切除不能膵がんに対する新たな治療選択肢
腫瘍が縮小し、予後延長の可能性も 膵がんに対するナノナイフ治療
森安史典さん
見つかったときにはすでに切除できないケースが全体の約8割を占める膵がん。その場合、薬物療法という道しか現時点ではないが、そうした中、新たな選択肢として注目されている治療法がある。それが「ナノナイフ治療」だ。腫瘍が縮小したり、予後が延長するといった治療効果が期待されている。
注目されるナノナイフ治療
近年、増加傾向にある膵がん。がんの中でも、難治がんの筆頭格にあげられているがんだ。罹患数と死亡数の数値が近く、根治の道を探ることが可能な、手術を受けられるⅢ(III)期以下で見つかる人は、膵がんと診断される人の10~20%程度にしか過ぎない。残りの8割の人は、Ⅳ(IV)期という切除不能の状態で見つかり、根治ではなく長期生存を目指す薬物療法を選択することになる。
そんな厳しい状況にある膵がんだが、今、注目すべき治療法がある。それが「ナノナイフ」と呼ばれる治療法だ(写真1)。
現在、同治療を我が国で唯一牽引しているのが、医療法人財団順和会山王病院(以下、山王病院)のがん局所療法センターセンター長/国際医療福祉大学教授(前東京医科大学消化器内科主任教授)の森安史典さんだ。
「ナノナイフ治療とは、細い電極針をがん病巣を取り囲むように刺して、そこに高電圧で通電することで、ナノサイズ(1mmの100万分の1)という極小の穴をがん細胞に開けて死滅させるという治療法です」(写真2)
ラジオ波焼灼術との違い
(動物実験で肝臓に対してナノナイフ治療を行った患部の様子)
同じ局所治療の代表的なものとしては、肝がんなどに対するラジオ波焼灼術があげられるが、違いはどこにあるのだろう。
「肝がんの治療などに対して行うラジオ波焼灼術は、患部に刺す針を高温にして熱的にがん組織を火傷のような状態にして死滅させるものです。熱的な凝固療法とも言われ、要するに熱凝固によりタンパク質を変性させる治療法です。
一方、ナノナイフ治療は、高電圧で通電すると言いましたが、熱には頼らない治療法になります。3,000ボルトという高電圧を、1万分の1秒という、非常に短時間当てることで、がん細胞にナノサイズの穴が開いて細胞質が溶け出し、細胞が壊れるというメカニズムです」(写真3)
このことによりナノナイフ治療は、ラジオ波焼灼術に比して、どのようなメリットがあるのかを森安さんはこう続ける。
「ラジオ波焼灼術は、熱で治療するため、細胞のみならず、体の各臓器を働かせるための栄養などを運ぶ血管といった間質と呼ばれる正常な支持組織も傷めてしまいます。しかし、ナノナイフ治療では、熱に頼らず電流で細胞のみを死滅させるため、血管など間質を形成している線維にはダメージを与えないで治療ができるのです。体のインフラとも言える間質といった支持組織を傷めると、臓器として機能ができないなど様々な不具合が起こりますが、ナノナイフ治療では、臓器の構造や血管、神経などは傷つきません」
膵臓は非常に特殊な臓器で、周辺には腹腔動脈、肝動脈、上腸間膜動脈、門脈などの重要な血管や、胆管、胃、十二指腸、大腸など重要な臓器が縦横無尽に走っている。そのため、膵がんは2cm程の大きさであっても、しばしばそれらの重要な臓器に近接あるいは浸潤してしまい、手術ができないケースが多い。しかしナノナイフ治療では、そうした重要臓器を傷つけずに隙間を縫うようにして、治療することが可能だという。
切除できない局所進行したがんが適応
ナノナイフ治療の流れについて簡単に説明しよう。
ナノナイフ治療が適応になるのは、手術ができないと判断された局所進行膵がん(遠隔転移や腹膜播種なし)。膵がんの患者で主治医により、切除不能の局所進行膵がんと診断された場合に、森安さんへの紹介状を書いてもらえば、診療を受けることができる。
「私のところにご紹介でいらっしゃる患者さんでも、実際に治療が適応になる方は、残念ながらそのうちの20%位です。その理由として1つには、腫瘍の大きさがあげられます。治療ができる領域は3~4cmまでですので、それより腫瘍が大きいと、ナノナイフ治療は難しいです。もう1つは、合併症に耐えられるかどうかという点があげられます。局所治療といっても、ナノナイフ治療はある程度侵襲性のある治療になり、海外の報告では、膵がんのナノナイフ治療による合併症の頻度は10~20%と高いため、体力的に弱っていて合併症に耐えられない場合、実施することは難しくなります」
治療適応になった場合は、治療日の前日に入院。治療当日は全身麻酔のもと、超音波ガイド下に長さ15cm、太さ1.1mmの電極針を、腫瘍を囲むように3~4本刺す。針の先端には電気が流れる電極部分があり、その長さを1.5cmに調節する。がんの大きさが3cmの場合、4本の針で腫瘍を取り囲むため、6通りの通電が可能になる。電流をおよそ1秒に1回の間隔で100回程流すため、6通りだと約600回流れることになる。
その際、強い電流が流れるのは病巣部分だけだが、病巣から10~15cm離れた心臓にも少ないながらも電流が流れるため、合併症である不整脈を起こりにくくするよう、心電図同期システムを使って、心臓が収縮する不応期と呼ばれるタイミングで通電する。また、通電する際に、全身の筋肉の痙攣が起こらないように、筋弛緩薬をあらかじめ注射しておくという。
「実際に通電している時間は、だいたい10分間程度と短い時間になりますが、超音波画像とCTの画像を融合したナビゲーションシステムという技術を使って、正確にかつ安全に電極の針を刺していくので、治療室への入室から退出まで、全部で2時間ほどかかります」
治療後、何も問題がなければ、入院日数は10日というのが治療の流れだ。
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