新たな治療戦略の可能性
ボーダーライン膵がんに対する術前化学放射線療法
膵がんの唯一の根治的治療は手術である。切除できるかできないかのボーダーライン膵がん(切除可能境界域膵がん)では、「術前化学放射線療法」の臨床研究が行われており、その有効性が明らかになってきた。手術が可能になり、生存率が改善したという報告もある。どのような治療法なのだろうか。
主要な血管への浸潤の程度で 手術が可能かどうかを判定
膵がんの治療では、切除手術をできるかどうかが、重要な意味を持っている。切除手術は膵がんの唯一の根治療法なので、手術が可能なら基本的には手術が行われることになる。
では、どのような場合に切除手術が可能、あるいは不可能と診断されるのだろうか。横浜市立大学医学部消化器・腫瘍外科学講師の森隆太郎さんは、次のように説明する。
「遠くの臓器や腹膜に転移している場合は、切除手術の対象になりません。がんが全身に広がっていると考えられ、すべてを取り切ることができないからです。逆に、がんが膵臓内に留まっている場合には、切除手術可能と診断されます。
判断が難しいのは、遠くの臓器や腹膜には広がっていないが、局所で進行し、膵臓の周囲にある重要な血管に触れているような場合です。血管にどの程度浸潤しているかによって、切除手術が可能かどうかを判断します」
膵臓の周囲には、腹腔動脈、上腸間膜動脈といった動脈と、腸から肝臓につながる門脈という静脈が通っている。CT検査を行って、がんと血管の位置関係を調べ、米国のNCCN(全米総合がん情報ネットワーク)ガイドライン2013年版の診断基準に従って診断している(図1)。
「膵臓の外にまで増殖したがんが、これらの血管に接していなければ切除可能です。腹腔動脈と上腸間膜動脈に対して、血管の半周以上に浸潤していれば切除不可能となります。そして、動脈に浸潤していても、それが血管の半周未満の場合に、ボーダーライン膵がん(Borderline resectable pancreatic cancer=切除可能境界域膵がん)と診断されます。門脈に対しては、がんが血管に浸潤していれば、程度にかかわらずボーダーライン膵がんとなります」
CTの画像を見て、切除可能、不可能、ボーダーラインと診断を下すのは、簡単なことではない。横浜市立大学附属病院では、判断が難しい症例については、消化器腫瘍外科の医師だけでなく、消化器内科と、抗がん薬治療を専門とする腫瘍内科の医師が週に1回集まり、CT画像を見ながら検討して診断を下しているという。
ボーダーライン膵がんなら 術前化学放射線療法を行う
ボーダーライン膵がんと診断された患者に対して、同附属病院では、臨床研究として術前化学放射線療法を行っている。
「ボーダーライン膵がんと診断された患者さんでも、そのまま切除手術を行うことは可能です。手術器具の進歩などもあり、血管を再建する技術が向上しているので、手術でがんを取り切ることはできるでしょう。しかし、手術だけでは、すぐに再発してしまうことが多いため、手術前に化学放射線療法を加える治療が行われているのです。すでに100例以上のボーダーライン膵がんの患者さんに、術前化学放射線療法が行われてきました」
化学放射線療法の内容は次の通りだ(図2)。
まず、化学療法が行われる。*ジェムザールと*TS-1を併用するGS療法である。経口薬のTS-1は、2週間連日投与し、1週間休薬する。ジェムザールは第1日目と8日目に投与。3週を1クールとし、2クール行う。
その後、1週間空けてから、TS-1を2週間服用し、それと並行して10日間(週5日間×2)の放射線療法を行い、計30グレイ(Gy)を照射する。
これが横浜市立大学附属病院で行っている術前化学放射線療法である。
「ボーダーライン膵がんと診断され、化学放射線療法を受けた人の中で、CR(完全奏効)はいませんでしたが、PR(部分奏効)とSD(不変)を合わせると、全体の91%に効果が認められました。内訳は、PRが約2割、SDが約8割です。つまり、大部分はSDなのです。
しかし、膵がんは進行が非常に速く、効果的な抗がん薬がなかった時代は、半年ほどで亡くなっていた病気です。治療していた3カ月近く不変ということは、その治療が有効だったと考えられるのです。化学放射線療法が終わった時点で、PRとSDの人たちが手術可能となりました(図3)」
ただ、実際に手術を受けたのは、ボーダーライン膵がんと診断された人の75%だった。手術前に行った腹腔鏡検査で転移が見つかったり、手術を受けたくないという患者がいたりしたためだ。それでも、ボーダーラインと考えられていた患者の4人に3人が、手術を受けられたことになる。
*ジェムザール=一般名ゲムシタビン *TS-1=一般名テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム
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