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安全で、体への負担が小さい手術を実現したミニマム創・内視鏡下手術

監修●木原和徳 東京医科歯科大学医学部泌尿器科教授
取材・文●林 義人
発行:2010年8月
更新:2019年8月

  
木原和徳さん
東京医科歯科大学医学部
泌尿器科教授の
木原和徳さん

通常の手術と内視鏡手術のいいところを取り入れた、泌尿器のミニマム創・内視鏡下手術。切開は、5センチ前後の1カ所だけ行い、二酸化炭素も使わない。東京医科歯科大学泌尿器科で開発されたこの手術は今、海外でも高く評価され始めている。

切開はたったの1カ所 二酸化炭素も使わない

写真:腎がんのミニマム創内視鏡下手術を行っている最中

腎がんのミニマム創内視鏡下手術を行っている最中。手術が映し出されるモニターを見つめるスタッフの目が鋭い

「これが腎臓だよね。周りは脂肪?」

「あっ、切断した。これ、腎動脈だよね?」

見学の医学生たちの目がモニター画面に釘付けになっている。そのすぐ隣で行われている手術で、内視鏡がとらえた映像が映し出されている。患者さんは肥満体型の50歳代の男性。がんがある右側の腎臓を全摘することになっている。

行われている手術は腎がんの「ミニマム創内視鏡下手術(MIES)」。ミニマム創とは、臓器が取り出せる最も小さな切開のこと。手術箇所は、7センチ弱の皮膚切開が1カ所だけ。摘出する腎臓と周囲脂肪の大きさをあらかじめCT(コンピュータ断層撮影)画像のデータから計算して割り出した切開の長さだ。執刀医の木原和徳さんは、その切開から患部をじかにのぞきこみ、また内視鏡の画像を見つつ、長い器具を操作しながら手術を進めている。

前立腺がん、腎臓がん、膀胱がんなどの泌尿器の疾患に対しては、通常、外科手術が行われる。従来の手術では15~20センチ以上の切開を必要とすることが多い。泌尿器科の臓器は腸などの臓器の奥に隠れているため、大きく切って執刀医は患部を直視しながら手術を行う。

しかし、助手をはじめ他の手術スタッフには、手術操作がどのように進行しているのかよくわからないことが多く、執刀医自身も目で確認できず手探りのような手術になることもある。臓器を無影灯の熱い光で照らして乾燥させたり、手でじかに触ることで、腹膜を大なり小なり損傷するため、癒着による腸閉塞や感染のリスクも高くなりがちである。また、大きな切開創は患者さんの体への負担も大きく、長期の入院が必要となる。

これに対して1990年頃から泌尿器科領域でも普及してきた腹腔鏡手術は、はるかに傷が小さく、体の負担が少ないので入院も短くてすむ。だが、お腹や脇腹に摘出臓器を取り出すための5センチ前後の切開が設けられるほか、腹腔鏡や鉗子を入れて操作するための穴(トロカーポート)が計4~5カ所設けられる。患部を腹腔鏡で拡大して見ることができるが、鉗子を操作するための作業空間を作り出すために、お腹に二酸化炭素を入れて膨らませる必要もある。

また執刀医は立体視ができず、モニターの平面画像を見て器具を操作するので、通常の手術とは違った難しい技術が求められる。大量出血など緊急時の対応が必ずしも容易ではなく、そのことによる事故のリスクもある。

図:ミニマム創内視鏡下手術の基本概念

手術創は1カ所のみ、だいたい4~5センチ。ここから内視鏡や鉗子を入れて臓器の切除を行う

通常手術・腹腔鏡手術の良いところだけを採用

写真:ミニマム創内視鏡下手術

ミニマム創内視鏡下手術は小さな切開が1カ所だけで、腹膜を温存でき、二酸化炭素も使わず、また低コスト

「いくつかのトロカーポートを使う腹腔鏡手術では、大きなコストがかかります。傷もコストももったいないので、『お腹や脇腹の切開だけ使って手術ができたらいい』と思いました」

そんな思いから開発されたのがミニマム創内視鏡下手術だ。

「きっかけは、『患者さんの体や経済面にできるだけ負担をかけないように』と考えたことでした。ミニマム創内視鏡下手術のポイントは切開が1つだけの “シングルポート”で行うことと、二酸化炭素を使わないこと。通常の手術と腹腔鏡手術の長所だけをできるだけ活かして、欠点をできるだけ克服しようとしたものです。内視鏡で手術部をとらえるので、操作の拡大映像を周りの手術スタッフみんながモニターで確認できます」

通常の手術より体に優しいとされる腹腔鏡手術も、二酸化炭素で腹腔を膨らませることで、内臓各部位に圧力がかかってしまい、呼吸器系や循環器系に悪影響を与え、高二酸化炭素血症や静脈血栓、肺梗塞などを招くリスクとなる。高齢化社会では、呼吸や循環機能の低下した患者さんの増加が予測され、とくに問題である。

前立腺がんの腹腔鏡手術、ロボット手術でも、心臓に二酸化炭素による塞栓が比較的高く(17パーセント)見られるとのデータも出されている。

木原さんは二酸化炭素を使わずに手術を行う空間を作る方法を考えた。

「創から臓器に到達するまで、臓器の境目をうまく捉えると、バウムクーヘンの層と層のようにすーっと分けることができます。その空間を適切な器具を使って維持すれば、二酸化炭素を使わずに手術のためのスペースを作ることができると考えました。ただアイデアは浮かんでも、小さな傷からこの操作を適切に行う器具がなかったのです」

木原さんは、目標とする手術を行うため、切開創から体の中に差し入れて「バウムクーヘン」の層を維持するための器具を、自らの手で工夫した。それは首が細くて先が広がった小さなくわのような形をしている。また、深い血管の結紮を行いやすくする器具も考え出した。

写真:ピン留めをヒントに開発した血管の結紮を行う器具

ピン留めをヒントに開発した血管の結紮を行う器具。従来は2本の鉗子を操作して行わなければならなかった

「深い血管の結紮は、従来2本の鉗子を挿入して行わなければならず、小さな創ではやっかいな操作でした。あるとき、娘の髪のピンどめを見て『これに糸を通したら使えるのでは?』とヒントを得たのです。すぐにはうまくいきませんでしたが、いろいろ工夫を重ねて完成させることができました」

さらに、腹腔鏡手術で用いる内視鏡は太くて長く使いづらいので、メーカーの協力を得て細く短く改良してもらった。試行錯誤しながら、ニーズに合った器具を次々と導入していった。

 

「腹腔鏡で腎臓がんの手術を行う場合、多くの器具は使い捨て。その費用は約24万円かかります。これらの医療廃棄物を捨てるにもコストがかかります。こうしたコストはほとんど不要になりました」

図:ミニマム創内視鏡下手術の器具

考案されたミニマム創内視鏡下手術では、当初、必要な手術器具がなかったため、工夫とアイデアで、次々と器具を生み出した。

(1)血管などを結紮する器具 (2)首が細くなっているから小さな創から入れやすく、先が太くなっているため、体内で手術部分をよく確保できる (3)細く短い内視鏡をメーカーに依頼して製作

手術時間は2~3時間で行われ、早ければ約1時間で済むこともある。輸血が必要になることはほとんどなく、1パーセント程度。合併症の発生率も1パーセント程度にすぎない。回復が早く、腹膜をさわらないので手術翌日には食事を開始できるし、歩行を開始することもできる。傷は小さく、体内の手術部の洗浄も十分にできるため、抗菌薬はほとんど不要である。疼痛も少なく、通常、術後1~3日で退院可能な状態になる。

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