• rate
  • rate
  • rate

7センチ大の2期肺腫瘍が消滅。3年半が経ち、転移、再発もない
深いがん、大きいがんでも1点に狙い撃ちする陽子線治療

監修:荻野 尚 国立がんセンター東病院陽子線治療部部長
取材・文:高田昌彦
発行:2005年10月
更新:2019年7月

  

荻野 尚さん
国立がん研究センター東病院
陽子線治療部部長の
荻野 尚さん

おぎの たかし
1956年新潟県生まれ。
千葉大学医学部卒業後、1985年より国立がん研究センターに勤務し、放射線治療を専門にしている。
現在、千葉県柏市の国立がん研究センター東病院で、主として陽子線治療に携わっている。
日本医学放射線学会専門医。日本放射線腫瘍学会認定医

病巣にのみ集中的に放射線を当てる画期的な治療法

回転ガントリー方式を採用した照射室

国内初の回転ガントリー方式を採用した照射室。台の上に寝ているだけで全身どの部位でも自由な方向から陽子線を照射できる。地下施設は、まるで小さな発電所と見まごうほどの大がかりなものだ

[陽子線の特徴]
陽子線の特徴

ブラッグピークと呼ばれる一気にエネルギーを放出するところに病巣を合わせると、正常な組織に障害を与えず治療できる

放射線にはいくつかの種類があります。通常の放射線治療に用いられるX線やγ線は、光子線と呼ばれるグループに入ります。いっぽう陽子線は、重粒子線と呼ばれるグループに属します。陽子とは水素の原子核のことで、プラスの電荷を帯びています。加速器を使って高エネルギーにまで加速すると、透過力の大きい放射線となります。それが陽子線です。

X線やγ線を人体に照射すると、体の表面で最も放射線の量が多くて、体内に入るほどだんだんエネルギーが少なくなって、最終的には体をつきぬけていきます。いっぽう陽子線は、浅いところではあまり放射線を出しませんが、体の中に入って、ある距離に達すると放射線を大量に放出し、そこで消失してしまう性質があります。このエネルギーが最大化するピークを、発見者の名前からとってブラッグピークといいます。

陽子線は加速度を変えることで、ブラッグピークの深さや大きさを調整することができます。すなわち目標であるがん病巣のところで、最も大量の放射線を放出するように調整することができるのです。

がんが大きくても小さくても、深いところにあっても浅いところにあっても、ピンポイントで狙い撃ちすることができます。そのため病巣以外の正常な組織に対する放射線の量を大幅に減らすことができ、副作用となる障害を軽減することができるのです。また陽子線はX線のように人体を通過しないので、腫瘍の裏側の組織にまったく影響を与えません。

年間では頭頸部がんが最多、次に前立腺がん、肺がんの順

普通の放射線治療が適応になるがんは、すべて陽子線治療の適応になりますが、費用対効果の観点から、通常のX線のほうがふさわしい場合があります。体の表面に近いがんであれば、陽子線を使うまでもなく、X線でよいということになります。

陽子線が適応かどうかの判定は、がんの種類と進行度によりますが、病巣が限定しているがんであることが第1条件です。たとえば肺がんが転移をしていれば広い範囲に照射しなくてはなりません。それではピンポイントの照射ではなくなり、陽子線のメリットが薄れてしまうわけです。

[陽子線による治療の成績]
眼のメラノーマ 5年局所制御率 96% 
頭蓋骨底傍脊髄腫瘍(脊索腫、軟骨肉腫) 5年局所制御率 65~91%
前立腺がん 10年無病生存率 73%
1期非小細胞肺がん 2年生存率 75~86%
肝臓がん 3年生存率 49%

1954年から2004年の間に、世界各国で総計4万人以上の患者さんが陽子線により治療を受けています。その治療成績は表の通りです。

眼のメラノーマ(悪性腫瘍)は白人に多い病気で、黒目を持つ日本人にはあまりみられません。頭蓋骨底傍脊髄腫瘍(脊索腫、軟骨肉腫)の治療はかなり古くから欧米で行われていますが、これも日本では頻度が少ない疾患です。

国立がん研究センター東病院で陽子線治療を受ける患者さんは年間100名ほどで、1番多い疾患が頭頸部がん(鼻腔、副鼻腔のがんなど)、2番目が前立腺がん、3番目が肺がんです。頭頸部がんは発生部位により治療方法も治療成績もまったく異なります。標準的には手術に放射線を組み合わせたり、放射線に化学療法を組み合わせた治療を行います。脳、眼球、神経、唾液腺など、放射線が当たると危険な部位に近接した腫瘍に対して、陽子線治療が適応となります。

前立腺がんに関しては、すでに放射線治療全般の治療成績が前立腺全摘手術と変わらないレベルまで達しています。ある種の前立腺がんにおいては、放射線の量を増やせば増やすほどよく治ることもわかっていますので、陽子線治療が有力な選択肢のひとつとなっています。

非小細胞肺がんは、1期から3A期という比較的早期での標準治療は手術です。それより進行した3B期では放射線と抗がん剤の併用、4期は化学療法が中心となります。高齢化にともなって手術不適応例が増加していますので、陽子線は早期の肺がんの手術に変わりうる治療という位置づけです。近い将来、進行肺がんにも適応を広げる予定です。

肝臓がん(肝細胞がん)に対しては、「エタノール注入」や「ラジオ波焼灼」「動脈塞栓」などの治療法があり、それぞれ一長一短があります。陽子線治療の対象となるケースは、病巣が1、2個に限られていて、エタノール注入を行うのが困難な位置にがんがある場合です。

食道がんに関しては、化学療法と放射線治療を組み合わせた治療が手術と置き換わっている現状があります。さらに副作用を減らし、治癒率を高めるという意味で陽子線が有望だと考えられています。

胃がん、大腸がんは適応にはなりません。消化器は動きが不規則で、ピンポイントの照射が困難であることと、壁が薄いため大量に放射線が当たると穴があく危険性があるからです。消化器のがんは基本的に手術が第1選択となります。

個々のがん患者さんにどの治療法が最適かについては、国立がん研究センター東病院では複数の医師がカンファレンスで検討します。頭頸部がんであれば、頭頸部外科、再建外科、放射線治療、放射線診断、化学療法科の5診療科の医師で治療方針を相談します。そして陽子線が最適だという共通の結論が得られれば、患者さんに推奨することになります。

同じカテゴリーの最新記事

  • 会員ログイン
  • 新規会員登録

全記事サーチ   

キーワード
記事カテゴリー
  

注目の記事一覧

がんサポート4月 掲載記事更新!