放射線の強度を変えた照射で、副作用が大きく減少
X線の最先端技術・IMRTの成果
京都大学大学院医学研究科
放射線腫瘍学
・画像応用治療学講師の
溝脇尚志さん
みぞわき たかし
京都大学大学院医学研究科放射線腫瘍学・画像応用治療学講師。
1964年、京都大学医学部を卒業。
同大付属病院、田附興風会北野病院の放射線科で研修を受けた後、同大大学院医学研究科博士課程へ。
博士過程修了の後、天理よろづ相談所病院、同大放射線科助手、メモリアル・スローン・ケタリング・がんセンター医学物理学教室客員研究員を経て、2004年12月より現職
患者に人気の「IMRT」
今から17年ほど昔、京大放射線科の溝脇尚志さん(41歳)が医師になったころ、「手術に代わって放射線でがんを治す」という発想は、一部の例外を除いては日本になかった。
放射線を使うのは、再発がんの場合や、他の疾患があるなど手術できない場合に限られていた。例外は、手術の後遺症が深刻な早期の咽頭がんや一部の舌がん、子宮がんぐらい。だから、日本のがん患者で放射線治療を経験する人は10~15パーセントで、アメリカの場合の60~70パーセントとは大きな開きがあった。
ところがその後、いろんながんに放射線治療が用いられるようになる。手術と同等の治療成績が出てきたからだ。今では日本でも、25パーセントぐらいのがん患者が放射線治療を受けている。
そのような動きを受けて、溝脇さんが患者さんから直接、「手術ではなく、放射線治療をしてほしい」と頼まれることも年々、増えている。
中でも現在、前立腺がんの患者さんからいちばんリクエストが多いのが、最新技術の「強度変調放射線治療(IMRT)」を使った治療だ。京大放射線科のホームページを見た人が、「IMRTで治療してほしい」と溝脇さんのもとを訪れる。
この耳慣れない「IMRT」は、いったいどんな治療なのだろうか。
IMRTでは不均等な照射が可能
少し長くなるが、IMRT登場までのプロセスを追ってみる。
放射線には、X線や粒子線などさまざまなものがある。IMRTはそのうちのX線を身体の外から当てる治療のもっとも進んだ形だと、溝脇医師は説明する。
「IMRTは、放射線の当て方自体を改良することによって、がんに当てる放射線量のみを増やし、合併症を減らそうという流れの最先端にある治療法です」
かつて、90年代前半までの放射線治療の技術では、臓器の位置を的確につかむことができなかった。骨の位置をもとに臓器の位置を予測し、身体の前後2方向から照射する。すると、たとえば前立腺がんの場合、前立腺の付近にある直腸や膀胱などにも同じ強さの放射線が当たることになる。直腸出血などが起きやすかった。逆に、がん以外の臓器が耐えられる放射線の量に抑えると、がんに対して十分な治療ができなかった。
ところが、90年代半ばに放射線治療は飛躍的に進歩する。患者のCTの画像を撮影し、そのデータをもとに3次元の画像を再構成し、どこに何パーセントの放射線を当てるかを事前に決めることができるようになったのだ。多方向から放射線を当てることで、1方向当たりの放射線量は弱くなり、正常組織に当たる放射線の量も減らすことができるようになった。これが「三次元原体照射」だ。
さらに、直線加速器(リニアック)が回転することによって、無数の方向から放射線ががんに集中する技術も開発された(「定位放射線照射」と言う)。脳転移したがんなどに威力を発揮し、脳外科の手術をぐんと減らしたほどだ。
ただ、たとえば腫瘍が曲玉のような形で、その中に放射線を当てたくない臓器を抱き込んでいるといった、複雑な状況では、「三次元原体照射」では十分な腫瘍線量と低い正常臓器線量の両立は容易ではない。そこで、いよいよIMRTの登場だ。機械は、「三次元原体照射」と同じ直線加速器を使う。
IMRTは、ある一方向からの放射線内で、放射線の強弱をつけることができる。いびつながんの形をコンピュータが読み取り、がんにだけ強い放射線が当たるように各方向からの放射線量を不均等に加減する。この計算はコンピュータがやってくれる。
「3段階ぐらいの強度の違いまでだと、ある程度、頭の中でも考えられるんです(笑)。でも今、京大では5方向から当てていて強度の違いは数十段階以上であり、適切な組み合わせは人間の頭では考えることができません。直腸が耐えうる放射線量など、いくつものデータを入力していくと、コンピュータが最適な治療計画を作ってくれます」
(臨床放射線vol.50 NO.5 2005」金原出版より転載)
3期の前立腺がんで真価を発揮
京大では2000年、IMRTを導入した。これまでに約130人がこの治療を受けた。その80パーセントが前立腺がんで、15パーセントが頭頸部(口・鼻の奥や脳)のがん、5パーセントはその他のがん、となっている。
前立腺がんの1~2期は、放射線でも手術でも治療成績は変わらないため、京大では患者自身が両方の説明を聞いた上で選択する仕組みになっている。放射線治療の場合、従来の三次元原体照射で十分で、5年生存率も90パーセント近い。
3期の場合、京大では現在、放射線治療だけを行っている。手術との比較をした結果、治療成績や後遺症の点で有効だと判断したためだ。
この段階では、がんが他臓器に浸潤している可能性が高いので、精嚢を含めて広く照射する。従来の照射では、前立腺と精嚢の後ろにある直腸まで放射線が当たってしまうので、十分な線量が当てられなかった。72グレイ未満だと十分に治療ができないと言われる中、上限は70グレイに抑えざるを得なかった。その場合の「3年非再発生存率」は58.5パーセント、直腸出血が起きる可能性は7.4パーセントだった。この出血はたいてい1~2年の治療で治まるが、まれに貧血が起こるような出血もある。
IMRTにすることで、直腸からの出血を以前と同じレベルに抑えながら、78グレイを照射できるようになった。
治療成績は、まだ1年半の追跡しかできていないものの、従来のやり方よりも再発する人が少なく(36人中1人)、溝脇さんは治療の手応えを感じている、という。
溝脇さんはよく、前立腺がんの1~2期の患者さんからも「IMRTで治療してほしい」と言われる。
だが、IMRTにもデメリットがある、という。
それは、散乱した放射線によって、いくらか被曝線量が増える点だ。IMRTは、がんの形に合わせて、放射線を当てる範囲が刻々と変化していく。放射線は出しっぱなしにしておいて、いわば、無数の窓の開け閉めによって、放射線量を調節している。患者は窓によって跳ね跳ばされた放射線を浴びることになる。若い人であれば、20年後、30年後の2次発がんのリスクが若干上がる。
「だから、従来のやり方で十分な早期のがんであれば、必ずしもIMRTが最適な照射法とは限りません。逆に、従来のやり方ではうまく照射できない難しい腫瘍の場合は、少々散乱線の被曝量が増えたとしても、IMRTできっちり治療するほうが、明らかにメリットがあるわけですよ。
現在京都大学では、1~2期の前立腺がんの患者さんの場合、従来の治療法で再発の危険が高い患者さんはIMRTで精嚢を含めて78グレイを投与しており、前立腺のみに74グレイの投与で十分治癒が見込める患者さんは三次元原体照射で治療しています。」
[3期の前立腺がんに対するIMRTの治療成績(B)]
IMRTを受ける手順
実際、どうすればIMRTを受けことができるのだろうか。
前立腺がんの患者が京大を受診した場合、ます4~5カ月間、ホルモン治療を受ける。これによって、肥大した前立腺が小さくなる。的が小さくなれば、直腸への放射線量も減らすことができる。また、先にホルモン治療をすると放射線の効きがよくなる、というデータも考慮してのことだ、という。
「IMRTは3~4カ月待ちの状態です。無治療でうちに来られた方は、その間にホルモン療法をするので、問題ありません。ただ、1~2年ホルモン療法を続けた方も来られます。既にホルモンの効きが悪くなってPSA(前立腺特異抗原)の値が上がり始めている場合は、3~4カ月待っている余裕がないので、従来の原体照射で治療をする場合があります。また、昔、尿道を削る手術をした人の場合、78グレイは危ないので線量を落として行います」
まだ保険収載されていない治療だが、現在高度先進医療を申請中である。
現在、京大でIMRTが使われているのは、前立腺など基本的に動かない臓器に限られている。肺などの臓器で実用化されるには、まだ時間がかかりそうだ。
ちなみに、IMRTはまだ新しい技術であるため、準備には恐ろしく時間と手間がかかる。溝脇さんたちは、コンピュータが提示した治療計画に誤りがないか、手作業で確認している。また、臨床的に最適かどうかを判断して、修正を加える。その回数は簡単なもので2~3回、難しいものだと20~30回にも上る。前立腺がんの治療を始めた当時は、1人の患者さんのプランを作るのに10~20時間もかかっていた、という。
加えて、放射線量の測定機をIMRTに設置して、試し照射をする。現在でも、全例、これを治療前に行っていて、1人分3~5時間かかる。患者さんへの照射が終わったアフターファイブも、直線加速器は忙しく稼働しているのだ。
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