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血管内治療を駆使して患者の症状緩和・QOL向上を図る 保険のきく唯一の医療機関「ゲートタワーIGTクリニック」最前線ルポ

監修●堀 信一 ゲートタワーIGTクリニック院長
取材・文●塚田真紀子
発行:2006年3月
更新:2019年8月

  
堀信一さん
大阪大学で血管造影の
研究をしていた院長の
堀 信一さん

血管内治療の専門クリニック

関西国際空港の対岸に、56階建ての超高層ビル・りんくうゲートタワービルが建っている。空港利用者向けのホテルがメーンだが、オフィスや医療機関などのテナントも入っている。

2002年11月、「ゲートタワーIGTクリニック」は、その11階のワンフロアーを借り切ってオープンした。IGT(Image Guided Therapy)とは、「画像」に重点を置いた治療を意味する。血管造影装置やカテーテルなどを駆使して、がんを切らずに治療する血管内治療専門の、19床のベッドを持つクリニックだ。

ここでは、血管内治療のうち、すでに広く普及している心臓や脳の詰まった血管を広げる治療(血管拡張術)ではなく、がんに栄養を送る血管を詰めて塞ぐほうの治療(血管塞栓術)を行っている。がんを“兵糧攻め”にすることで、がんを縮小させる。

現在のところ、がんが縮小しても、生存期間が延長するかどうかはまだ「不明」とされている。このクリニックが行っている治療は、延命というよりも、がんによる痛みや呼吸困難などの症状を緩和し、患者のQOLを高めようとすることに重点が置かれている。

最新式の血管造影装置

ゲートタワーIGTクリニックでの血管内治療の様子

血管内治療の様子を見学した。

外来の奥にある治療エリアには、最新式の血管造影装置の部屋が2つ、CTとマンモグラフィを置いた検査室、超音波診断装置のある部屋など、5つの小部屋がつながっている。このエリアの室温は高く、外気に合わせた服装で入ると、たちまち汗ばんでくる。スタッフたちは、半袖の青い検査着で働いている。医師は4人。すべて放射線科医だが、3人が治療専門医、1人が診断専門医だ。

ガラス越しに、大がかりな血管造影装置が見えている。これは、レントゲン装置に、3つのモニターや3次元CTなど、周辺機器があれこれ装備されたものだ。ふつうのレントゲン装置と違い、高速の動画が撮影でき、微細な血管までもが、くっきりと映し出される。治療台には、70歳代半ばの女性が横たわり、じっと目を閉じている。

この女性は、もともと大腸がんで、肝転移を起こしている。5年前、他の医療機関で動注リザーバー(抗がん剤を持続的に動脈から注入する装置)により動注療法(肝動脈注入化学療法)の治療を受けていたが、4年後、その効果がなくなり、このクリニックを受診した。過去2年間に7回、検査と治療を受けている。前回の治療(2005年11月)では、肝動脈から抗がん剤のシスプラチンを注入し、血管を塞いだ。

今回も、肝転移したがんに栄養を送っている血管を見つけ出し、塞ぐのが狙いだ。

腎臓から新生血管が生まれた!?

院長の堀信一さんが、モニターの画像を見ながら、太もものそけい部から入れたカテーテルを、肝臓の付近まで進めていた。血管をつぶしてしまうと、治療ができなくなってしまうので、慎重に前進させる。

ガラスの壁の外側にも、同様の3つのモニターが置かれ、同じ映像を放射線技師の女性が見つめている。堀さんからの指示で、この技師がモニター画像を調整すると、堀さんのモニターの画像も変わる。

「じゃあ、撮影ね」

堀さんがスタッフに声をかけた。看護師が患者さんに説明し、放射線技師がスイッチを入れる。撮影が終わると、堀さんが出てきた。モニターを見ながら、説明する。

「肝動脈造影をしてみると、腫瘍の周辺が染まりました。腎臓から肝臓に血液が行っているんじゃないかと思って、それを確かめました」

ふつうは、腎臓から肝臓に血液が流れるとは考えない。2つの臓器は、2枚の腹膜で隔てられているからだ。

しかし、堀さんは、過去にそんな例を2例ほど経験していた。がんに栄養を送る「新生血管」ができ、腎臓から肝臓に血液が流れている、と推測した。知識と経験に裏打ちされた直感で、たくさんの血管の中からその1本を探していく。間もなく、右の腎動脈からひょろりと伸びている血管を見つけ出し、造影した。すると、この動脈から血液が流れ込んでいると思われるがんが見つかった。

腎動脈から肝臓へつながった新生血管を見つけ出し、動注。次いで副腎動脈から伸びた血管を塞いだ

3次元CTを使い、この女性の腹部の画像を1回転させる。すると、がんの位置が立体的に映し出される。このひょろりとした血管は抗がん剤の動注に止め、次の治療が必要なときのためにとっておき、同じく肝臓につながっていた副腎動脈から延びた新生血管を塞ぐことにした。

治療が進むにつれ、女性患者が眉間にシワを寄せ、苦しげな表情を浮かべ始めた。そばについていた看護師が声をかけ、女性の額の汗をぬぐう。つらい治療なのかと、取材者が恐れをなしていると、治療を終えた堀さんが言った。

「カテーテルの刺激による迷走神経反射です。時々起こりますが、危険な反応ではありません」

また、局所麻酔が効いている間は、カテーテルの挿入部には痛みを感じない、という。所要時間は約2時間だった。

この治療のための入院期間は、3~5日間だ。

合併症を減らそうと新しい塞栓物質開発

血管内治療(IVR:Interventional Radiology:X線透視装置、超音波、CTなどで画像診断を行ないながら、主にカテーテル操作または経皮的穿刺術を利用した治療)は、1980年代の終わりごろから、急速に進歩した医療技術だ。

堀さんはもともと血管造影が専門で、当時、大阪大学で動静脈奇形(動脈と静脈が絡まり、さまざまな症状を引き起こす病気)の研究をしていた。血管内治療の中でも「動脈塞栓術」ががん治療に有効だと判断し、以来、約15年間にわたって血管内治療を行っている。

肝臓がんに対する肝動脈塞栓術(TAE)は、1995年、海外のある比較試験で、「がんが育つのを抑えるものの、肝不全を引き起こしやすく、延命効果はない」と結論づけられた。別の比較試験では、塞栓術を行った82パーセントの患者に何らかの合併症がみられた、と報告されている。

堀さんもまた、治療者として、TAEによる合併症に悩まされてきた、という。

「患者さんは痛がるし、熱は出るし、肝不全にはなるし、大変でした」

合併症を減らすため、堀さんは1992年、大学で新しい塞栓物質の開発に着手した。ポイントは、塞栓物質の大きさだ。吸水性の高い合成樹脂で直径が均一な球状粒子を作る。100~150ミクロン程度の粒子は、小瓶に入れると白い粉に見える。粒子と造影剤とをまぜて、注入する。

血管に合わせたサイズを数種類そろえると、どんな太さの血管でも、ぴたりと塞栓することができる。粒子はその血管できっちりと止まるから、毛細血管には流れ込まない。末梢の血流を保ち、正常細胞の壊死を避けることができる。

フランスで承認・商品化されたミクロの粒子

塞栓物質のSAPマイクロスフィアをカテーテルに挿入している

この小さな粒子、SAPマイクロスフィア(商品名ヘパスフィア)は、開発の3年後、臨床で使うことができるようになった。

堀さんが、りんくう医療センター(市立泉佐野病院)で、これを治療に使い始めたところ、塞栓術の合併症が減り、逆にがんの壊死率が増えた。副作用も極めて少なかった、という。

「それまでの常識を覆す成果が得られました。もし、この塞栓物質がなければ、開業していなかったですよ」

粒の大きさがきれいに揃っている合成樹脂製のSAPマイクロスフィア

堀さんが2002年に、クリニックを開設すると、フランスの企業(バイオスフィア社)がこの塞栓物質に興味を持った。この企業は、同クリニックで約1年間に治療した肝臓がんの人、93人の治療成績をもとに、仏国の厚生省に塞栓物質の承認を申請した。2004年夏に承認され、フランスで商品化されている。

この肝臓がんの93人は、5センチ以上のがんがあり、肝臓や全身の状態が悪かったり、化学療法を断ったりして、抗がん剤なしで塞栓した人たちだった。

塞栓術の1カ月後、がんの大きさは平均41ミリから39ミリに縮小した。がんの壊死部分は約14パーセントから約60パーセントになった。腫瘍マーカーのPIVKA-2の平均値も152から95に下がった。1年生存率は76パーセントだった。

塞栓の際に、抗がん剤を使うかどうかは、がんの性質による、という。

[肝臓がん93人に対する肝動脈塞栓術の治療成績](2002年11月~03年12月)

(93人は、いずれも直径5cm以上の大きな腫瘍で、肝機能不全や全身状態が悪いなどにより、抗がん剤治療を受けなかった人)

「血管がたくさんあって、くりっとしたがんは塞栓だけで壊死します。抗がん剤を使わないから、QOLもいい。痛みもほとんどありません。しかし、悪性度が高く、しかも抗がん剤が有効ながんの場合は、抗がん剤を使います。抗がん剤をSAPマイクロスフィアに染みこませた上で塞栓します」


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