• rate
  • rate

祢津加奈子の新・先端医療の現場12

がん細胞だけを狙い撃ちする放射線療法「ホウ素中性子捕捉療法」

監修●山本哲哉 筑波大学付属病院脳神経外科講師
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2012年2月
更新:2019年8月

  
山本哲哉さん
「ホウ素中性子捕捉療法はがんに期待できる効果が出ているので、次は加速器の完成が目標」と語る
山本哲哉さん

放射線治療は、いかにがん細胞だけに放射線を集中させるかが課題。ホウ素中性子捕捉療法は、がん細胞に集積したホウ素と中性子を反応させて、がん細胞を選択して殺す、全く新しい形の放射線療法だ。

中性子とは?

「ホウ素中性子捕捉療法」といっても、初耳の人が多いはず。しかし、筑波大学付属病院脳神経外科講師の山本哲哉さんによると、理論的には1930年代から提唱されていたがんの治療法なのだという。

中性子は、ちょっとタイプは異なるが陽子線や重粒子線などと同じ粒子線の仲間。ただし、治療のしくみはかなり異なる。

放射線治療によく使われるエックス線やガンマ線は、体内に入るほどエネルギーが低下する。そこで、多方向から照射し、がんに集中させる方法が進歩してきた。脳腫瘍の治療に使われるガンマナイフやサイバーナイフなども、周囲から多数の放射線ビームをがんに集中させるという点では同じ原理だ。

一方、陽子線などの粒子線は、体内に入るほど減衰するのではなく、停止するときに最大のエネルギーを放出する。このピークをがんの病巣に合わせることで、がんを集中的に攻撃できるのだ。

中性子も体内でピークを作るが、ごく浅く、深部に行くほど弱くなる。だが、がん治療で期待されているのは、中性子そのものの破壊力より、ホウ素の同位体()が中性子と反応(捕捉)して発生する粒子線の力だ。

同位体=原子番号(陽子数)が同じで、質量数(陽子と中性子の数の和)が異なる物質のこと

ホウ素と反応して粒子線を出す

[ホウ素中性捕捉療法とは]
ホウ素中性捕捉療法とは

ホウ素が中性子と反応して粒子線を出す。その粒子線の飛距離はちょうど腫瘍細胞1個の大きさほどなので、他の細胞を障害しないで、がん細胞のみを破壊できる

ホウ素の中には放射性を持たない同位体が含まれる。中でも重要なのは、ホウ素10Bと呼ばれる同位体だ。この同位体が中性子を捕らえて核分裂を起こし、アルファ線(ヘリウム原子)とリチウム線という粒子線を発生する。

しかも、その飛距離が絶妙。山本さんによると「核分裂によってアルファ線が飛ぶ距離は、10ミクロン以内。ちょうど腫瘍細胞1個の大きさと同じなのです」という。

つまり、理論的にはがん細胞にホウ素10Bを集中させて中性子を照射すれば、他の細胞を障害しないで、がん細胞のみを破壊できるのである。

実際に、1950年代にはアメリカで研究用の原子炉などを使って臨床研究が始まった。

しかし、山本さんによると「当時使われたホウ素は、まだがん細胞への集積性が低く、治療成績は良くなかった」という。その上、中性子は原子炉で発生したものを使うため、これがネックになって研究は下火になってしまったのである。

日本では「帝京大学の畠中担医師たちが、1960年から1990年にかけて200例以上の神経膠芽腫(グリオブラストーマ)を治療し、いい成績を出したのです。はっきりとしたエビデンス(科学的根拠)はありませんが、かなり可能性を感 じさせるものでした」と山本さん。

転機を迎えたのは1990年代に入ってからだ。アメリカで畠中医師も共同研究に加わり、BSHというがん細胞に集積しやすいホウ素化合物が開発されたのだ。

まず治療対象と注目されたのが脳腫瘍、中でも悪性度の高い神経膠芽腫だった。

畠中医師らの報告に触発されて1994年、アメリカでもあらためてホウ素中性子捕捉療法の臨床研究が開始された。このとき、治療法も大きく改良される。

「それ以前に使っていた中性子は、体の奥深くまで入らなかったので、脳腫瘍の場合、脳腫瘍をとる手術とは別にもう1度開頭手術をして、腫瘍近くで直接中性子を照射していました。これは大変なので、中性子の出力量を変えてエネルギーを高め、頭の外から照射できるように改良されました。その結果、全身麻酔も手術も必要なくなり、海外で研究が広まっていったのです」と山本さんは語る。

放射線感受性に関係なく効果が

筑波大学でも、90年代後半から取り組みが始まり、99年には東海村の原子炉を使って、本格的な研究が始まった。

山本さんも、脳外科医として先進的に研究に携わってきた。

「脳腫瘍で、手術で治せるのは良性のものだけです。悪性の脳腫瘍は手術で摘出して放射線や抗がん剤、免疫療法などを組み合わせても治すことは難しい」のが実情。

中でも、神経膠芽腫は、手術と抗がん剤、放射線治療を精一杯行っても生存期間は1年半に満たない。手術以外に、どうしても有力な治療法が必要だ。山本さんが、その手段として注目したのがホウ素中性子捕捉療法だったのである。

神経膠芽腫は、MRI()などの検査で見える範囲を越えて周囲の正常組織にじわじわと食い込むため、がん細胞と正常細胞の区別が難しい。取りすぎれば機能障害を起こし、残れば再発するのが悪性脳腫瘍だ。手術では、いつもこの点がジレンマになる。

がん細胞だけを破壊できるホウ素中性子捕捉療法は手術の取り残しを叩くという意味でもうってつけだったのである。

しかも、これまでのエックス線やガンマ線による放射線治療は、放射線に対する感受性の有無で治療効果が左右されるのに対し、ホウ素中性子捕捉療法はホウ素が集積されれば、感受性に関係なくがん細胞が破壊される。通常の放射線治療が効かないがんにも効果が期待できるのである。

正常細胞には、ほとんどダメージを与えずに治療ができるので、場合によっては1度放射線治療を行った人にも可能。体への負担が少ないので、高齢者や体力の低下した人にも行えるのもメリットだ。

MRI=核磁気共鳴画像法


同じカテゴリーの最新記事

  • 会員ログイン
  • 新規会員登録

全記事サーチ   

キーワード
記事カテゴリー
  

注目の記事一覧

がんサポート5月 掲載記事更新!