製薬企業の最新研究 製薬企業が挑むがん免疫研究の最前線
免疫抑制を解除するシイタケ菌糸体の役割を追究
免疫療法の中でもキーワードとなっている「免疫抑制の解除」。がんを攻撃する免疫力を無力化しようとする免疫抑制細胞を抑え込もうという、ここ数年で広まった作戦だ。15年前からがん免疫の研究を積み重ね、近年、「免疫抑制」の分野で盛んに研究発表している製薬会社がある。臨床現場の最前線でがん患者さんと接しながら、研究に没頭する一研究員の姿を追った。
がん細胞が人間の免疫力を抑制しようとする働きを阻害して、がん治療の効き目を向上させようという研究が進んでいる。そのような中、免疫抑制の解除に一役買う、天然由来の成分として有力視されているのがシイタケ菌糸体抽出物だ。
シイタケ菌糸体抽出物(以下、シイタケ菌糸体)とは、シイタケの笠の部分(子実体)を作るための栄養供給をする糸状の根っこに相当する部分(図1)。
「がん治療の一助になればという気持ちだけで続けてきました。現場で患者さんの気持ちに触れられたことが今にも生きています」
このシイタケ菌糸体の研究にいち早く取り組んできた小林製薬中央研究所の川西貴さん(48歳)は、自分たちの成果が実りつつあることに期待を膨らませている。
川西さんは、薬学部を卒業後、1990年に小林製薬に入社。当初は一般用医薬品の製品開発などに携わっていたが、2003年、同社が新機軸と位置付けた「がん免疫研究プロジェクト」のメンバーに抜擢された。当初は、がん患者の免疫力を高める臨床研究を行うプロジェクトだった。
それから10年が経った今、同研究所で、がん治療の最前線と患者さんの実態について一番詳しい人物となった。
患者さんと接してわかったこと
川西さんは、薬剤師の資格をもつ。「プロジェクト」のメンバーになった後、それをいかして、医療現場で患者さんと直に接する機会を得た。免疫療法を理解し、がん患者さんに広く適用しようと取り組んでいるクリニックと共同研究することになったのだ。
「福岡市内で免疫療法を行うクリニックに常駐しながら6年ほど共同研究を行いました。患者さんと間近にお話をして、臨床現場の実態を把握するためです。さまざまながん種と進行度合いの患者さんがクリニックで治療を受けられていました。このクリニックでは、それぞれの患者さんに合わせた免疫を活性化する製剤を提供するという治療を行っていました。製薬会社の研究員として、病院など臨床の現場で患者さんと触れ合うことはとても珍しいことです。貴重な体験でした」
そこで身に染みて感じ取ったのは、患者さんたちの本音だった。
「来院して間もない患者さんは、『がんと共存しながら生きていこう』という気持ちを表現されますが、本音は違うことに気づきました。打ち解けて話をしていくと、やはり『何としてもがんを叩きたい、治りたい』と考えています。そして、今、自分がどんな状況なのか、どうしたら進行が止められるのかということをすごく知りたがっています。そんな患者さんに日々接している中で、何とか患者さんたちのお役に立ちたいと強く思いました」
川西さんは患者さんと接すると同時に、福岡大学医学部微生物免疫学教室にも籍を置き、がん免疫とシイタケ菌糸体の研究で、医学博士の学位も取得した。
シイタケ菌糸体に免疫抑制解除作用
「クリニックに来る患者さんたちは、様々な治療を受けながら、免疫を活性化するために5種類くらいの免疫賦活薬(免疫を活性化させる製剤)を摂取していました。その中で、漢方薬などを服用して免疫の指標であるインターフェロンガンマ(IFN-γ)などで一時的に数値は上がるのに、それがなかなか続かないという方々がいました」川西さんは、不思議に思った。
「免疫が一度は上がるのに、それが持続しないのはなぜだろうとクリニックの医師やスタッフの間で話題になったんです。もしかすると、免疫をただ活性化させるだけでは不十分なのではないかと気づきました」
一方で、様々な製剤を服用した患者さんの中で、シイタケ菌糸体を摂取している患者さんで、比較的数値が維持されるデータがあった。
「シイタケ菌糸体には、免疫力を上げると同時に、免疫抑制を解除する作用(免疫を妨害する力を抑える作用)もあるのでは、というヒントを得たんです」
そこで、シイタケ菌糸体ががん免疫抑制を解除するという機序について、川西さんの所属する小林製薬で研究が進められた。がん治療の研究者の間でも、免疫がうまく働かなくなっていることが、がんが進行する原因の1つではないかと、話題になり始めていた時期だった。
そして2009年、同社はシイタケ菌糸体が、免疫作用を邪魔する物質であるIL-10(インターロイキン-10)を抑えるという報告を米国癌学会(AACR)で発表し大きな反響を呼んだ(図2)。
多くのがん患者さんと医療関係者の長期間の協力のもと、シイタケ菌糸体が、免疫抑制を解除して、がんに対する免疫力を回復させる力があることを示した発表だった。
免疫抑制の解除で再発予防、副作用軽減を
川西さんは2011年に大阪の小林製薬の研究所に戻った。その後もがん免疫についての研究を続けている。小林製薬が注目したシイタケ菌糸体は、これまでに国内の10以上の大学研究機関でも研究が行われ、既に多くの臨床成果が報告されている(図3)。
また、川西さんが常駐していた福岡のクリニックのような、民間のクリニックでも全国で複数の施設で臨床的に研究が行われている。
「私たちのプロジェクトでは、大学や民間の医療関係者の方々に協力いただきながら、1つは免疫抑制解除のメカニズムを明らかする研究を進めています。これまでのところ、シイタケ菌糸体はがんになると異常に増殖する「免疫抑制細胞」を抑える作用があることがわかっています。私たちが大学医学部と共同で行ったマウスの研究では、がん個体では免疫抑制細胞が異常に増えたのに対し、シイタケ菌糸体を摂取すると、免疫抑制細胞の増殖が抑えられ、正常個体に近づいていました(図4)。
免疫抑制細胞は、健康な人の体の中では、免疫細胞が過剰に働きすぎないブレーキのような役割を持っています。がんはこれを悪用して、免疫抑制細胞を異常に増やし、免疫の攻撃力をブロックしていることがわかってきました。つまり、免疫抑制細胞はがん患者さんが免疫抑制に陥る大きな原因なのです。私たちは、シイタケ菌糸体は免疫抑制細胞の異常な増殖を抑えることで、免疫抑制を解除すると考えています(図5)。
現在メカニズム研究のほかにも、治療後の再発予防にどれだけ作用するか、抗がん薬治療などの副作用を軽減できるかなど、シイタケ菌糸体ががん治療のサポートにどのように利用できるかという点についてさらなる検証を進めています」
医師と患者へ 免疫抑制とシイタケ菌糸体の理解を深める
シイタケ菌糸体の効果の検証を進める一方で、少しでも多くの医療関係者や患者さんに、免疫抑制を解除するというメカニズムとそれに対するシイタケ菌糸体の有用性について理解してもらい、研究の輪を広めていくことに努めていきたいと川西さんは話す。
「そのためには、がん治療を行う医師の方々に、まずはがん治療における、免疫の重要性、とくに免疫抑制を解除することの重要性を知ってもらえる機会をご提供できればと思っています。
ここ数年はがん関連学会のセミナーの開催や、小林製薬のがん免疫研究専門のウェブサイトを開設するなど情報発信にも力を入れています。最近は補完代替医療学というものが浸透してきて、この分野の方々にも興味を持ってもらえるようになりました。
また、がん免疫研究のウェブサイトでは、医師だけではなく、より多くの方に向けた分かりやすい情報発信を心掛けています。現在では、毎月数千名の方に閲覧していただけるなど、大きな成果の1つとして実感しております(図6)。
当社が調べたところでは、がん患者さんやそのご家族の多くも、がんと向き合うために免疫力を高めたいと考えておられるようで、これは私がクリニックで感じていたことでもあります。そういった一般の方へも、がん治療における免疫の正しい役割や、免疫抑制を解除することの重要性を、わかりやすく伝えることも我々の努めだと思っています」
がん免疫を研究する製薬企業として
世界的に免疫療法の研究が進み、権威のある学会でもクローズアップされる時代になった。
実際に、従来の免疫賦活製剤、免疫細胞療法やがんワクチン療法など、各方面で研究が進み、これらの療法を受けている患者さんも多い。
しかし、これからのがん治療の肝と考えられる、「がん患者の免疫抑制状態を解除する」方法については、海外を中心に、医薬品の開発が進み始めた段階だ。そういった中、小林製薬では、シイタケ菌糸体の役割を「免疫抑制の解除」に置いて、さらに研究を進めている。今後は、がんのステージそれぞれに合った作用についての検証を進めていくという。
「天然由来の成分を研究する製薬企業として、がん免疫の分野で今後も臨床研究を積極的に進めて研究成果を蓄積するとともに、がん治療における『免疫抑制解除』の重要性と、『シイタケ菌糸体』ついての情報を発信して、少しでもがん患者さんの一助になればと思っています」
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