階に分けることができ、それぞれの時期によって力を入れる項目が異なります」(図2)

■日常生活の動作ができる時期(死の数カ月以上前)

「この時期に最も重要なのは歯科治療です。積極的ながん治療を行っているときは、歯科が後回しになるので、虫歯や歯周病が悪化したり、不適合な義歯を装着したままになっていたりすることがあります。私たちは患者さんの歯を良好な状態に戻し、しっかりと食事がとれるようにします。この時期が過ぎると患者さんの食欲は大きく低下してしまいます。この段階のうちに食事を楽しんで栄養をつけ、次の段階に備えて欲しいのです。

この時期はまだ、患者さんのADL(摂食・着脱衣・移動・排泄などの日常生活動作)が高く、口内の衛生管理は患者さん自身である程度行うことができます。また、頻繁に〝むせ〟が起こる人や、やせてきた人に対しては摂食指導を行い、栄養の改善に務めます」

■食欲が低下してきたころ(死の1カ月ほど前)

「患者さんの多くは『悪液質』といって全身に炎症が起こり、骨格筋量の減少や脂肪組織の分解、代謝異常などが引き起こされます。

食欲が低下してきますが、まだ食べられる時期でもあります。家族と楽しんで食事ができる最後の時期ですから、負担のない範囲で外出して好きなものを食べたり、行きつけのレストランのテイクアウトをしたりすることをお勧めしています。家族は『少しでも食べて欲しい』と思うでしょうが、本人もせっかくの食事を食べられないことがつらいのです。無理に勧めず、患者さんが望むものを食べさせてあげてください。

この時期は、患者さんに食べることを強いないことが重要です。担当医と連携し、患者さんの症状や、かむ・飲み込む力に合わせた食事のしかたを指導します。最近は、高齢者世帯の『老老介護』や、ひとり暮らしの高齢者などが増えているので、市販の介護食品などを上手に利用することなども提案します。

また、患者さんのADLが下がり、歯磨きなどがおろそかになってきます。口腔内の感染症を予防するためにも口腔衛生管理が大切になります」

■看取りの最終段階のころ(死の数日前)

「最期まで食事ができるよう、口の痛みをとったり、口腔乾燥を緩和する対応をします。

この時期には食べる量が減り、中にはほとんど食べなくなる人もいます。そんなときは、好みのジュースやゼリー、氷片をあげたり、お酒が好きな患者さんならビールやワインにとろみをつけて味わってもらったりします。たとえ数口だったとしても、家族は患者さんが食べてくれたことに納得し、送り出すことができるのではないかと思います。

食事がとれなくなると脱水症状になり、唾液が減少して口内環境が悪化します。口の中がカラカラに乾燥し、粘膜が歯に付着するとしゃべることすらできなくなるため、口腔ケアがとても重要になります。

患者さんが痛みを感じないように粘膜のケアをしたり、口内の汚れを取り除いたりします。また、家族とコミュニケーションがとれるよう、口内を保湿して口を動かせるようにします」(図3)

最期まで「食べる」「しゃべる」を続けられるように

食べることは生きるうえで必要なだけでなく、人生を楽しむうえでも欠かせないものです。

終末期まで歯科のサポートを受けられると、患者さんだけでなく家族もさまざまな工夫を提案してもらえて安心ですね。

「口の専門家である歯科は、患者さんの〝食べる〟〝しゃべる〟機能を維持できるように、治療や指導をしていきます。私たちは地域医療に加わり、看取りまで関わってきましたが、同じような活動をしている歯科医は多くありません。東京都では訪問診療を行っている歯科医の数は、医師よりも多いというデータがあるものの、看取りまで担当する歯科医はとても少ないのが現状です。

終末期に歯科が大切な役割を果たせることを、患者さんやそのご家族にもっと知ってもらえたらと思います。歯科医の力を借りて、最期まで食べて、しゃべれるようにしたいという発想を持っていただきたいですね」

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