患者、家族で考え方にズレも。話し合う場が重要
納得した乳がん治療、療養生活を選ぶために アドバンス・ケア・プランニングの取り組み
再発した乳がん患者が希望する療養生活とはどういったものか、それを実現するために治療法はどうしたらよいか――。患者・家族と医療者がともに話し合い、納得しながら進めていく、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)という決定プロセスが注目されている。医療現場の取り組みを探った。
再発患者の不安を軽減する取り組み
乳がんと診断されたとき、誰しもが大きなショックを受ける。ましてや、再発を告げられたときの患者の衝撃と不安は察するに余りある。これからどうなるのだろう、痛みはあるのか、死んでしまうのではないかといった恐怖、家族や子どもはどうなるのか、生活に支障が出てきたらどうすればよいのか……。懊悩(おうのう)は深まる。
このような再発患者の不安を軽減するために、患者、家族、医療者がともに取り組む方法として、医療現場で注目されているのが「アドバンス・ケア・プランニング(以下、ACPと略す)」だ。現在、実際の臨床現場で、ACPを取り入れて患者の治療にあたっている北里大学病院乳腺・甲状腺外科科長の谷野裕一さんは次のように話す。
「再発に見舞われた患者さんが今後どのように生活したいのか、どう生きたいのか十分に希望を聞き、家族と医療者と皆で話し合っていきます。そして、患者、家族がともに〝納得〟できる治療法や療養生活を選んでいくプロセスが、ACPです」(図1)
谷野さんは、ACPのプロセスを「登山」に例える。
「再発というどうすることもできない事態に対処するすべがわからない患者さんは、困惑し、不安や恐怖に陥ってしまいます。足元だけを見ていては、山頂が見えず、道に迷ってしまうのです。そこで、患者さんが不安にならないように、医療者が山頂までのルートマップを示し、どのような治療法があるのか、その治療が奏効しなくなった場合にどうするのか、といった点を家族も交えて一緒に考え、それぞれが納得しながら治療や生活を決めていく決定プロセスがACPになります」
ACPのポイントは〝納得〟
ACPはもともと、認知症の患者ケアとしてスタートしたものだ。認知症が進行し、意思決定能力が低下したときのために「先を見越して(アドバンス)」、患者の意思を尊重し、その人らしい生をまっとうできるようにサポートしていくケアプランを指す。
ACPががんの臨床に取り入れられるようになった背景の1つには、がんの初発と再発では治療の目的が異なり、再発の場合、完治を目指すのは厳しくなるという現実がある。
「原発の乳がんで転移がない場合は、手術(または手術+放射線療法)をすれば治癒する可能性は高いと言えます。しかし、再発・転移した場合、完治を目指すことは難しくなるので、薬物療法で症状を抑えながら、より長く今の生活を継続することが治療の目的になります。ACPでは、病状を正確に正直に患者さんに伝え、先を見据えながらどのような治療を選択していくか、また、どのように生活していきたいか、患者さんの希望を聞き、家族も交えて十分に話し合います。そして患者さんが〝納得〟して治療法を選択し、自分らしく生活することが重要です」
谷野さんは、ACPの最大のポイントは〝納得〟だと強調する。
「不安や怒りといった感情は、納得できていないから生じるものであって、納得できていれば起こることはありません。ただ、再発してしまった場合、『もう完治を目指すことは難しいです』と言われて、『はい、わかりました』と言う人はいないですよね。そこをどう自分自身の中で納得していくのか、そのプロセスが重要なのです。もし納得して治療を受けていれば、例え最期を迎える場合でも、ご本人が『私の人生これで良かったな』という思いになれると思うんです」
まずは、完治が難しい事実を理解する
再発した乳がん患者に対してACPを行っていく際、いくつかのステップを踏む必要がある(図2)。
まずは、患者に対して再発したことを伝え、治癒が難しいことを説明し、患者自身がそれを理解することが重要だという。
「再発した最初の時点で、がんを治すことは難しいことをお伝えします。例えば、肺や肝臓、骨にがんが転移した場合、お薬で治療をしたとしても、がん細胞を完全に取り除くことは難しいことを患者さんには伝えます。ただ、ここで注意して欲しいのは、もう何も治療するすべがない、ということでは決してないということです。『こういった治療法やああいった治療法など、治療法は色々あるけれども、治すために行う治療ではないんですよ。少しでも症状が出ないように、今の安定した状態が続き、自分のやりたいことを続けられるように治療していきましょう』ということをお伝えします」
再発した最初の時点で伝えておけば、患者にも十分に受容の期間があり、徐々に受け入れることができるという。
「再発を聞いた直後は動揺し、落ち込むかもしれませんが、体力はまだ十分あり、元気でリカバリー力もあるので、段々と受容していくことができます。もちろん、その際にご家族や医療者など周囲のサポートも重要です」
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