患者を支えるということ17

義肢装具士:失った手足を取り戻し、日常生活を支援 早期訓練で、患者さんもより早く社会復帰へ

監修●石倉祐二 石倉義肢製作所代表取締役社長
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2012年8月
更新:2019年11月

  

患者さんのことを考えてさまざまな工夫を凝らし、義肢製作を行っている石倉祐二さん
いしくら ゆうじ 京都府出身。義肢装具士・1級義肢装具技能士。埼玉医科大学病院・埼玉医科大学総合医療センター・埼玉県立大学・東京医科歯科大学などと義足の研究開発を進め、最近は「高齢者義足のありかた研究会」に力を入れており、よりよい義足とはなにかと常に模索している

がん治療のためとはいえ、足を失うショックは極めて大きい。そんなとき、義足は歩行を可能にするだけではなく、「1度は閉ざされたと思った世界をまた広げてくれる」と、ベテラン義肢装具士の石倉祐二さんは語る。

義足が与える勇気

この日、石倉義肢製作所には、若い女性が新しい義足の調整に訪れていた。

この日、埼玉県東松山市にある義肢製作会社には、若い女性が新しい義足の調整に訪れていた。彼女は、10代のころ、交通事故で両足を切断。今日は切断された足と義足をつなげるソケットという部分の調整を行っていた。何度も廊下を歩いて、その感覚や、足と義足との接触部分の当たりをチェックする。義足を使い慣れているせいもあるのか、いわれなければ義足を着けているとはわからないほど、自然に歩いていた。

それでも、歩きを確認しながら担当の義肢装具士は、足を支えるソケット部分にガムテープを貼ったり、はいだりして、何度も細かな調整を繰り返していた。彼女は、皮膚がデリケートなこともあって、ちょっとした当たりの強さで、皮膚に傷をつけてしまうのだという。歩いてはその感覚を確かめ、義肢装具士が調整するという地道な作業は、数時間にも及んでいた。

義肢装具士の石倉祐二さんによると、「最近は義肢の素材も部品もずいぶん改良されてよくなっている」という。石倉さん自身、義足をより使いやすくするために、いくつもの工夫を重ね技術を改良してきた。

たとえば、がんで足を切断したAさんの場合、体力の低下はもちろん精神的なショックも大きく、果たして義足を作っても歩くトレーニングができるかどうかさえ、危ぶまれたという。ところが、訓練用義足を制作してトレーニングを行ったところ、週ごとに顔つきもしっかりしてきて、職場復帰にこぎつけることができた。

何度も廊下を歩いて、歩いたときの感覚や、足と義足との接触部分の当たりを片足ごとに義肢装具士と一緒にチェック。

復帰から2カ月後、義足の調整に来たときには「同僚から、足ってなくても平気なんだなと言われた」と、喜んで報告してくれた。それだけ、義足でも以前と変わらない動作や歩行ができたということなのだろう。

実は、石倉さんが作る早期訓練用の下肢義足にも、石倉さんの経験と患者さんを思う気持ちから生まれた数々の工夫が生かされているのである。

切断手術直後の義足作りも

がん治療のためとはいえ、足を切断するのは衝撃的なできごと。なかなか受け入れられない人も少なくない。しかし、石倉さんによると、がん患者さんに対する義足の必要性は、時代によって変わってきているという。

「今は、がんの治療法も進み、がんで足を切断することは少なくなりました。しかし、かつては骨肉腫などで転移を恐れて足を切断し、化学療法で抑え込むという方法がよく行われていました」と石倉さんは語る。

当時は、すでにがんが転移していることを承知した上で、家族が「もう長い命ではないけれど、希望がないと気持ちも落ち込んでしまう。義足を作れば将来への希望も生まれて、一時的にでも元気になり、社会復帰もできるのではないか」と、義足を依頼してくることも多かったという。

そうなると、「残された時間を考え、少しでも早く義足を作り歩けるようにしなくてはならなかったのです」と石倉さん。そこで採用したのが、足の切断手術が終了した直後に、ベッド上で義足を作る「術直後義肢装着法」という方法だった。

義足は、切断した足にソケットをはめ込んで装着する。ベッド上で、切断した足をギプスで固めてソケットを作り、訓練用の義足でトレーニングを始めるのだ。

この手法の大きな利点は、術後すぐに切断した足をギプスでまき固めて、均一に圧をかけるため、断端の浮腫を抑えられる点だ。義足は痛いものという印象があるが、石倉さんによると痛みの原因は、切断した足のむくみにあるのだという。

義足による痛みを軽減

「手術後は足が大きく腫れ上がります。これが痛みの原因になるのです。だから、むくみを抑えてやれば痛みもないのです」と石倉さんはいう。ベッド上で義肢を作る場合、「リジッドドレッシング」という方法で切断面をギプスでまき固める。その結果、「むくみが抑えられ、義足を装着することによる痛みもないのです」と石倉さんはいう。足の切断面も早く安定するのだそうだ。ただし、「ベッド上で義足を作ると感染を起こしやすいので、血行に問題がなく感染の危険が低い人、基本的には事故やがんで足を切断した人を中心」に行われたそうだ。

しかし、やがて事故やがんで足を切断する人も減り、感染のリスクもあることから、術直後の義肢装着法は下火になっていった。同時に、これを作る技術を持つ人もまた、だんだんと消えていったのである。

しかし、この技術や経験が、今石倉さんが作っている早期訓練用義足の技術やアイデアのベースにもなったのである。

義足による早期訓練の重要性

最近は、よく動く人、あまり動かない人といった活動の度合いに応じて部品も開発され、義肢もずいぶん改良されて進歩しているという。写真は、あまり動かない人向けの義足。

石倉さんによると、少し前まで訓練用義足で歩けるようになるまでに、切断から半年はかかるのがふつうだったそうだ。それが、今では1カ月以内には義足を作って歩いてもらおうという方向に変わってきているという。それを可能にしたのが、早期訓練用義足なのである。

「足を切断してから抜糸までだいたい2週間ほどかかります。医師が傷口の状態を確認した上で抜糸後できるだけ早く訓練用の義足を作るのが望ましいのです」と石倉さん。

訓練用義足は、義足で歩くための訓練に使う、いわば練習用の義足で、その後、通常の日常生活で使う義足は“本義足”と呼ばれる。

なぜ、急いで訓練用義足を作る必要があるのか。実は、「手術後、車イスや松葉杖でいる時間が長くなると、体が歩き方を忘れてしまうのです」と石倉さんは説明する。

ふだんは無意識に歩いているが、歩くには筋肉や関節、バランス感覚などさまざまな機能が働いている。その動き方を忘れないうちに訓練を始めたほうが回復も早いのである。

早く義足ができれば、足を失ったという喪失感で気持ちが落ち込む時間も少なくてすむ。精神的な影響を考えても、大きなメリットなのである。

そして、手術した足の断端の形は日々変化していくのだそうだ。むくみもしだいに引いてくるし、形状も変わっていく。訓練用義足は、こうした変化にも対応できるものでなければならない。

「何もしないで切断面を放置すれば、断端が安定するまでに時間がかかり、その間に筋肉が衰え、関節も固まってしまうので、歩けるようになるまでに何倍も時間がかかってしまうのです」

1時間でできる訓練用義足

義肢を製作している様子。サイズを固定するため、中に詰めていた石膏を取り除く作業。

今は、抜糸後1~3週間で訓練用義足を作るのが一般的。「最初に作る義足が痛いのは、絶対にダメ」というのが、石倉さんの信念だ。

「痛みがあると結局訓練や義足を放棄して、車イスでいいや、もう歩けないんだという気持ちになってしまうのです」

そうなれば、それからの患者さんの生活の質も大きく変化してしまう。

できるだけ早く義足を作り、変化する足の状態に即対応していくにはどうすればいいのか。

そこで、石倉さんはさまざまな工夫をこらした。1番大きなことは、サーモプラスチックという新しい素材を使い、わずか1時間あまりで病院の中で義足を作るようにしたことだ。

通常義肢装具士が病院に行くのは週に1度だけ。その間にもどんどん足は変化していく。

その変化していく足に、義肢装具士のみならず理学療法士も簡単に調整出来なくては、結局あわない義足になって、義足は痛いということになってしまう。

これを是正するために、石倉さんはサーモプラスチックという新しい素材を採用した。サーモプラスチックは、80度ぐらいのお湯にしばらく浸けていると柔らかくなる。

足のかかとの部分を製作しているところ。

この時期の足の切断面は、まだやわらかくてブヨブヨだ。これを食品保存に使うラップで圧を加えて巻き上げ、形状を整える。その上にストッキングを装着。お湯で柔らかくした筒状のサーモプラスチックをはかせる。

その上からさらにラップをきっちりまきつけ、サーモプラスチックが冷えて固まるのを待つ。これで、全くその人の足型にピッタリの義肢用ソケットができあがるわけだ。

調整も含めて1時間ほどの作業だ。「訓練用の義足はゆるくてガバガバだからもうはかないという患者さんが多いのですが、この方法だと何度でも簡単に修正することができ、足になじみやすく、ゆるくなっても靴下の枚数を調整するぐらいで十分対応できる義足になるのです」と石倉さんは語る。

実際に訓練を行うのは、理学療法士だ。以前は義足がゆるくなったり、痛みを訴え、理学療法士から要望があっても対応に時間がかかったが、今では靴下を1枚増やす、または理学療法士ができる範囲の簡単なソケット調整といった処置で、すぐに対応できるようになったそうだ。

「とくにがんで足を切断した方は、化学療法で訓練も中断するケースが多いので、できるだけ早く、入院している間に歩けるところまでもっていってあげたい」と石倉さんは語る。

患者さんのためを思って

■サーモプラスチックを用いた訓練用義足の製作

ラップに圧をかけて足の切断面を巻き上げたり、サーモプラスチックを応用したのも石倉さんの工夫。今では一般的になったが、訓練用義足のソケット部分を2重にして調整しやすくしたのも石倉さんのアイデアだ。

義足作りは、決して経済的に恵まれた仕事とはいえない。訓練用義足の費用が保険で支払われるのは1度だけ。何度作り直しても費用は支払われない。それでも、「義足が少し悪いだけで、患者さんは夜も眠れないほど不安なものです。それにどこまで応えてあげられるか、何ができるのか、それをしていくのが私たちの仕事です」と石倉さんは語る。

今、石倉さんは理学療法士向けにも講習会を開き、理学療法士の人にも義肢を製作してもらっている。「理学療法士が義足のことを知らないと、訓練を受ける患者さんに迷惑がかかる」という思いからだ。

こういう人が、医療の現場を支えていることを多くの人に知ってもらい、そしてその技術と思いが受け継がれていくことを、願わずにはいられない。

①切断した断端をチェックし、ラップで圧を加えて巻き上げ、形状を整えた上で、ストッキングを装着する。

②足と義足をつなぐソケット部分には、サーモプラスチックという素材を使用。サーモプラスチックを80度ぐらいのお湯で温め、柔らかくする。

③柔らかくなったサーモプラスチックを断端に差し込み、ラップを巻きつけ、形を整える。

④サーモプラスチックが冷えてある程度固まったら、ラップを外し、サーモプラスチックを断端から取り外す。その後、トリミングしてソケットの形状に整える。

⑤ソケットが出来上がったら、実際に装着し、違和感がないかなどをチェック。

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