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祢津加奈子の新・先端医療の現場2

光るがんをとらえ、取り残しや再発の芽を摘むICG蛍光検査法

監修●首村智久 国際医療福祉大学三田病院外科・消化器センター准教授
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2011年2月
更新:2019年8月

  
首村智久さん
国際医療福祉大学
三田病院外科・
消化器センター准教授の
首村智久さん

最近、肝臓がんの新たな術中検査法として注目されているのが、ICG蛍光検査法と呼ばれる方法だ。肝臓がんに蓄積して蛍光を発するICGの性質を利用して手術中に特殊カメラでがんをとらえて取り残しを防ぐのだ。

大腸がんの肝転移を切除し、完治を目指す

朝9時過ぎ、65歳の患者さんは車イスに乗って手術室に現れた。笑みを浮かべて挨拶する姿は元気そうに見える。

しかし、彼女は大腸がんが肝臓に転移。7月に検査した時点では、肝臓に転移したがんは直径3.6センチの大きさになっていた。MRI(核磁気共鳴画像法)の画像には他にも2カ所ほど転移を疑わせる怪しい影が認められた。

今回、手術が行われる国際医療福祉大学三田病院外科・消化器センター准教授の首村智久さんは、次のように説明する。

「病期でいえば4期。20年前ならば、もう難しいと言われた状態です。でも、大腸がんは化学療法が目ざましく進歩しています。大腸の原発巣を切除してFOLFOX()とアバスチン(一般名ベバシズマブ)でコントロールできれば、完治することもあるのです」

写真:ICG蛍光によってがんの部分が光って見える

ICG蛍光によってがんの部分が光って見える

肝臓に転移したからといって、諦めることはないのだ。

彼女の場合も、7月に腸閉塞を起こして大腸がんを切除。その後FOLFOXにアバスチン、ゼローダ(一般名カペシタビン)も加え、4回化学療法を実施した。幸い化学療法がよく効いて3.6センチあった肝臓のがんが、2センチほどに縮小した。今日はいよいよその縮小した肝臓のがんを切除する日なのである。

車イスから手術台に移った彼女は、点滴などのルートを確保すると、体をエビ型に曲げて背中に硬膜外麻酔が打たれた。手術中に下肢に血栓ができて深部静脈血栓症(いわゆるエコノミー症候群)を起こすのを防ぐために、足には血流をよくするカフ(バンド)が巻かれる。

30分後、手術着に身を包んだ首村さんら医師が入室。手術が開始された。今日の予定は「縮小したがんを切除すること、それから術中にエコー(超音波)とICGを見て、以前怪しかった部位が光れば、そこも切除します」と首村さん。実は、このICG蛍光法こそ、肝臓がんの同定()法として、今、注目されている検査法なのである。

FOLFOX=5-FU(一般名フルオロウラシル)+ロイコボリン(一般名ホリナートカルシウム)+エルプラット(一般名オキサリプラチン)の併用療法
同定=何であるかを決定すること

モニター画像に光るがんの病巣

写真:HEMSによって、手術室の明かりを消さなくてもカラーで見ることができるようになった

HEMSによって、手術室の明かりを消さなくてもカラーで見ることができるようになった

手術は、肝臓を露出するためにヘソの上で腹部をT字型に切開。術野を確保すると、まず術中エコーが行われた。

直接、肝臓に超音波検査の端子を当てて、画像を見る。7月には肝臓の表から裏まで貫通するほどの大きさだったがんの病巣は、24×17ミリに縮小していた。さらに、怪しかった部分もがん細胞が壊死して石灰化していた。

ここで、ベッド上にHEMS(ハイパーアイメディカルシステムズ)と呼ばれるカメラユニットが設置された。ここから、肝臓に向かって近赤外線が照射される。肉眼的には、カメラに取りつけられたLED照明がまぶしく見えるだけで、肝臓にもどこといって変化はない。ところが、カメラを通して映し出されたモニター画面には、肝臓の一部が明るく光って見えていた。面として光っている部分もあれば、点として光っている部分もある。実は、この光った部分が、ICGが蓄積している部分で、がんが疑われるのだ。

「ここはがんだけど、こっちの2カ所は癒着のせいで光っているのじゃないか」

「尾状葉が全体的にボーッと光っていますね」

医師たちは、検討の末に執刀を開始。縮小したがんを含む部分を摘出し、さらに3カ所を小さく切除した。その後、さらに切除した4つの断片を再びHEMSで検査。切り口に光る部分がないことを確認して、縫合作業に入った。

肝機能検査に使われるICG

写真:肝臓機能検査薬でもあるICG
肝臓機能検査薬でもあるICG

ICGというのは、「インドシアニン・グリーン」の略。昔から、肝臓の機能検査に使われてきた検査薬だ。

首村さんによると、ICGを静脈に注射すると、ほとんどが肝臓の細胞に取り込まれ、胆汁中に排泄されるのだそうだ。15分後に反対側の腕から採血して調べると、正常ならばほとんどのICGは血中から消え去っているが、肝機能が低下するとICGが胆汁に十分排泄されず、血中に残るようになる。この残存率が、肝機能をみるのに使われているのだ。

「肝臓の場合、その予備能力によってどこまで切除していいのかが決まります。ICG残存率はその指標として利用されるのです」と首村さんは語る。

一方、ICGには蛍光するという特性がある。つまり、760ナノメートルぐらいの近赤外線を当てると、ICGは蛍光(近赤外蛍光)を発するのだ。この性質を利用して、最近では乳がんのセンチネルリンパ節(見張りリンパ節)の同定や心臓バイパス手術後、血液がバイパス内を流れているかどうかをみるのにも使われている。

センチネルリンパ節は、がんの病巣から最初にがん細胞が流れていくリンパ節。ここに転移がなければ、その先にも転移はない。したがって、リンパ節郭清は行わず局所的な手術だけで良いという、検査により無駄な治療を避ける考え方だ。このセンチネルリンパ節の同定に、通常はインジゴカルミンという青い色素やアイソトープ()が使われている。この色素の代わりにICGをがんの病巣付近に注入、近赤外線を当てて特殊なカメラで見れば、センチネルリンパ節が光って見えるわけだ。

「どちらがいいというわけではありませんが、ICG蛍光法も簡単で、患者さんにも負担のかからない方法です」と首村さんはいう。この性質を利用して、ICG蛍光法は今では肝臓がんを切除する際の区域の同定や胆管の走り方を調べるなど、さまざまな応用が研究されている。

「インジゴカルミンはすぐに消えてしまうので、ICGで光らせたほうがわかりやすいのです」と首村さん。

しかし、1番利用価値が大きいと首村さんが言うのが、原発でも転移でも肝臓がんの同定なのである。

アイソトープ=同位元素のこと。アイソトープ検査とは、放射線医薬品(RI)を用いて病気の診断や治療を行う


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