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祢津加奈子の新・先端医療の現場7

地球上からリンパ浮腫をなくす「リンパ管細静脈吻合術」

監修●光嶋 勲 東京大学医学部付属病院副院長 形成外科教授
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2011年9月
更新:2019年8月

  
光嶋勲さん
「リンパ管細静脈吻合術で
リンパ浮腫の完治を
目指しています」と話す
光嶋勲さん

がん手術後、リンパ浮腫に苦しむ患者さんは少なくない。これまでは決定的な治療法がなかったが、ここ数年、微小血管とリンパ管をつなぐ微小血管手術が進歩し、大きな期待を集めている。この技術を牽引してきた東京大学医学部付属病院副院長で形成外科教授の光嶋勲さんは、「これからはリンパ浮腫が完治する人がどんどん出てくるはず」と語る。

足が何倍にも腫れ上がるリンパ浮腫

リンパ浮腫で3倍にも膨れ上がった足

リンパ浮腫で3倍にも膨れ上がった足。歩くのも難しいといった症状も現れていた

患者・Aさんは左足全体が右足の3倍ぐらいにむくんでいる。20年ほど前に子宮頸がんで手術し、左鼠頸部のリンパ節を切除。その5年後から左足がむくみ始め、年に3~4回蜂窩織炎()を起こしては高熱を出し、その度に入院したり、抗生物質を使ってきたという。リンパ浮腫が自然に治ることはない。炎症をくり返せばそれだけ悪化していく。この状況を何とかしたいと、手術を受けることにしたのだ。

リンパ浮腫は、乳がんや子宮がんの手術後に起こることが多く、リンパ液の流れを阻害されるのが原因。足や腕にリンパ液が溜まって何倍にも腫れ、重症になると痛みや蜂窩織炎などの感染をくり返し、歩くことすら困難になることもある。

これに対して、リンパ管と静脈をつないでリンパ液を流し、症状の改善や完治を目指そうというのが、光嶋さんたちが行う「リンパ管細静脈吻合術」だ。

蜂窩織炎=皮膚内にばい菌がはいることで、引き起こる化膿性の炎症

リンパ管と血管をなるべく多くつなげることが重要

同時並行で数カ所のリンパ管の吻合

顕微鏡が3台入り、同時並行で数カ所のリンパ管の吻合が行われる

手術室で最初に驚くのは、数カ所で同時に手術が始まること。今回は、微小血管手術を行うために、顕微鏡が3台入り、5人の医師が執刀する。「成功のためになるべく多くリンパ管と血管をつなぐことが必要。今日も10本はつなぎたい」と光嶋さん。

午前9時半。左足の付け根が3センチほど切開され、顕微鏡で20~30倍に拡大しながら静脈とリンパ管の探索が開始された。同時に左の腋の下も切開。通常、局所麻酔で足のリンパ管と静脈の吻合(つなぎ合わせること)が行われるが、Aさんの浮腫は重症。全身麻酔で吻合と同時に腋の下の健全なリンパ管を足に移植することになった。

一方、むくみがないようにみえる右足でも、光嶋さんが足首を切開。顕微鏡下にリンパ管の探索を始めた。実は、光嶋さんたちはリンパ管の流れを画像化する方法を開発。Aさんの右足にもすでにリンパ液が貯留していることがわかった。「本人は自覚していなくても、40パーセントぐらいは両足にむくみがあるのです」と光嶋さん。しかし、この段階で吻合術を行えば、むくみの進行を予防できる。

肉眼では見えない手術

0.6~1ミリの太さの細静脈と吻合する

右のピンセットでつかまれているのがリンパ管。大きいものでも太さは300ミクロンで、脂肪や組織に紛れている。これを0.6~1ミリの太さの細静脈と吻合する
[リンパ管細静脈吻合術]
リンパ管細静脈吻合術

リンパ管静脈吻合では、顕微鏡を20~30倍に拡大してリンパ管と静脈をつなぐ

リンパ管は、リンパ管が集まった集合リンパ管でも太さ300ミクロンほどで、脂肪や組織に紛れている。これを0.6~1ミリぐらいの太さの細静脈と吻合する。「神経などと区別してリンパ管を探すだけでも30分ぐらい。1本つなぐのに1時間はかかります」と光嶋さん。

数カ所で同時に吻合術を行う理由もここにある。しかも、静脈は壁が薄くて柔らかい。そこで、見つけた静脈に、ブルーの糸で目印をつけ、アイバスと呼ばれるプラスチックの糸を中に通して血管のなかがつぶれるのを防ぐ。これも、光嶋グループの工夫だ。その上で、20分の1ミリの針を使い、髪の毛より細い糸で静脈とリンパ管を4~6カ所縫い合わせる。肉眼では糸も針もほとんど見えない。まさに、究極の微小血管手術なのだ。

手術部位にほとんど出血がなく、驚くほどクリアだ。「微小血管手術では、出血すると見えなくなるので、薬を使って出血を防ぎ、かつ小さな血管もていねいに処置していくのです」

リンパ管に栄養を与える血管と脂肪組織をつけたまま、腋の下のリンパ管を採取。左鼠頸部と太股外側の血管に栄養血管をつなぎリンパ管の移植が行われた。結局、この日8時間をかけて、移植を含めて左足4カ所、右足2カ所で吻合手術を行った。


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