がん細胞が組織をつくるとNK細胞だけでは太刀打ちできない。免疫細胞を総動員して攻撃する必要性が
これだけは知っておきたい免疫療法の基礎知識
千葉大学大学院医学研究院
免疫発生学教授の
中山俊憲さん
「最近なんだか、風邪をひきやすくなったな。体の免疫力が落ちているのかな」など、普段何気なく口にすることが多い「免疫」という言葉。ただ、言葉自体、誰もが知っているにも関わらず、その機能や働きについてはほとんど知られていないのが現状である。そこで本特集では、「免疫」とは何か、そしてがんに対する「免疫療法」とはどういった治療方法なのか、詳しく見ていくことにする。
自己と非自己を識別し非自己を排除する働き
免疫とは何か、というところから話を始めよう。「疫」という文字には、病気とか流行病といった意味がある。それを「免れる」ための働きが免疫というわけだ。
もちろん、私たちの体にも免疫は備わっている。知識としては知っていても、その働きを実感することはあまりないだろう。千葉大学大学院教授で免疫学を専門とする中山俊憲さんは、非常にわかりやすく免疫の働きのすごさを解説してくれた。
「動物が生きていると、免疫が働きますが、死んでしまうと働かなくなります。たとえば、牛肉を冷凍庫などに入れず、常温で放置したら、そのうち腐り始めるし、カビも生えてきますね。ところが、生きている牛は、もちろん腐らないし、カビが生えることもありません。これは、生きている牛には免疫が働いているからです」
免疫が働かなければ腐敗菌やカビが繁殖してしまうが、免疫が働いていれば、それを阻止することができる。だから、生きている牛の体も、私たちの体も、放置した牛肉のように腐ったりしないし、カビが生えたりすることもないわけだ。もちろん、病気の原因になる病原微生物が体内に入ったときも、免疫がそれを排除するので、特殊な病原体を除けば、病気にならずにすむのである。
では、免疫はどのようにして病気を防いでいるのだろうか。体にとって害があるかどうかを判断し、害があるものだけを排除しているように思えるかもしれない。しかし、実際にはそうではないという。
「病原性があるから排除して、病原性がないから排除しない、ということではありません。免疫が判断しているのは、それが『自己』か、あるいは『非自己』かということです。体の中にある『非自己』、つまり自分でないものを見つけ出し、それを排除するのが免疫の役割なのです」
対象を『自己』か『非自己』で判断する単純さは、実に合理的だ。これなら、初めて出会う物質に対しても迷うことはない。病気を引き起こすかどうかはわからなくても、『非自己』とわかればとにかく攻撃し、排除しようとする。この方法で、人間は何万年も生きてきたのである。
唯一の例外が、赤ちゃんを妊娠したときだという。赤ちゃんのDNAの半分は父親からきたものなので、母体からすれば明らかに『非自己』なのだ。
「それでも母親の免疫が胎児を攻撃したりすることはありません。まだはっきりしたことはわかっていないのですが、妊娠中だけ母体に新しい免疫寛容機構ができるのではないかと考えられています」
このような例外を除けば、免疫には『非自己』を徹底して排除しようとする働きがあり、それによって動物は病気から守られている。病原性があろうがなかろうが、『非自己』なら排除するという働きは、自然界を生き抜くのには好都合だが、臓器移植を行うときには困った事態を引き起こす。移植される臓器は病気を引き起こしたりしないのだが、『非自己』なので、免疫の攻撃対象になってしまうのである。臓器を移植したときに起きる拒絶反応は、免疫のこうした働きによって引き起こされるのだという。
がんの免疫療法も、『非自己』を排除しようとする免疫の働きを利用している。がん細胞は正常細胞が突然変異を起こして体の中で生まれてきたものだが、あくまで『非自己』なのだ。したがって、免疫の攻撃対象となる。この攻撃力を利用してがんの治療を行うのが、がんの免疫療法である。
いろいろな細胞や分子がシステムとして働く
免疫が機能するときには、異なる働きを持つ何種類もの免疫細胞や分子が、協調してタイミングよく働いている。「免疫システム」と呼ばれることがあるのもそのためだ。
「いろいろな働きを持つ、種類の異なる免疫細胞や分子がそろっていて、協調し合いながら、総がかりで排除します。そうしないと、どんなものが来るかわからないので、対応できないからです」
この免疫システムの働きが悪くなっていると、風邪などの感染症が長引いたり、がんになりやすくなったりするという。感染症が治りにくいのは、細菌やウイルスなどの病原微生物をなかなか排除できないからだ。では、がんになりやすくなるというのは、どうしてなのだろうか。
「実は健康な人でも、体の中では、毎日数千個ものがん細胞ができていると考えられています。しかし、これ自体はとくに心配することではありません。免疫がきちんと機能していれば、がん細胞が増殖してかたまりを作る前に、免疫がそれを排除してしまうからです。
通常、がん細胞の力より、免疫細胞の力のほうが強いので、免疫の勝利に終わるわけです。ところが、老化などによって免疫の働きが落ちていたりすると、がん細胞が生き残って増殖を始め、がんという病気が発症することになるのです」
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