千里ペインクリニック どんな状況であっても医療・介護を必ず提供してくれる「在宅ホスピス」
“がん難民”を絶対に出さないと誓う
新大阪から北大阪急行電鉄で13分、「千里中央駅」の前にある22階建てビルに「千里ペインクリニック」はある。エレベーターで2階へ上がると、ガラス張りのクリニックの前にある「在宅ホスピス」という看板の文字が目に飛び込んできた。この空間で行われているのは、“がん難民”に向けた手厚いケアである。
※現在は、大阪モノレール少路駅前に移転。
住所:豊中市少路1丁目7番18号 アマニカス1階
「在宅ホスピス」を掲げ、必要性正面から問う
「最初はね、こんなに世の中の人が悪いイメージで『ホスピス』という言葉をとらえているとは、まったく想像していなかったんです。しばらくしてそれを耳にし、『あ、そうなんや』って感じでした」
こう話すのは、院長の松永美佳子さん。ブラウンのショートヘアのためか、体育の先生のような雰囲気だ。 2004年に、痛みをとることを専門にしたペインクリニック(外来)と、在宅ホスピス(往診)を2本柱にしたクリニックをオープン。外来は半年ほどで軌道に乗ったが、在宅には患者の依頼がほとんどない。スタッフからは「在宅ホスピスの看板を在宅診療に変えよう」と言われたりもしたが、松永さんはあえてそのままにした。
「都会にいても、完全に医療から見放され、まるで無医村にいるような『がん難民』の方がたくさんおられます。そういった方々に最後の1週間だけのホスピスではなく『がんと告知されたときから始める医療と介護』と最初に位置付けしたのに、それを引っ込めていたら絶対にアカンって。市民の方にわかってもらわないといけないと思ったんです」
千里といえば大阪万博が開催された「千里ニュータウン」。この日本初の大型団地も誕生からすでに40年あまり。1975年の13万人をピークに人口は9万人ほどに減少し、少子・高齢化も進んでいる。
「老々介護といわれる老人世帯など、介護力がないため入院させておきたいというご家庭も多いのに、入院日数の短縮で押し出されてきているのが現状です」
在宅では「介護者3人が理想」と、よく言われる。しかし、同クリニックが235家族にアンケートした「在宅での介護人数」によると、介護者1人が49パーセント、2人が38パーセント。計87パーセントが2人以下の介護者ということになる。
「多ければ多いにこしたことはないけど、交代制で看病できるなんて恵まれた方は滅多にいません。でも、がんの場合、脳梗塞などのように10年、20年続くことはないから、家族には『がんばりぃ』と言えるんです。ケアは大変ですが、患者さんといっしょに苦しむことで、家族が1つになれることも多いんです」
口コミで広がり、3年目にして経営も好転
クリニックは松永さんと看護師3名、介護支援相談員(ケアマネージャー)、事務員の計6名でスタートした。それがいまでは常勤医3名、非常勤医2名、看護師9名など、総勢20名ほどになった。
3年間赤字つづきで外来部門の利益で支えられていた在宅ホスピスの収支も、やっとトントンにまでなったという。
オープンから苦労をともにしてきた1人が、ケアマネの黒木ひとみさんだ。長年、介護現場で働いてきた黒木さんは、松永さんにスカウトされた。
「最初は営業というか、近くの病院へはすべてお願いにまわりました。いまは病院からの依頼もありますし、いちばん嬉しいのは、医療現場って『あそこはアカンよ』と言われることが多いのに、遺族の人の口コミによる紹介が増えていることです」
満仲雄二さんも、松永さんに母親を看取ってもらい、在宅ホスピスの良さを訴えている。
「それまではね、死を見たこともない、わからへんから怖いんですよ。お袋も死ぬのが怖い、怖いと言い、家族も怖いから、『病院へ行こう』となる。でも、先生はそんな気持ちをよく知ってはる。夜中の2時や3時に電話かけても実際に出てくれるし、頼んだら飛んできてもくれはる。この安心感のなかで、お袋がすごく安らかに逝ったんですよ。それを間近で見るとね、死を自然なことだと感じられるようになったんです」
2006年に創設された「在宅療養支援診療所」に指定されれば、24時間の電話対応は義務づけられている。しかし、「千里ペイン」のようにドクターが直接電話に出てくれるところは少ない。さらに「最低でも医師の訪問診療が週1回、看護師の訪問看護が3回以上」という規定もあるが、
「ターミナル期には、そんな回数では足りません。1日に何度も行ったりしています」
と、松永さんは指摘する。
この調子で働いてきたため、準備期間のオープン半年前から2年半ほど、ほとんど休日なしで突っ走ってきた。
「自分でもよく体が持ったなあと思います。高校時代はバスケットづけの体育会系ですから。うちのクリニックのなかで“一番男らしい”と、昔から言われています」
そう言って、ニカッと笑った。
カンファレンスのイケメンコンビ
松永さんがよく口にするのが、「在宅ホスピスはチーム医療」という言葉だ。
医療現場では、専門技術の必要性から介護職が看護職より1段下に見られることが多い。しかし、ケアカンファレンス(会議)を見せてもらうと、ケアマネの黒木さんが重要な役割を果たしていることはすぐに伝わる。
「とにかく、スタッフ全員が絶対すれ違わない、いうことが大切。ケアの質を高めるために毎日、朝夕必ず全員が集まってカンファレンスしています」
カンファレンスには、スーツ姿でビシッと決めた男性2名も加わっていた。二枚目なので「イケメンコンビですね」と言うと、
「よう言われます」
と、すぐに返すのはさすが関西人。
事務職も患者の退院をスムーズに行うためのさまざまな調整や、介護保険の申請など、裏方仕事を行うので情報の共有は重要だ。事務員といっても、実は布尾啓明さんは元看護師で、もう一方の清水健一さんは社会福祉士などの資格を持った元高齢者福祉の生活相談員だ。
「高齢者福祉の仕事をしていたときには、いろいろな理由で家族のサポートを得られない利用者の方が多かったのですが、ここを利用される方は家族愛の強い方が大半。その点が、やっぱりいいなと思いますね」
と清水さんが言えば、集中治療室での勤務だった布尾さんはこう言う。
「集中治療室は、1日10万から12万円ぐらいの診療報酬があるそうです。それに比べて在宅でもらえるお金は安すぎます」
先の診療報酬改定では、在宅医療に取り組む医療機関にとってはプラスの改定となった。が、「在宅末期総合診療料」は1日につき1685点(院外処方を交付しない場合・1点10円の計算で1万6850円)。他にいろいろな加算もあるが、緩和ケア病棟の1日3780点(3万7800円)の半分以下にしかならないことになる。
現在、月平均の在宅患者数は30名ほどで、3月は過去最高の20名の新規の患者があった。カンファレンスも1人ずつ容態を報告するだけで1時間はすぐに過ぎる。取材日も、
「Aさんの尿道カテーテルが詰まる」という報告があり、
「じゃあ、ぼく行ってきます」
と、すぐにドクターの川合祐介さんが緊急の往診へ。土曜日でも、カンファレンス終了は夜の8時だった。