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ネックは治療費。しかし、早ければ来年にも保険適用の可能性あり
難治がんに有効で、副作用が少ない重粒子線治療の威力

監修:辻井博彦 放射線医学総合研究所理事
取材・文:町口 充
発行:2009年10月
更新:2019年7月

  
辻井博彦さん 放射線医学総合研究所理事の
辻井博彦さん

難治性のがんに有効で、しかも副作用が極めて少ないといわれるのが重粒子線治療だ。千葉県にある放射線医学総合研究所(以下、放医研)が世界初の重粒子線がん治療専用装置を開発・建設し、臨床応用を始めてから15年。治療を受けた患者の数も、今年中に5千人に達する。
03年に高度先進医療の承認を得ているが、保険適用も早ければ2010年にも実現する可能性があるという。

重い粒子でがんを死滅させる

そもそも、重粒子線とは何なのか?

放医研理事の辻井博彦さんに、解説してもらった。

重粒子線はX線、ガンマ線などと同じ放射線の仲間。一般に放射線とは、高速で動く粒子または波長のごく短い電磁波(エネルギーの高い光子)で、物質を通過する能力をもったもの。原子の世界では、放射線の1個1個が大きなエネルギーを持っている。物質を通過して相手の電子・分子とぶつかったときに電離現象を起こす能力を持つので電離放射線ともいう。

放射線治療で効果を発揮するのも、この電離現象のおかげ。放射線の熱でがん細胞を焼き殺すのではなく、電離現象によりがん細胞の核の中のDNAに分子レベルの傷をつけ、もうそれ以上細胞分裂ができないようにして、がん細胞を死滅に至らせる(分裂死という)。

「電離放射線のうち、特に質量の重い粒子を高速で加速したものが重粒子線です。治療に用いるには原子の周囲を回っている電子をはぎ取った原子核を光速近くまで加速しますが、数ある重粒子線の中でも炭素線が最適と考えられており、放医研では炭素粒子を使っています。陽子を1とすると、12倍の重さの粒子を加速するので、体内で相手の電子と相互作用をきたして電離現象を起こすと、非常に高密度になります。電離密度が高くなればなるほど生物効果は高くなり、すなわちパンチ力が高くなります。これに、一定の深さで急にエネルギーを放出するという重粒子線の物理的特徴が加わって、X線はもちろんのこと、陽子線よりも高い臨床効果が得られると期待されています」

ピンポイントの治療効果

従来から広く行われてきた放射線治療といえばX線照射だが、外科手術と比べて、臓器の機能や形態の温存が可能で、体にメスを入れるわけではないので治療中の肉体的な負担が少ない、などの利点がある。

その反面、がん細胞だけでなく正常細胞にもダメージを与える、などの副作用が避けられない。このため、一定以上の線量(放射線の量)を人体に照射できない。がんのまわりに放射線に弱い組織があると治療できない、などの問題点を抱えている。

こうした点を一挙に解決するのが重粒子線治療だ。

X線やガンマ線などの放射線は、体を通り抜ける性質がある上、体の表面直下で線量が高く、逆に体の深くに行くに従って線量が低くなってしまう。これに対して重粒子線は、体の浅いところでは線量が低く、一定の深さで急に線量が高くなるピークがあり、その後は急激に消滅する、つまり線量がゼロになるという性質がある。

このため、ピークの位置や高さを調整し、腫瘍の形に合わせた照射を行うことにより、がん病巣だけを狙い撃ちにした照射が可能になる。しかも、粒子が重い分だけ、同じ線量でも相互作用が強く働き、生物効果、つまりがんを殺す力が強まる。

「物理的な線量が一定の深さでピークを迎えるのは、やはり粒子線である陽子線も同じです。しかし、陽子線の生物作用はどの深さでも同じに働くのに対して、重粒子線はピークに近づけば近づくほど物理的な線量も高くなるし、生物作用も高くなる特徴を持っており、陽子線よりも有効に作用します」

この結果、重粒子線のがんに対する殺傷能力は、X線、ガンマ線、陽子線の2~3倍、がんの種類によっては8倍といわれている。

重い粒子がそれだけ効果を高くしているのなら、もっと重い粒子、たとえばネオンやシリコン、アルゴンにしたらどうかと考えがちだが、そうは問屋が卸さないようだ。

「重い粒子を用いると、体の浅い部分の生物効果も高くなり、ピークの部分の生物効果とその手前の低い線量域の生物効果との差があまりなくなってしまう。物理的な線量分布と生物効果からみた分布とのバランスが非常にうまくとれているのが炭素線です」

世界初の治療装置「HIMAC」

写真:重粒子線治療室

重粒子線治療室(写真提供:放医研)

放医研が、世界に先がけて重粒子線がん治療研究のための専用装置「HIMAC」を完成させたのは93年。翌年から臨床研究をスタートさせ、03年には厚生労働省(厚労省)から高度先進医療の承認を得た。

高度先進医療とは、新しい治療法であっても、一定の医療の水準を超えて特に将来性があると厚労省が判断したものについて、混合診療(公的な健康保険の適用を受ける診療と、保険外の自由診療を併用した診療)を認める制度で、現在は「先進医療」という新しい制度になっている。

どのようながんの種類が、先進医療の適用になっているのだろうか?

先進医療の適用は「固形がんに対する重粒子線治療」となっているので、基本的にはすべての固形がんが適用対象だ。とはいっても、重粒子線治療ですべてのがんが治せるわけではなく、治療成績を検討して、十分によい成績を上げていると認められるものに限って適用対象にしている。現在、先進医療を適用しているのは、頭頸部がん(鼻・副鼻腔・唾液腺など)、肺がん(非小細胞型)、肝がん、前立腺がん、骨・軟部肉腫(手術が困難なもの)、直腸がん(術後再発で、手術が困難なもの)、頭蓋底腫瘍、眼球脈絡膜悪性黒色腫。また、先進医療の適用は受けていないが臨床研究を継続中のものは、脳腫瘍、膵がん、子宮がん、食道がん、大腸がんの肝転移など。

[放医研における重粒子線がん治療の登録患者数(部位別)]
(1994年6月~2009年2月)

図:放医研における重粒子線がん治療の登録患者数

(写真提供:放医研)

このように、多くの種類のがんが適用対象となっているが、重粒子線が不得手とするものもある。

「重粒子線といっても手術と同じ局所療法ですから、すべてのがんに効くわけではありません。有効なのは1、2カ所にとどまっているようながんであり、すでにあちこちに転移がある患者さんは適用外です。悪性リンパ腫、卵巣がん、精巣がんなど全身に広がる性質の強いもの、肺がんでも小細胞肺がんなどは対象外です。また、胃がんや大腸がん(原発巣)など袋状の管腔臓器のがんの場合は、がんは治っても胃や腸に潰瘍ができたり、穴があいたりする心配があるので、適用外となっています。 ただし、同じ腸でも直腸がんの手術後の骨盤内の再発に対しては非常に有効です。また、従来からの治療法で十分によい成績が出ているものに関しては、あえて重粒子線で治療する必要はないと考えています」

注目すべきは、重粒子線治療はターゲットに的を絞ったピンポイントの治療が可能なことから、手術で切除できないがんや、X線をあてると副作用が強く出てしまうような骨軟部腫瘍の骨盤、脊髄の近くにできたがんなどに有効であり、「これらのがん種は重粒子線の独壇場」と辻井さんは話す。

治療成績を、治療により腫瘍が消失した、もしくは腫瘍の成長が止まった割合をみる「局所制御率」でみると、早期非小細胞がんの3年局所制御率は90パーセント以上であり、肝がんでは80~90パーセント、前立腺がんではほぼ100パーセントという。

[放医研における重粒子線がん治療の登録患者数の推移]
図:放医研における重粒子線がん治療の登録患者数の推移

(写真提供:放医研)

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