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祢津加奈子の新・先端医療の現場6

遺伝子検査が可能にした「オーダーメード」のピロリ菌除菌治療

監修●古田隆久 浜松医科大学臨床研究管理センター准教授
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2011年6月
更新:2019年8月

  
古田隆久さん
「胃がんのリスクを考慮し、個々に合った治療をしたい」と話す
古田隆久さん

胃がんの発生に深く関与するといわれるピロリ菌。胃潰瘍や十二指腸潰瘍などでピロリ菌が見つかると除菌治療が行われるが、最近その成功率の低下が指摘されている。これに対して浜松医科大学臨床研究管理センター准教授で消化器内科医の古田隆久さんは遺伝子検査を導入。個々の患者さんにあった「オーダーメードの除菌治療」を実施することによって、ほぼ全員の除菌に成功している。

ピロリ菌除菌の専門外来が誕生

写真:個々の患者さんに合わせた治療を行う

遺伝子から薬の分解酵素、ピロリ菌の耐性を調べて、個々の患者さんに合わせた治療を行う

写真:検査器にかけて遺伝子を解析するのは30分と短い

胃液からDNAを取りだすなどの下準備がだいたい15分。検査器にかけて遺伝子を解析するのは30分と短い

この日、2010年8月に開設された「ヘリコバクター・ピロリ菌専門外来」に訪れていたのは、61歳の男性。除菌治療後の状態を内視鏡検査でチェックするのが、今日の目的だ。

Aさんは以前から胃の痛みやもたれに悩まされていたのだが、2カ月ほど前に人間ドックで慢性胃炎が見つかった。原因はピロリ菌の感染。ピロリ菌は慢性胃炎のほとんどに関係している。そこで、ピロリ菌の除菌治療を勧められ、最先端の除菌治療を行っている浜松医大を訪れた。

ピロリ菌除菌治療といっても、浜松医大ではただ規定どおりに薬を投与するのではない。胃がんのリスク評価を行い、さらに遺伝子検査を行ってオーダーメードの除菌治療を行っている。

除菌治療のためには、内視鏡検査で採取した組織や胃液を材料に遺伝子検査を行う。除菌治療に使われる薬に対して、患者さんがどんな代謝酵素の遺伝子タイプを持っているのか、また薬に対するピロリ菌の感受性を調べる。簡単にいえば、薬の効き方を遺伝子から判断するのだ。

実際には、採取した胃液を専用の機械で攪拌したり熱処理をして、胃液中に脱落した細胞や胃液中のピロリ菌の菌体を壊し、細胞の核に格納されたDNAを取り出して、その遺伝子多型(塩基配列の違い)を調べる。

その結果をもとに、その人に最も効果的な薬の服用法を選択する。古田さんは、これによりほとんどの人の除菌治療に成功。除菌が成功すれば、胃がんになるリスクも低下する。Aさんも、「内視鏡で見たら、除菌治療で胃の炎症がきれいに治っていたそうです」と喜んでいた。

低下する除菌成功率

[ピロリ菌除菌成功率の向上]
図:ピロリ菌除菌成功率の向上

遺伝子検査を用いたオーダーメードのピロリ菌除菌成功率が上がった
Furuta T, et al. Clin Pharmacol Ther 2007

「胃酸があるので、細菌は住めない」と言われた胃の中から、ピロリ菌が発見されたのは、1983年のこと。

以来、ピロリ菌は慢性胃炎や胃・十二指腸潰瘍、そして胃がんの発生にも深く関わっていることがわかってきた。厚生労働省の調査によると、ピロリ菌感染者は感染していない人に比べて5倍も胃がんになるリスクが高いと報告されている。逆に、胃がんの人がピロリ菌を除菌すると胃がんの再発が3分の1に低下するというデータもある。

日本人の40歳以上の人の6~7割が感染しているといわれ、中高年以上には感染者が極めて多い。胃がんや胃潰瘍が日本人に多いのも、ピロリ菌の感染が大きな原因とみられている。

となると、当然ピロリ菌の除菌は、慢性胃炎や胃潰瘍の治療だけではなく、胃がん予防のためにも重要な意味を持つ。

古田さんは「今は、胃・十二指腸潰瘍の治療にピロリ菌の検査や除菌治療が保険で認められていますが、胃がん予防の観点からは病気の有無に関係なく、除菌治療をしたほうがいいと思います」と語っている。

ところが、その除菌治療の成績が低下している。古田さんによると、かつては標準療法で80~90パーセントの確率で成功していた除菌治療が、今では70パーセントぐらいに低下しているという。つまり、10人のうち3人はピロリ菌を退治できない、というのが現状なのだ。

その原因として古田さんがあげるのが、薬を代謝する酵素の働きに個人差があること、ピロリ菌が抗菌薬に対する耐性を持つ率が高くなっていることだ。

[耐性を調べて投与方法を変える]

図:耐性を調べて投与方法を変える

クラリスロマイシンに耐性があれば、アモキシシリンの1回の量を減らす代わりに回数を1日2回から4回に増やし、除菌治療の期間を伸ばす

除菌の要の1つは胃酸の量

除菌治療では、通常プロトンポンプ阻害薬と、2種類の抗菌薬(クラリスロマイシン()とアモキシリン())を1週間服用する。プロトンポンプ阻害薬は、胃酸の分泌を抑制する薬だ。それがなぜ、除菌治療に必要なのか。

古田さんによると、胃酸の分泌が抑制されると抗菌薬は胃の中で安定して作用するようになるのだそうだ。一方、ピロリ菌はウレアーゼという酵素を出して胃酸から我が身を守っているのだが、胃酸が低下すると元気になって増殖が活発になる。細胞分裂が盛んになるので、抗菌薬が効きやすくなるそうだ。

つまり、プロトンポンプ阻害薬で胃酸の分泌を抑えると、抗菌薬が働きやすい環境ができる。ところが、ここに問題がある。プロトンポンプ阻害薬は、肝臓のCYP2C19という代謝酵素が中心になって代謝・分解される。つまり、この酵素によって分解されて、体外に排泄される。

ところが、古田さんによると、「その働き方に個人差がある」という。よく働いて、すみやかにプロトンポンプ阻害薬を分解してしまうタイプの酵素を持つ人とゆっくりと薬を分解するタイプの酵素を持つ人がいるのだ。

クラリスロマイシン=一般名
アモキシシリン=一般名


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