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免疫とは何か。がんに対して免疫はどう反応しているか。
免疫のイロハを学ぶ

監修:河上 裕 慶應義塾大学医学部先端医科学研究所所長細胞情報研究部門教授
取材・文:池内加寿子
発行:2007年8月
更新:2019年7月

  
河上裕さん
慶應義塾大学医学部
先端医科学研究所の
河上裕さん

免疫とはなにか。体の中でどんな働きをして、がんに対してはどう反応しているのか。
「がん免疫療法」はどこまで進み、何が課題なのか。免疫研究とその臨床応用の最前線で指揮をとる慶應義塾大学医学部先端医科学研究所細胞情報研究部門教授の河上裕さんに解説していただいた。

免疫とは、異物に対する生体防御機構

「免疫力をアップしてがんを治す」などというキャッチフレーズをよく目にしますが、免疫とはそもそもどういうことでしょうか。

「免疫とは、基本的には体の中に入ってきた異物を排除する生体防御機構です」

日本癌学会や日本免疫学会でがん免疫研究をリードする慶應義塾大学医学部先端医科学研究所の河上裕さんは、こう説明します。

「生物の進化の過程をみると、下等動物では、食細胞という原始的な免疫細胞が外から入ってくる異物を食べることによって生体への害を防いでいます。高等動物ではリンパ球と呼ばれる高度な働きをする免疫細胞が現れ、細菌やウイルスなどの病原性微生物の感染から強力に自らを守る生体防御機構に進化したと考えられます」

たとえば、石ころや鉛筆の芯などが入ってくると、好中球やマクロファージなど、第1陣(自然免疫系=後述)の食細胞がやってきて、異物を食べたり囲んだりします。おできの膿は、好中球が細菌を食べた後に自らも死んだ残骸なのです。

一方、はしかなどの感染症に1度かかると、2度とかからないか2度目は軽く済みますが、これはリンパ球など第2陣(獲得免疫系=後述)の免疫細胞による働きです。このように私たちは日々、「自分」ではない「異物(非自己)」を閉め出す免疫システムに守られて生活しています。

がんも遺伝子異常によって体内に生じた異物だとすれば、このような免疫機構を利用して排除できるのではないかと、20世紀初頭にがんの免疫療法が登場しました。当初の免疫療法は、細菌やキノコの成分など「非特異的免疫賦活剤」(注1)と呼ばれるものが中心で、がん細胞に対するメカニズムや効果は不明確なまま使われているのが実情でした。

がんに対する免疫反応が細胞・分子・遺伝子レベルで解明されるようになったのは近年のことです。

1980~1990年代に河上さんらは、メラノーマ(悪性黒色腫)というがんで、がんを攻撃・縮小する免疫細胞(リンパ球のT細胞)が人の体内に存在することを証明し、その標的になるがんの目印(がん抗原ペプチド)の実体を明らかにしました。

そして、がん抗原を取り出して利用するなど、細胞・分子レベルで免疫機構をさまざまな方法で後押しすると、一部の例ではがんが消失・縮小することがわかってきました。

こうして、ひと昔前の方法や怪しい健康食品による免疫療法ではなく、分子生物学など最先端の研究や技術を導入して免疫反応を誘導する「能動免疫療法」や「養子免疫療法」が大学病院などの研究機関を中心に開発され、臨床応用されてきています。それらは、がんの3大治療法に次ぐ第4の治療法として期待されていますが、まだ課題も多いようです。

「免疫のネットワークは複雑で、解明・証明しきれていないことも多く、これを飲めばがんが治るとか、ただリンパ球を活性化させればよいといった単純なものでないことは確かです」

注1=クレスチンなど一部の薬剤は、現在も保険が適用されている

免疫の舞台の主役は白血球

ここで最初に戻り、免疫という舞台(生体防御機構)の登場人物(細胞や成分)を見ていきましょう(表1参照)。

免疫の働きを中心的に担っているのは、血液の細胞成分である白血球と、抗体や補体などのたんぱく質です。白血球は、単球、顆粒球、リンパ球などの種類があり、免疫担当細胞とも呼ばれています(注2)。全て骨髄造血幹細胞から生まれます。抗体は細胞ではなく、異物を攻撃するためにリンパ球が作り出すたんぱく質です。これらの細胞や成分は、血液にのって全身をめぐるほか、皮膚、口や鼻、食道や腸などの組織の中、リンパ節、脾臓などに待機して、異物の侵入を監視しています。

[表1 白血球の種類]

顆粒球 ●好中球(細菌・カビなどを貪食・殺菌)
●好酸球(寄生虫感染、アレルギー・炎症に関与)
●好塩基球(ヒスタミン含有、アレルギー・炎症に関与)
単球 ●マクロファージ(組織内を移動し、異物を飲み込んで貪食)
●樹状細胞(高い抗原提示能力。T細胞に抗原情報を伝達し活性化)
リンパ球 ●T細胞(B細胞やキラーT細胞などを助けるヘルパーT細胞、ウイルス感染細胞やがん細胞を殺すキラーT細胞、免疫を抑制する制御性T細胞などがある)
●B細胞(抗原特異的な抗体を分泌)
●NK細胞(体内をパトロールし、ウイルス感染やがん細胞を監視し傷害)
●NKT細胞(NK細胞とT細胞の性質を併せ持つ。免疫調節作用あり)

顆粒球には好中球、好酸球、好塩基球があります。白血球の半分以上を占める好中球は主に細菌やカビを担当し、活性酸素で殺菌しますが、ウイルスやがん細胞と戦う主力メンバーではないそうです。

単球の仲間、マクロファージや樹状細胞は、トール様受容体(注3)というアンテナで細菌やウイルスなどの微生物を見分けます。相手が手ごわいときは細胞内で分解した断片(=抗原ペプチドなど)(注4)を目印として細胞表面に掲げ(抗原提示)、「怪しい微生物がいるぞ」と、さらに強力な攻撃部隊であるT細胞などのリンパ球に伝えます。

樹状細胞は、すぐれた抗原提示能力によりT細胞を活性化できるので、がんの免疫療法にも利用されています。

リンパ球には、T細胞、B細胞のほか、がんの監視にも関わっていると考えられているNK(ナチュラルキラー)細胞や、T細胞とNK細胞の特徴を併せ持つNKT細胞などがあります。

T細胞とB細胞は平常時にはおとなしくしていますが、樹状細胞が見せた抗原(目印)と出会うとにわかに活性化します。T細胞、B細胞は、抗原を認識するアンテナのような抗原レセプターを1つずつ持っています。1つの細胞のレセプターは、1種類の抗原だけしか認識しませんが、遺伝子の再構成という仕組み(注5)によって、異なる形のレセプターをもつ細胞があらかじめたくさん用意されているため、どんな相手でも認識することができます。

T細胞のレセプターは、HLA(注6)により細胞表面に提示された抗原ペプチド(目印)とHLAの複合体を認識し、B細胞は、分泌されて抗体となる抗原レセプターで抗原を直接認識します。レセプターと抗原がフィットすると、T細胞、B細胞が活性化されて分裂増殖し、その抗原だけに反応する細胞が大量にコピーされます。

T細胞にはほかの免疫細胞の活性化などを助けるヘルパーT細胞、ウイルス感染細胞やがん細胞などを殺すキラーT細胞、免疫反応を抑制する制御性T細胞などがいて、ほかの免疫細胞と連携して戦います。B細胞は抗体を分泌して異物を中和したり殺したりします。

T細胞は、心臓の上の胸腺(注7)で自分とそれ以外のものを見分けるように教育され、自分自身に反応するT細胞は殺されてしまうので、通常は自分自身を攻撃することはありません。

注2=「白血球」という場合、リンパ球以外の白血球や、好中球だけをさすこともある
注3=近年、日本人による研究が注目されている
注4=アミノ酸が約10個つながったペプチドと呼ばれるたんぱく質
注5=利根川進博士が発見し、ノーベル賞を受賞
注6=組織適合抗原。白血球型と呼ばれることもあるが、T細胞に抗原を提示する
注7=胸腺(Thymus)の頭文字をとってT細胞と呼ばれる。B細胞は骨髄(Bone marrow)に由来


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