玉石混交の免疫療法の中からホンモノを見つけるコツ
どの治療法が勝れているか、どのクリニックがよいか
成長率 年40~50パーセント
1999年4月、東京・世田谷の閑静な住宅地の一角に、クリニックがひっそりとオープンした。瀬田クリニック――日本で初めての活性化自己リンパ球療法によるがん治療専門クリニックである。一部マスコミでは「副作用のない夢のがん治療法」と喧伝され患者の期待を集めたものの、がん治療を専門に手がける医師、研究者からはほとんど見向きもされることがなかった。これが日本での一般のがん患者を対象にした免疫細胞療法のスタートだった。
以来、6年半――。
この治療を受けるがん患者は増加の一途をたどり、治療を行うクリニックも急増を続けている。民間の調査機関の調べでは、04年における自己リンパ球を用いた免疫療法の市場規模は75億円。がん治療全体の0.3パーセントを占め、その成長率は年率40~50パーセントにも達しているほどだ。
もっとも、この治療法が当初期待されたほどの効果をあげているかとなると、素直にイエスとは答えられないのが実情だ。免疫細胞療法が現実の治療として根づき始めている反面、その限界が明らかになりつつある。そして、その限界を打破すべく新たな治療法を携えた免疫ベンチャーと呼ばれる企業やクリニックの新規参入が相次いでいる。
こんな混沌とした状況の中で、治療主体である患者はどのように、この治療法に向き合えばいいのだろうか。そのことを考えるために免疫細胞療法の現況をレポートする。まずは現在に至るまでの道程を概括しよう。
源はLAK療法
がん治療法としての免疫細胞療法の歴史はそれほど長いものではない。1984年、免疫治療の泰斗とされるアメリカ国立衛生研究所(NIH)のスティーブン・ローゼンバーク博士がLAK療法と呼ばれる免疫療法の成果を世界で最も権威ある医学雑誌「ニュー・イングランド・ジャーナル」に論文発表したのが現在の免疫細胞療法の嚆矢である。ちなみに、それ以前のさまざまな免疫賦活剤を第1世代とすれば、この治療法は第3世代の治療法にあたる。
ローゼンバーク博士の報告では患者から採取した免疫活性物質インターロイキン-2(IL-2)によって活性化した免疫細胞(リンパ球)を患者の体内に戻して腫瘍を叩くこの治療法の効果は、被験者の約半数のがん組織が縮小、成長停止するというめざましい発表だった。しかしその後、世界で行なわれた追試により、すぐにこの治療法の限界が明らかにされる。報告されたほどの治療効果がなかったことに加えて、発熱、水分の流出など副作用が甚大だった。そのため現在ではこの治療法は過去の遺物と考えられている。
一方、日本では80年代後半に当時、国立がん研究センター研究所に在籍していた現リンフォテック代表取締役の関根暉彬さんがIL-2にT細胞の表面にある抗CD3抗体を加えるリンパ球の培養、活性化法を報告。以来、この手法に基づく治療が免疫細胞療法の主流となる。これが第3世代の免疫細胞療法だ。日本最初の免疫細胞療法専門クリニック、瀬田クリニックの治療法もこの関根さんが考案した手法を踏襲したものだ。そしてすぐ後には関根さん自身も免疫ベンチャーを出発させる。
もっとも、この治療法の効果も期待されていたほどではないことが明らかになっている。そこで最近では第4世代として、がん免疫の主力とされるCTL(細胞障害性T細胞)を体内で誘導する作用を強化した樹状細胞(DC)療法やがん組織や人工がん抗原を利用したワクチン療法など、がん細胞に狙いを定めて攻撃する治療法が脚光を集め始めているわけだ。
では、これらの治療法にはそれぞれどんな特徴があり、その効果はどの程度のものなのか。以下、現実のがん治療法として、免疫ベンチャーやその傘下のクリニックで行なわれている第3世代、第4世代の各治療法を具体的に見ていくことにしよう。
活性自己リンパ球療法が主流
現在の免疫細胞療法の主流となっているのが第3世代に属する活性化自己リンパ球療法だ。現在、免疫細胞療法を手がけているがん治療クリニックは全国で100カ所程度といわれるが、その多くがこの治療法を手がけている。
として誕生した瀬田クリニック
そのなかで最大手にランクされるのが免疫ベンチャーの草分けのメディネットだ。HOYAで市場開発に携っていた木村桂司(現メディネット代表取締役)さんが1995年に設立。東京大学医科学研究所でがん免疫学の基礎研究を行っていた現瀬田クリニックグループ顧問の江川滉二さんと巡り会ったのを機に、瀬田クリニックを開設。これを皮切りに、新横浜メディカルクリニック、大阪府のかとう緑地公園クリニック、福岡メディカルクリニックと次々に開設。各クリニックを統括するとともに組織培養、研究を担当するメディネットを核とした企業グループを形成し03年には免疫ベンチャーとしては初めて東証マザーズへの株式上場を達成している。
こうした企業グループとしての規模からも推測できるように、同グループが治療を手がけた患者数も他を圧倒している。
現在、同グループで手がけている治療法は、活性化自己リンパ球療法、自分のがん組織を用いて誘導したCTLを投与するCTL療法、後で詳しく述べるが、体内でCTLを誘導すると見られる樹状細胞療法の3療法。そのなかで基本治療となっている活性化自己リンパ球療法による1コース(6回投与)の治療を直系4クリニックで受けた患者数は、99年4月から04年4月までの5年間で2055名にも上っている。ちなみにこの治療法では最大700億個ものリンパ球が培養される。1回の治療に要する費用は約26万円だから、1コース(6回)で約160万円になる。CTL療法や、活性化自己リンパ球療法に樹状細胞療法を組み合わせたりすると、1回約37万円の費用が必要で、1コース(6回)だと約224万円となる。
真の治療成績は?
治療実績はどのようなものだろうか。一般に免疫ベンチャーでは、抗がん剤など他療法と併用で治療を受けている患者が大半を占めており、臨床データには客観性の点で不安が残る。そのため治療成績についてはあえて非公開にしているクリニックが少なくないが、メディネットグループの場合は、かなり詳細な治療成績を公開している。
それによると、治療前後でCTなどの画像情報が入手でき、病変の評価が可能だった患者数は835名。そのなかで効果が上がったとされているのは「完全寛解」(8例)、部分寛解(120例)、6カ月以上腫瘍の大きさが変わらなかった「長期不変」(72例)で、有効率は24パーセントと発表している。
一般に抗がん剤の有効率は20パーセント以上で、それ以上ないと厚生労働省から認可されないから、これは免疫療法にしてはかなりの好成績とも思われる。しかし、抗がん剤の効果判定(レシスト・ガイドライン)には、長期不変は有効にみなされていない。しかも24パーセントの中には他療法との併用も含まれているので、実際の免疫療法だけの有効率はさらに低く、10パーセント以下と見てよかろう。
ただし、活性化自己リンパ球療法には、このような腫瘍縮小効果だけでは判定できない、免疫特有の効果もある。副作用がなくQOLが向上するなど、抗がん剤治療にはない利点があるのも事実だ。しかし腫瘍縮小という点に限れば、効果はそう高くはないといえそうだ。
標準治療との棲み分け
同グループのリーダーである江川さんもこの治療法のあり方についてこう語る。
「免疫療法だけで腫瘍を縮小、消失させるのは率直にいってかなり難しい。しかし腫瘍の状態を変えずにQOLを高めて元気に暮らす、という点ではかなりの効果が期待できる。また再発予防という点でも期待が持てる。最近ではがん治療の有効性の評価も変わり始めており、腫瘍の縮小よりも長期生存に重点が置かれ始めています。その点ではこの治療法にはまだまだ可能性があります」
そのことも含めて同グループでは他の標準治療との「棲み分け」を視野に入れたうえで、免疫細胞療法の効果向上に取り組んでいる。
江川さんに代わって、瀬田クリニック理事長の後藤重則さんがこう語る。
「免疫療法は肝がん、子宮がんなどウイルス由来のがん、進行の遅いがんに有効に作用する。それらのがんに対して、抗がん剤との併用による治療研究を進めています。もちろん抗がん剤の副作用を抑える効果にも期待が持てる。たとえばある食道がん患者に対して、アクプラチンという抗がん剤と併用したところ、3年間、1マイクロリットル中のリンパ球数がずっと5000以上を維持していることもある。がん種や抗がん剤との相性、投与タイミングなどを考慮すれば、既存療法との相乗効果により、さらに効果を高められると思っています」
腫瘍縮小効果では限界が見えた活性化自己リンパ球療法の新たな可能性を広げるには、既存療法との併用を探ることも不可欠の要素といえるかもしれない。
再発予防に効果発揮
同じ活性化自己リンパ球療法に特化して事業に取り組んでいるリンフォテックの場合は目指す方向性は明瞭そのものだ。
「免疫療法の効果の分岐点はステージ4AとBの分岐点に重なります。率直にいって免疫機能そのものが疲弊している余命1カ月以内の末期がんの治療には、免疫療法は意味がない。私自身は活性化自己リンパ球療法によるがん治療の今後の方向性として、手術や抗がん剤治療を受けた患者さんの再発予防にもっとも大きな効果を発揮できると考えています」
こう語るのは前にあげたリンフォテックの関根さんである。ちなみに活性化自己リンパ球療法という名称はLAKとの差別化をはかりたいと考えた関根さんが名づけた。
リンフォテックの設立は奇しくも瀬田クリニックの開業と同じ99年4月。3年後の02年3月には細胞培養、治療の拠点である白山通りクリニックを開院している。
規模的にはメディネットに次ぎ、05年9月までの同クリニックでの治療数は1396例に及び、大学病院も含め、全国60カ所を上回る医療機関と技術提携を行なっている。
関根さんが再発予防に免疫細胞療法に重点を置くのもある意味では当然のことかもしれない。関根さんは国立がん研究センター研究所在籍中の92年から95年にかけて、同センター外科の高山忠利(現日大板橋病院教授)さんとともに、150人の肝がん患者を対象に活性化自己リンパ球療法についての臨床試験(無作為化比較試験)を実施、その結果を世界的に知られる医学雑誌「ランセット」に報告しているからだ。
その研究では対象患者のうち76人に半年間で5回、平均700億個のリンパ球を投与、その結果、対照群の5年後の*無再発生存率が22パーセントだったのに対し、治療を受けた患者のそれは38パーセントにも達している。治療を受けた患者の再発までの期間は平均2.8年で対照群よりも1.2年長い。これは免疫療法では珍しくエビデンス(科学的根拠)が確立されている例だ。
培養室での培養作業
とはいえ現実にはさまざまな状態のがん患者がクリニックを訪れる。治療拠点となっている白山通りクリニックの場合で、再発予防を目的とする患者は10数パーセント。それ以外は、その時点で治療継続中のがん患者だ。その場合の効果はどんなものだろうか。
「一般のがん患者さんの場合もQOLを高め、余命をある程度伸ばすことはできるでしょう。しかし腫瘍縮小効果は疑問です。もっとも、劇的な腫瘍の縮小が患者さんにとっていいことなのかどうかわからない。人間の体内で自然に起こる反応は、もっと穏やかなものでしょう。と、すると免疫療法による急激な反応は逆効果ではないでしょうか」(関根さん)
ちなみに治療費用は1回のリンパ球投与で21万円。進行がんの場合は1クールの治療として週1回の投与を12回繰り返し、比較的小さな腫瘍で治療が効果を上げていると考えられる場合は、週1回、2週間に1回、さらに月に1回と徐々に間隔を延ばしながらやはり12回投与する。再発予防の場合も同じように間隔を延ばしながら、5年間程度投与を継続するのが一般的だ。治療に要する総費用は約300万円。この金額をどう判断するかはもちろんその人次第だ。
*無再発生存率=治療後再発しないで生存した患者の割合
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