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祢津加奈子の新・先端医療の現場10

失った声が簡単に蘇る!気管食道シャント法

監修●塚原清彰 東京医科大学八王子医療センター頭頸部外科講師
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2011年12月
更新:2019年8月

  
塚原清彰さん
「気管食道シャント法が、
患者さんの選択肢の1つとなる
ことを期待しています」と話す
塚原清彰さん

治療のためとはいえ、声を失うことは患者さんにとって大きなダメージだ。ここに新たな選択肢として登場したのが、人工喉頭(気管食道シャント法)。東京医科大学八王子医療センター頭頸部外科講師の塚原清彰さんは「ほとんど練習する必要もなく、装着してすぐに声を出せるのが最大のメリット」と、話している。

喉頭摘出で声を喪失

[気管と食道をつなぐプロヴォックス]
気管と食道をつなぐプロヴォックス

大きさは4.5ミリ、6ミリ、8ミリ、10ミリ、12.5ミリ、15ミリの6種類がある。柄の部分は、装着後に取る
(写真提供:株式会社名優)

プロヴォックスを装着することで気管と食道をつなぐことができる

プロヴォックスを装着することで気管と食道をつなぐことができる

喉頭がんや進行した下咽頭がん、食道がんなどで喉頭を摘出し、声を失う人は決して少なくない。

この日、受診したTさん(59歳)もその1人だ。2009年、喉頭がんで喉頭を摘出。魚屋として威勢のいい声を張り上げていたTさんが、声を失った。

そのTさんが、首の付け根に開いた穴をちょうど笛を拭くときのように親指でふさぎながら言う。

「もう声は出ないものだと思っていました。それが自分に与えられた試練だと思ってね。2年間、声が出ない生活だったので、筆談にも慣れたし」

少しかすれることはあるが、ちゃんと自分の声で話すことができる。何より、声を出すのが少しも大変そうでない。実は、ちょうど1カ月程前、Tさんはプロヴォックスという人工喉頭を装着したばかりなのだ。

「家族は、話ができるようになったので喜んでいます。昔からこんなかすれ声だし、歌だって歌えますから」

といってTさんは『上を向いて歩こう』を歌ってみせてくれた。

今日は、首にあいた穴を指でふさがないでも声が出るようにするための器具であるカセットを装着しに来た。首の穴にカセットを装着すると、声を出すときに自然にふさがり、息が声になる。

カセットの周りに貼るシートをつけて装着してみたが、Tさんの場合、もともとの穴が大きすぎてカセットを着けても空気がもれてうまく声にならない。

結局今回は、うまくいかなかったが、今では患者会が工夫していろいろな補助用品を開発している。たぶん、Tさんもそれを利用してハンズフリーのカセットを使えるだろうという話だった。

練習なしで声が出る

[頭頸部の解剖図]
頭頸部の解剖図

喉頭がんや下咽頭がん、食道がんなどで喉頭を摘出すると発声ができなくなる

声は、肺から吐き出される息によって喉頭にある声帯が振動して作られる。ところが、喉頭がんや進行した食道がん、下咽頭がんでは、喉頭を摘出しなければならない場合がある。

塚原さんによると「ここは頭とう頸部がんの患者さんが多くて、喉頭を摘出する患者さんだけでも年間50例ほどになります」という。全国では、かなり多くの人が声を失っているのである。

この場合、従来の発声法は食道を使って声を出す食道発声か電気喉頭による発声、あるいは、筆談というのが一般的だった。食道発声は道具もいらずメンテナンスも不要なのがメリットだが、息を飲み込んでゲップの要領で吐き出しながら食道を振動させるというのは、かなりの技術が必要。習得に時間がかかるし、みんながマスターできるわけでもない。

電気喉頭は、懐中電灯のような器具をのどにあてて発声する。誰でもすぐに声が出るが、機械的な音声になるのは止むを得ない。

ここに新しい選択肢として登場したのが、人工喉頭だ。6年ほど前、初めて人工喉頭の装着手術を見た塚原さんは「こんなに簡単にすぐ声が出るのかと、驚きました。悩んでいる患者さんは多いですから」と語る。

[気管食道シャント法で声が出る仕組み]
気管食道シャント法で声が出る仕組み

発生するときは、気管孔をふさぐ。すると肺からの空気が食道粘膜を振わせて声になる

実は、アメリカではベトナム戦争をきっかけに人工喉頭の改良が進んでいた。

「すでに、食道と気管をつないで息を声に変える、シャントという方法はあったのですが、飲食物が食道から気管支にもれて肺炎を起こすなど、あまりうまくいってなかったのです」

それが普及したのは、プロヴォックス2という人工喉頭ができてからだ。今では、ヨーロッパでは喉頭を摘出した人の9割以上がこの人工喉頭を使っているという。

声を出す要領は同じ

プロヴォックスの最大の特徴は、肺の呼気を使って食道粘膜を振わせ、声を作ることだ。つまり、ふつうの発声と同じように息を吐けば声が出るのだ。練習がほとんどいらないのも、以前と同じように声を出せばいいからだ。

肺につながる気管の入り口である喉頭と、胃につながる食道の入り口である咽頭は、空気と食事の交差点である。喉頭の途中には声帯があり、首の前側を走っている。

喉頭摘出手術を受けると、声帯ごと喉頭が失われ、咽頭はまっすぐ食道、胃へとつながる。一方、気管のほうは、口や鼻に通じる喉頭が切断されて摘出されてしまうので、直接首の付け根の部分につながれる。ここに穴を開けて、空気の取り込みと排出をする。つまり、口や鼻を経由しないで首の穴から呼吸をすることになるのだ。

プロヴォックスは、断絶した食道と気管をつなぐシリコン製のチューブ。人工喉頭といっても、プロヴォックス自体が声を作るのではなく、肺から吐き出した空気を食道に流すためのルートを作るものだ。

そんな簡単なものなのか、と思うかもしれないが、食道から飲食物がもれて肺に入れば、誤嚥性肺炎の原因になる。そのために、人工喉頭は、食道の側に弁がついていて、声を出すときだけ弁が開いて空気が食道に流れ込むようになっている。

発声をするときには、喉の穴を指でふさいで話せば、自然に肺から出た空気が人工喉頭を通って食道に流れ、食道粘膜を振動させて声になる、というのがプロヴォックスの原理である。


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