最新ホルモン療法:Gn-RHアンタゴニストの新登場でホルモン療法はどう変わっていくか? 効かなくなっても、あきらめない。前立腺がんの最新ホルモン療法
市川智彦さん
前立腺はホルモンと関係が深いだけに、ホルモン療法は、転移のある場合や、高齢で手術ができないという患者さんに対しても有効な治療法。昨年には新たなホルモン薬も登場しており、患者さんにとっては大きな武器が1つ増えたことになりました。
男性ホルモンでがんが増殖
男性ホルモン(アンドロゲン)によって増殖する前立腺がんには、男性ホルモンを遮断するホルモン療法が有効です。千葉大学医学部附属病院副病院長で同大学大学院医学研究院泌尿器科学教授の市川智彦さんによると、ホルモン療法の対象となる患者さんには、2通りあるといいます。
「まず、病期が進んで、骨転移やリンパ節転移があるなど、がんが前立腺以外にまで広がり、手術や放射線の根治療法では治せないという患者さんです。次に、早期のがんでもほかの病気を持っているなどで手術や放射線治療ができない人、高齢で手術も放射線も受けたくないという患者さんにも、体への負担が少なく、入院する必要もないホルモン療法を行うことがあります」
男性ホルモンの95%は精巣(睾丸)で作られます。このため精巣を摘出する方法もありますが、手術が必要。ホルモン療法が、手術で精巣を摘出するのと同等の成績であることは臨床試験でも証明されており、現在、ホルモン療法は広く行われています。
注射と飲み薬の併用が中心
ホルモン療法で多く行われるのはLH-RHアゴニストと呼ばれるホルモン薬(商品名ゾラデックス*、リュープリン*)の注射と、飲み薬の抗アンドロゲン薬(商品名カソデックス*、オダイン*)の併用療法です。
LH-RHとは黄体形成ホルモン放出ホルモンのことで、脳の視床下部から分泌されたLH-RHが脳下垂体を刺激して性腺刺激ホルモンである黄体形成ホルモンを放出。これが精巣に作用して、前立腺がんを促進する男性ホルモンの一種であるテストステロンが作られます(図1)。
LH-RHの類似物として働くLH-RHアゴニストは、脳下垂体にあるLH-RHの受容体を刺激することによってその働きを麻痺させ、結果的に男性ホルモンが作られるのを防ぐ働きをします。
しかし、男性ホルモンは精巣だけでなく、5%ほどは副腎でも作られます。そこでLH-RHアゴニストと一緒に併用されるのが、副腎由来の分泌も含めて男性ホルモンを抑える抗アンドロゲン薬です。
LH-RHアゴニストを投与すると最初の1週間から2週間ほどは、一時的にテストステロンが増える(フレアーアップ現象)時期があり、この場合、「骨転移があるなど進行がんだと、麻痺が起こったり、手足にしびれや痛みが生じたりと、リスクが高くなります」と市川さん。そこでフレアーアップ現象が起きないようにするため、通常は抗アンドロゲン薬をまず飲み始めて、その後、LH-RHアゴニストの注射を開始します。
LH-RHアゴニストは1度注射すると効果が長く続く徐放剤であり、1カ月に1度注射する1カ月製剤と、3カ月に1度の3カ月製剤があります。患者さんの多くは3カ月製剤により3カ月に1回の受診で済んでいます。一方、抗アンドロゲン薬は、1日1回あるいは3回、自宅で服用します。
*ゾラデックス=一般名ゴセリレン *リュープリン=一般名リュープロレリン *カソデックス=一般名ビカルタミド *オダイン=一般名フルタミド
新しいホルモン薬が登場
2012年6月、Gn-RHアンタゴニスト製剤(商品名ゴナックス*)という新しいホルモン薬が前立腺がん治療薬として承認されました(図2)。
「Gn-RH」とは、性腺刺激ホルモン放出ホルモンのこと。ゾラデックス、リュープリンなどのLH-RHアゴニストと同様に、Gn-RHアンタゴニストは男性ホルモンであるテストステロンの放出を低下させ、がん細胞の増殖を抑えるという点では同じです。ただ、LH-RHアゴニストがLH-RH受容体の働きを刺激することによって、結果的に男性ホルモンの放出を抑制するのに対し、Gn-RHアンタゴニストは、Gn-RHが脳下垂体にある受容体に結合するのを直接ブロックして男性ホルモンの放出を抑え、作用を発揮します。
「Gn-RHアンタゴニストを使うと、LH-RHアゴニストでみられるようなフレアーアップ現象は起こりません。あらかじめ抗アンドロゲン薬を飲む必要がないので、すばやく効果を及ぼしたいときには有用であり、その点が大きな違いです」と市川さんは話します。
Gn-RHアンタゴニストのゴナックスと、LH-RHアゴニストのリュープリンを1年間投与し、その結果を比較した第Ⅲ相臨床試験が11年に明らかになっています。
全ステージの前立腺がん患者が対象で、ゴナックス群とリュープリン群に振り分けられ、その結果を比較しました。すると、投薬1カ月間のテストステロンの血中濃度はリュープリン群では投薬直後に上昇し、その後徐々に下がっていきますが、ゴナックス群では投薬するとすぐに低下し、その後もテストステロンの血中濃度は低い状態を保っていることが明らかになりました。また、腫瘍マーカーであるPSA(前立腺特異抗原)の低下率をみると、ゴナックス群のほうがリュープリン群と比べて有意に低下していることも明らかになりました。
「これをみれば作用としてはゴナックスのほうが強いと考えられます。ただし問題はゴナックスの場合、1カ月製剤しかないこと。3カ月製剤が出てこないとなかなか使えるようにはなりません」と市川さんは話します。
ホルモン療法は何年も続く治療です。現在は3カ月製剤が主流となっているのに、1カ月製剤だと患者さんは1カ月に1度通院する必要があり、長期の治療には向かないというのです。
一方、市川さんはこう語っています。
「LH-RHアゴニストだけで男性ホルモンの数値が十分に下がっていない場合は、ゴナックスに変えてもいいかもしれません。他にも骨転移がたくさんあるとか、最初から男性ホルモンの分泌を抑えたほうがいいような患者さんには、LH-RHアゴニストよりゴナックスのほうが、有用性が高い可能性があります」
*ゴナックス=一般名デガレリクス
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