私が目指すがん医療 5
~専門職としての取り組み、患者さんへの思い~
口腔ケアで患者さんの口の苦痛をなくし 治療効果アップをサポート
放射線治療や化学療法は、副作用対策への取り組みが予後を大きく左右する。口腔粘膜炎(口内炎)などの副作用に耐えかねて、治療を断念せざるをえない患者さんも跡を絶たないのが実情だ。そんな中、歯科の立場から口腔ケアに取り組み、がん治療の副作用対策に取り組んでいる医師がいる。新潟大学医歯学総合病院の勝良剛詞さんだ。
口の中を清掃して 副作用の口腔粘膜炎を予防
私ががん患者さんの口腔ケアを始めたきっかけは、頭頸部がん患者さんの放射線治療で定期的に診察をするうちに、口の中が汚れている患者さんは口腔粘膜炎(口内炎)が強いことに気づいたことです。口腔粘膜炎の強い患者さんは口の痛みのため歯磨きが満足にできない。空き時間を利用して患者さんの口の中を清掃したところ、口腔粘膜炎が目に見えて改善したのです。
表情が暗かった患者さんも、「痛みがなくなった」と喜んでくれました。口の中がきれいになり診察もしやすくなって一石二鳥と思い、口腔ケアを始めました。
勝良さんは、口腔ケアをした場合としない場合の比較調査を開始。
「口の中をきれいにすると、明らかに口腔粘膜炎や口の痛みは少なくなる」という研究成果を得た。
論文の発表がきっかけとなって、院内で歯科放射線科の外来が開設。現在は、頭頸部がんや小児がん、造血幹細胞移植患者さんを対象に口腔ケアを行っています。
がん治療中の重度の口腔粘膜炎は、頭頸部がんの5割、小児がんの4割で起こります。当院では、口腔ケアの開始後10年を経て、重度(グレード3、4)の口腔粘膜炎の発生率はほぼゼロとなっています。
口腔ケアを行うことで がんの治療成績も向上
がんの口腔ケアは、患者さんの苦痛を取り除く効果だけを求めているのではありません。その先に大きな効果があるのです。
口腔粘膜炎の管理が適切に行われないと、粘膜がただれて痛みで食事が摂れなくなります。治療への意欲が低下するだけでなく、栄養状態の悪化で抵抗力が低下するため、細菌の局所感染を起こしやすくなります。造血幹細胞移植では口腔粘膜炎のグレードが1上昇するごとに重大な感染症が増え、死亡率は3.9倍になります。また、口腔粘膜炎の悪化によって、治療を中止や中断したり、放射線や抗がん薬の量を減らす場合は治療効果の低下につながります。
このようなことから私は、「患者さんがつらいと感じる治療は質だけでなく効果も劣り、よい結果が得られない危険性をもつ」と考えています。がんの支持療法としての口腔ケアは、患者さんの苦痛を減らし、合併症を予防し治療をより効果的にするための手段なのです。
がん治療における口腔ケアの方法は、まだ十分に理解されているとは言い難い。
口腔ケアには2つのポイントがあります。
1つは「歯石を取る」ことです。口腔粘膜炎の主因となるグラム陰性桿菌は歯周ポケットの中にいるので、口腔粘膜炎の予防には、治療が始まる2週間前に歯科を受診して歯石を取ることが大切です。
もう1つは、「口腔粘膜を清掃する」ことです。化学療法の副作用である発熱は、口腔粘膜からの感染症によって引き起こされることが多くあります。その主因となるグラム陽性球菌は、歯の周りだけでなく頬や歯肉の表面、舌にも潜んでいます。このため、治療中はスポンジブラシで口腔粘膜を清掃することが大切です。
実践の基本は、「口腔清掃」「与湿」「保湿」の3つ。まず歯を磨いて口全体の粘膜をきれいにした後、口をゆすいで潤し(与湿)、潤いが逃げないように保湿します。
これが口腔ケア実践の蓄積によって当施設で導き出されたベストな方法です。
以上を守れば、患者さんは口腔粘膜炎の苦痛から解放され、食事によって腸管免疫が保たれ、がんが治りやすい体になるのです。
とはいえ、口腔ケアのエビデンス(科学的根拠)は未確立で、ケア内容も施設によってバラバラです。今後は医学的なエビデンスに基づく口腔ケアを日本から世界に発信したいです。
Let’s Team Oncology ― 患者さん・医療従事者のみなさんへ
当院では2011年に「医療連携口腔管理チーム」が発足。歯科が総力を挙げて専門家によるチームを結成し、患者さんが安心してがん治療を受けられる体制を整えました。口腔ケアの成功の鍵はがん治療にかかわる職種間の連携と患者さんのセルフケアです。
治療中の患者さんには歯科医師、歯科衛生士や看護師などがケアをしますが、ぜひ患者さん自身に口腔ケアの3つの基本を心がけて治療を苦痛なく乗り越えていただきたいです。そのために、看護師さんには、うがいや歯磨きを促す定期的な声掛け、歯科受診のアドバイスにも期待しています。
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