尾道方式 医療と介護、民生委員まで加わり患者を支える「尾道方式」

取材・文:守田直樹
発行:2007年12月
更新:2013年9月

  

地域が一丸となった患者ケアの手本

写真:片山医院

「片山医院」は新幹線の新尾道駅から歩いてすぐの場所にある

広島県の東南部、瀬戸内海をのぞむ人口約15万人の尾道市。
高齢化率28.6%で全国の15年先を行くといわれる尾道市だが、地域が一丸となって高齢者などを在宅で支える方法が、いま全国から注目を集めている。

「尾道方式」の核はケアカンファレンス

写真:片山壽さん

テナーサックスの腕前も玄人はだしの片山壽さん。顔のヒゲは「色白のポッチャリだったから、ジャズをやるときになめられないように」と、18歳からはやしたとか

地域ケアの手本とされる「尾道方式」の核となるのが、ケアカンファレンス(ケア会議)だ。

尾道市医師会の会長として「尾道方式」をリードしてきた、片山医院院長の片山壽さんはこう語る。

「ケアカンファレンスは、ケアにかかわる全員が患者さんの情報を確認しながらおこなう作戦会議。これをやれば共通認識をもとにチームの動きが効率化でき、患者さんとの信頼関係も構築しやすいんです」

午後1時からの会議に合わせ、続々と片山医院のロビーに集まってくる。医師と看護師が3名ずつに、ケアマネジャー(ケアマネ)、薬剤師、ヘルパー、医療器械販売業者に加え、患者さんの娘さんも含めた総勢11名がテーブルを囲み、会議がはじまった。

患者さんの状況については、各人の手元にペーパーで配布。腎臓がんが肺など全身へ転移した80代の小野美代子さん(仮名)について、ケアマネが説明していく。

小野さんは、1年ほど前にいったん在宅復帰のケアカンファレンスで総合病院を退院したが、先ごろ腸閉塞を起こして緊急入院。なんとか腸閉塞は改善したが、口から食べられないので点滴で栄養を補給し、一時は呼吸困難にも陥った。在宅主治医と相談した結果、最後は自宅で看取ろうと家族が連れ帰ると、驚くほど体調が回復してきたのだという。

「病棟に行って聴診器を胸に当てるとバリバリと音がしていたのにいまは聞こえなくなった」「呼吸困難がなくなっているので、食事も少しずつ食べられています」「緩和での痛みはありません。腸閉塞の再発予防が必要です」

容態がいいためか、メンバーの口調も軽い。開始から約15分。会議は滞りなく終了した。

片山さんはこう話す。

「1年前の退院前ケアカンファレンス後にも、帰ったらすぐに亡くなると思われていたのに、自宅に戻ると元気になられました。急にいなくなったと大騒ぎして探したら『美容院に行ってきたの』って。今日はなごやかなカンファレンスでしたが、15分で終わらせるためには事前にデータを資料にしておくなどの準備が必要なんです」

「尾道方式」が確立するまで

写真:退院前カンファレンス

尾道市立市民病院の「退院前カンファレンス」には、患者さんを含む約30名が出席

患者さんの家族が会議に出席するというのも珍しいが、「尾道方式」では患者自身が参加することも珍しくないという。

もう1つ目を引いたのが、ケアマネジャーが中心的な役割を果たしていたことだ。

「在宅ではケアマネがきちんと情報を把握していなければいけません。尾道のケアマネはずっと研修会に参加するなど、鍛えられ方が違うんです」

尾道医師会は、1999年にケアマネの研修機関「ケアマネジメントセンター」を設立。この機関が中心となり、いろいろな職種の人たちを集めたケアカンファレンスの実務研修などもおこなってきた。

「尾道方式を支えているのは徹底的な研修体制です。1人の水準があがれば、まわりも自然にあがってくる。尾道方式はシステムといわれますが、人間がつながってこそのシステム。大切なのは人材なんです」

この「尾道方式」が胎動をはじめたのは91年のこと。当時の片山さんは、尾道市医師会の救急担当理事で、「救急蘇生委員会」の新設を担当。市内の3つの中核病院と診療所が協力し合い、救命救急体制を整備しようと話し合いを実施。病院と診療所が協力する「病診連携救命システム」の先駆けでもあった。

「3カ所の急性期病院と開業医で、どうすれば患者さんの命を救えるかを徹底的に話し合いました。みんな熱心でものすごくいい議論ができたので、尾道の医師会は行ける、と思ったんです」

94年には医師会の理念を提示。主治医がかかりつけ医としての機能をきちんと果たす「主治医機能」をもっとも重要なテーマに掲げた。00年には片山さんが医師会長に就任し、02年には次の宣言を出した。

「尾道医師会はがんの痛みのない医療圏を目指します」

さまざまな先進的な試みが「尾道方式」へつながっていくわけだが、特筆に価するのが医師同士の連携だろう。いい意味で一匹狼、悪くいえば唯我独尊タイプが多いドクターをどうやって結びつけていったのだろうか。

「高齢化した地域を支えるのに一匹狼で通せるはずがありません。医療も高度化しているのに、自分がそこまで広い技量をもっていると思ったら大間違いです」

そうした視点から、まず自らが在宅医療を一生懸命やることで自然と仲間ができてきたという。

「重症患者を在宅で診ている医者などは、まずモチベーションが高いといっていい。最初からネットワークをつくろうとするのではなく、チーム医療をおこなうことで、自然と連携できてくるんだと思います」

大切なのは開業医のチーム化

写真:ケアカンファレンス

「片山医院」の1室で行われるケアカンファレンス

この日、片山医院のカンファレンスに出席していた2人の開業医は片山さんと頻繁にチームを組む仲間。「かなもと医院」の長沢弘明さん(外科)と、「福島クリニック」の福島雅之さん(泌尿器科)は、欠かせない存在になっている。

「尾道方式のもっとも大切な点が、開業医のチーム化です。外科の長沢先生のところにはCTがあるので撮影を頼んだりするし、『JA尾道総合病院』の部長だった泌尿器科の福島先生が開業して在宅が重層的になりました。ぼくが逆立ちしたって専門的なことではかないません」

ほかにも皮膚科医や歯科医などとも協働し、“町医者の総合病院”のようになっている。

カンファレンスの終了間際、片山さんは2人のドクターにピンチヒッターを要請。東京での授賞式に出席するため、在宅患者さんのことを頼んだのだ。

尾道市医師会は今年、第59回の「保健文化賞」を受賞。保健衛生に著しい功績や研究をした個人や団体に与えられる賞で、厚生労働大臣から表彰状が授与され、皇居に参内し天皇皇后両陛下の拝謁も賜る。 「今回は授賞式ですが、ぼくが全国へ講演に行ったりできるのもチームでやっているおかげなんです」

医師会のアンケートによると、02年にケアカンファレンスを主催した医師は81.9パーセントだったが、04年には94.3パーセントにアップ。冒頭のような会議は、尾道市では当たり前のことになっているのだ。

片山さんの留守を預かることになった泌尿器科の福島さんも、もちろん主治医になることもある。今回は片山さんに代役を依頼されることになったが、連携のメリットについてこう語る。

「開業医として、こうした連携がとれることは何より心強いことなんです。小野さんについては、帰宅するまで寝たきりだったため、自力で排尿できない状態だったのでぼくがお手伝いしていました。こうしたカンファレンスによる情報の共有はいざというときのためにも必要なんです」

尾道市内で唯一の泌尿器専門の開業医なので、福島さんは大忙し。片山医院での会議が終わるや否や、すぐに車で5分ほどのところにある尾道市立市民病院へ急行した。

「いろんな職種の忙しいみなさんが集まるので、会議は15分で終わるということが大切です」

この日はちょっと長引いてしまい、市民病院を出たのは午後2時をまわっていた。

「今日は20名の在宅患者さんが待っていらっしゃるんです」

こう悲鳴をあげながら、福島さんは小走りに病院を後にした。

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