在宅ホスピスを長続きさせるコツ
日本ホスピス・在宅ケア研究会理事の梁勝則さん(医師)に聞く
在宅ホスピスに熱心に取り組む
梁勝則さん
在宅ホスピスとは
がんの末期、病院ではなくて家で過ごしたいと思った場合に、「在宅ホスピス」という選択肢があります。これは、ホスピスの重要な要素である「症状緩和」と「精神的な支援」を、自宅で受けることです。
「施設ホスピス」が医師や看護師にほとんどすべてお任せするのに対し、「在宅ホスピス」の介護の中心は家族です。何しろ、医師や看護師が患者さんの家にいる時間は短い。医師は毎日行くわけではなく、1日にならすと恐らく5分ぐらいです。訪問看護は毎日行っても、基本的に1日1時間です。両方合わせても、1日24時間のうちの1時間5分にしかなりません。介護保険サービスを最も多く使える人でも1日約3時間ですから、残りの20時間は家族で看るか、セルフケアをしなくてはいけません。
在宅ホスピスケアを受けるためのルートは4通りあります。
(1)主治医に探してもらう。
(2)地域のケアマネージャーに相談する。
(3)訪問看護ステーションに相談する。
(4)医師会の在宅ケア担当の理事に相談する。
費用の面で言えば、医療保険での往診が1回2万5000円から3万円前後。3割負担の人だと、7500円。訪問看護は24時間対応のところだと、だいたい1回1万1000円で、3割負担の人で3300円。高額医療費として、上限の約7万円程度(所得によって減額措置あり)を払うことになります。
介護保険を使ったサービスはすべて1割負担です。65歳未満の方は、訪問看護も医療保険を使って受けることになります。自己負担が3割ですから、介護保険より割高になります(*注1)。
ホームヘルパーによる訪問介護は、掃除や家事などは1時間当たりの自己負担が200~300円。お風呂に入れてもらったり、身体をふいてもらったりする介護の場合でも、400円ちょっとです。これらをフル活用することが在宅で過ごすためには非常に有力な方法になります。
結構、介護保険サービスは手厚いです。たとえば通院時、タクシーよりも割安で介護サービス付きの送迎をしてもらえます。電動の介護用ベッドが月に自己負担1200円ぐらいで借りられます。快適な床ずれ予防のマット、車イス、ポータブル便器、入浴用の道具、これらがすべて介護保険でまかなえます。1人暮らしの方や老夫婦でも、かなりのところまで家で過ごすことが可能です。
*注1=2006年4月以降、40歳以上であれば、介護保険サービスを受けられるようになる
在宅ホスピス成功のコツ
最期まで家で過ごすためのポイントは、次の3つです。
(1)患者さんご本人が「家で過ごしたい」と強く意思表示をすること。
(2)家族が患者さんご本人の意思を受け入れ、しっかりお世話すること。
(3)適切な医療・介護サービスがあること。
在宅ホスピスを広く考えて、必ず家で死ぬというのではなくて、「ギリギリまで家で過ごす」という考えであれば、制度を利用すれば、本当にギリギリまで過ごせます。
ただ、どうしても入院が必要な場合がありますから、緊急入院できるルートを確保しておきます。患者さんから以前の病院の主治医と看護師に頼んでおくといいでしょう。さらに在宅医から病院に対して声をかけてもらっておくと、診てもらいやすい。在宅の主治医に念押しして依頼するのがお勧めの方法です。たとえばこのように。 「急なときには、また紹介元の病院に送ってもらえるように、病院の主治医に一言声をかけておいていただけますか?」
在宅ホスピスで頓挫し入院になるケースでいちばん多いのは、実は介護問題です。介護者が消耗して、介護できなくなって入院する。がんというのは、いわゆる慢性疾患ですので、1カ月、2カ月と長期になったときに家庭内介護だけだと限界があります。介護保険サービスの利用をためらわないことが、長続きさせるコツです。
ホスピスケアのスキルを持たない医師に当たる可能性もあります。オピオイド(合成および内因性麻薬類似物質の総称)を使えるかどうかで、その医師が在宅ホスピスをできるかどうかがわかります。激しい痛みは理性や尊厳をも奪ってしまいます。スキルを持った医師は、耐えられる程度に痛みをコントロールできます。痛みを抑えることができなければ、医師を変えればいい。せん妄(支離滅裂な独り言や行動が見られる状態)にも、今はいい薬があり、コントロールできます。
延命治療は慎重に考える
延命治療をしながら在宅で過ごすことも、しばしば可能です。その2本柱は、点滴(高カロリー輸液を含む)と抗がん剤治療です。しかし点滴には、次のような問題点もあります。
まず、過剰な水分が入ることです。そして、点滴によって強制的に生かされることでがんが増大し、がんによる苦しみや痛みを経験しやすい。通常はがんが増大すると、食欲が落ちて自然死に近い形で亡くなります。それが、点滴によって生かされ、自然状態ではないことによる苦しみを味わうことになります。具体的には、全身倦怠感、呼吸困難、全身のむくみ、過剰なたんです。表情も苦しそうに見えます。ですからそれを選択するかどうかは、本人、ご家族が十分慎重に考えるほうがいいと思います。
逆に、だんだん食べられなくなって、水分しか摂れなくなって、さらに水分も摂れなくなって亡くなっていく……といった経過だと、あまり苦しまないことが多い。老衰のように、穏やかに亡くなることができます。
●1人暮らしでも家で過ごせる?
良子さん(仮名・57歳)は、キャリアウーマンとして働き、一人暮らしをしてきた。乳がんの手術から9年後、多発骨転移の形で再発した。治療を受けたものの、足が麻痺し、ついにまったく歩けなくなってしまった。
「1人だし、困ったね。どうする?」と往診時、在宅ホスピス医の桜井隆さんが良子さんにたずねた。すると、彼女は「泊まり込みの家政婦を雇うという手があったよね?」と聞いた。1日24時間の家事サービスで14000~15000円とわかると、良子さんは言った。「先生、それ頼んでくれる? 病院の個室に入ってもそれぐらいかかるから。ここが私の最高の個室よ」。
良子さんは、愛犬を親しい友だちのところに“養子”に出した。毎週土日、その友だちが犬を連れて泊まりに来てくれる。往診が週に1~2回、訪問看護は週2回、ホームヘルパーが週4回、友だちとボランティアが週2~3回など、さまざまなサービスが彼女を支えた。約3カ月後、親しい友だちに看取られて、良子さんは亡くなった。
「1人暮らしでも、やる気とある程度の経済力があれば、こうやって最期まで家で過ごすことができます」と桜井さんは話している。
日本ホスピス・在宅ケア研究会
電話078-642-0424/ファックス078-612-5220
E-mail/ホームページ
特定非営利活動法人「日本ホスピス・在宅ケア研究会」は1992年に発足した。「終末期の医療とケア、在宅での福祉サービスと看護、医療の問題を、医療従事者・市民・患者などが同じ場で、対等の場で話し合い、学ぶ場」だ(同研究会のホームページより)。次のような活動をしている。
(1)がんの緩和ケアのついての方法を研究・確立し、全国への情報提供に努める。
(2)在宅ケアや高齢者の介護問題など、市民にとって切実な問題の解決に取り組み、提言する。
(3)医療に関する倫理的問題、たとえばインフォームド・コンセント、安楽死・尊厳死、脳死と臓器移植、先端医療の倫理的側面などについて研究、提言するなどを目的として掲げる。
同会ホームページには全国の在宅ケア医リストや在宅ケアに役立つ情報が記されている。