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効果は大きく副作用は小さい 身体にやさしい重粒子線治療

監修:辻井博彦 放射線医学総合研究所重粒子線医科学センター長
取材・文:松沢 実
発行:2004年7月
更新:2013年9月

  

正常細胞を避けがん細胞のみを攻撃。奏効率は手術にも匹敵する

辻井博彦さん 放射線医学総合研究所
重粒子線医科学センター長の
辻井博彦さん

重粒子線治療によるさまざまな利点

臨床試験の対象となる特定のがん患者しか受けられなかった重粒子線治療が、昨年(2003年)11月、厚生労働省から高度先進医療の承認を受け、広く一般のがん患者へ解禁されることとなった。まず、(1)頭頸部がんと(2)骨軟部腫瘍、(3)肺がん、(4)前立腺がんへの治療が開始され、今年度(2004年度)から、(5)直腸がんの術後局所再発と(6)眼の悪性黒色腫(メラノーマ)が加わった。

日本の国民皆保険制度下の保険診療では、健康保険の適用外の新たな治療法を受けた場合、入院費等を含めすべての医療費が患者の自己負担となる。

しかし、保険適用外の治療法でも、高度先進医療として承認されれば、そのための特別料金のみを自費負担するだけでよい。他の入院費等の医療費は、これまで通り保険が適用される。

「今回、高度先進医療として認められた重粒子線治療の患者自費負担額は314万円です。この特別料金のみを負担すれば、保険診療と同時に重粒子線治療も受けられることになります。負担する金額は決して安いとはいえませんが、治療の選択肢が広がったことは、朗報といえるでしょう」

と放射線医学総合研究所の重粒子線医科学センター長の辻井博彦さんは指摘する。

[粒子の大きさ]
粒子の大きさ

X線やガンマ線は電磁波の一種。重粒子線医科学センターでは効果が高く扱いやすい重粒子(炭素)を使用している

現在、もっとも広く普及している放射線治療はリニアック(直線加速器)によるX線治療だが、重粒子線治療も放射線治療の一種だ。脳腫瘍にガンマ線を集中照射するガンマナイフや、陽子をがん病巣に当てる陽子線治療も広く知られるようになったが、重粒子線治療はがん細胞への殺傷力がもっとも強い放射線治療といえる。

がん治療における外科手術と比べた放射線治療の大きな利点は、(1)臓器の機能や形態の温存が可能で、(2)患者の肉体的負担が少ないこと。

それに対して、(1)腫瘍の周りの正常組織に放射線障害を招いたり、(2)一定以上の放射線量を人体に照射できない、(3)手術に比べ確実性に劣るという欠点もある。

がん治療に放射線が活用され始めてから100年以上経つが、その歴史は放射線治療の利点を可能な限り伸ばすと同時に、その欠点を抑える工夫の積み重ねだった。

重粒子線治療は、その積み重ねのうえに切り拓かれた、患者にやさしい最強の放射線治療といってよい。

高度先進医療=先進的な医療技術と一般の保険診療の調整を図る制度。保険診療をベースに、別に特別な料金を負担することで医療を受けやすくなる
ガンマ線=光や電波と同じ種類の電磁波。レントゲン撮影などで使われる「X線」よりも波長が短い(エネルギーが高い)

正常細胞への障害を最小限にとどめる

[各放射線の生体内における線量分布]
各放射線の生体内における線量分布

重粒子線は深さ15センチに強さのピークがあり、他の正常な細胞があるところでは非常に弱く、細胞を傷つけることが少なくてすむ

[X線2門照射]
X線2門照射

体の表面に近いほど照射される量が多く、体の奥深く進むにつれて弱くなる。そのため、患部に至るまでに正常な細胞を傷つけてしまう

[重粒子線(炭素)水平垂直2門照射]
重粒子線(炭素)水平垂直2門照射

体表面近くでは照射される量が少なく、がんのある場所に強さのピークを合わせることが可能。そのため、正常細胞への影響は最小限に抑えられる(Gy=グレイ)

放射線は大きく電磁波と粒子線の2つに分けられる。

X線やガンマ線は前者で、陽子線や重粒子線は後者だが、重粒子線はX線やガンマ線、あるいは陽子線に見られない次のような特長を持つ。

1つは人体の中で放射線のエネルギー(放射線量)が最大になるピークの位置を調節できることだ。このため、放射線をがん病巣のみに集中的に照射し、その周りの正常組織への放射線障害を極力減らすことができる。

「X線やガンマ線を人体に照射した場合、体表の近くがもっとも大きな放射線量となり、体内の奥へ進むにつれて放射線量は減弱していきます。しかし、重粒子線の場合、体表からがん病巣までは低い放射線量で進入し、がん病巣のところで最大の放射線量となり、それを突き抜けた瞬間に放射線量を0にすることができるのです」(辻井さん)

最大の放射線量となる位置をブラッグピークというが、特殊なフィルター等の使用でブラッグピークの範囲を自在に加減できることから、さまざまな大きさや形のがん病巣でもピンポイントで最大の放射線をかけられる。ブラッグピークは粒子線治療の特長だから陽子線でも可能だ。しかし、重粒子線のブラッグピークは陽子線よりもはるかに鋭いため、周辺の正常組織への障害がさらに軽微にとどめられるのである。

もう1つの重粒子線の特長は、がん細胞に対する殺傷力が強いことだ。X線やガンマ線、陽子線の2~3倍、がんの種類によっては8倍の殺傷効果を示すこともある。

世界初の医療用重粒子線治療装置=HIMACによるがん治療が、千葉県稲毛市の放射線医学総合研究所の重粒子線医科学センター病院でスタートしたのは1993年。

以来、重粒子線治療の治療効果を科学的に調べるための臨床試験が積み重ねられてきた。これまで1796名のがん患者に試みられ、従来の放射線治療や手術、抗がん剤治療と比べ、優れた治療成績をあげることが確かめられた。

「とりわけ、(1)頭頸部など機能と形態の温存が切実に求められる部位のがんをはじめ、(2)これまでの放射線治療が効きにくい悪性黒色腫や骨軟部腫瘍等の肉腫や腺がん系腫瘍、(3)周辺に重要臓器が存在し、不規則な形をした大きな腫瘍、(4)放射線障害をもたらしやすい大腸等の消化管に隣接した腫瘍などに効果的であることが判明しています」(辻井さん)

ボーラス=放射線量分布をがんの形に合わせて調整するための補正材

高度先進医療に認定された背景

今回、頭頸部がんに対する重粒子線治療が高度先進医療として認められたのは、視覚や嗅覚などの頭頸部の機能が温存され、顔面の形態を損なわずにがんの根治が得られるからだ。

頭頸部がんは副鼻腔がんをはじめ、唾液腺がんや耳下腺がん、眼や舌根部、頭頸部に発生する悪性黒色腫(メラノーマ)などさまざまである。

「早期の頭頸部がんは放射線治療などで機能と形態を温存しながら根治することができますが、進行がんは手術でがん病巣とその周りの眼球や顎などを広く切除することから、機能や形態が大きく損なわれ、生活の質(QOL)も低下せざるを得ません。頭頸部の進行がんの患者にとって、機能と形態の温存をはかりながら、がんの根治を得るのは切実な課題だったのですが、重粒子線治療はそれを可能とした革新的治療法といえるのです」(辻井さん)

左眼が飛び出してきた増井節夫さん(47歳)が、病院で副鼻腔がんと診断されたのは1999年だった。左の副鼻腔に35×45×60ミリのがんが存在し、それが眼球を後ろから圧迫し左眼を突出させていた。

副鼻腔がんは放射線と抗がん剤による治療でがん病巣を縮小させたうえで、手術で切除するのが一般的だ。しかし、増井さんの場合、がんが副鼻腔のほかに、眼窩(眼球が収まっている窪み型の骨)の底や内壁に浸潤した病期3期の進行がんだった。

放射線ですべてのがん細胞を死滅させるためには、その周辺の眼球等の正常組織へ過剰な放射線がかかり、失明を招くのは不可避だった。一方、不十分な放射線治療のまま手術に臨めば、がん病巣と一緒に眼球なども摘出せざるを得ない。いずれにしても視力を失わざるを得ないと諦めていたのだが、主治医の勧めで重粒子線治療を受けたところ、視力を失わずにがん病巣を跡形もなく消失させることができた。

現在、重粒子線治療を受けてから4年以上経つが、副鼻腔がんは消失したままで元気に過ごしている。

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