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分子標的薬、サイバーナイフなど肺がん脳転移しても治療法はある 分子標的薬や放射線療法の進化で治療が大きく進歩

監修●岡本浩明 横浜市立市民病院呼吸器内科部長兼腫瘍内科部長(がんセンター長)
取材・文●「がんサポート」編集部
発行:2016年2月
更新:2020年3月

  

「肺がんの脳転移症例に対する治療には大きな進歩が見られます」と語る岡本浩明さん

肺がんは脳転移しやすい。すべての脳転移のうち、半分以上を肺がんが占める。以前は予後がとても厳しかったが、近年は分子標的薬の登場や放射線療法の進化で治療できるようになった。肺がんの脳転移にどう対処するのか、最新の学会報告を交えてレポートする。

肺がんが脳に転移しやすい理由

図1 がん種別の脳転移発症頻度

杏林大学・永根基雄教授のスライドを改変

肺がんと脳転移は切り離して考えられない。脳転移からみた原発巣の頻度では52%で2番目の乳がんの9%を大きく上回り、原発部位による脳転移の頻度でも35%で、悪性黒色腫に次いで2番目だ(図1)。

横浜市立市民病院呼吸器内科部長兼腫瘍内科部長(がんセンター長)の岡本浩明さんは次のように説明する。

「消化器系のがんの場合は、転移するにしても、血流に乗ったがん細胞はまず肝臓や肺でいったんトラップされますが、肺は臓器自体に血流が多い上、肝臓など重要臓器に行く前に直接脳に行ってしまうからと考えられています」

予後を悪くする因子としては、高年齢、全身状態(PS)が悪い、脳以外への転移(頭蓋外病変)、脳転移数3個以上が挙げられる。リスク因子を多く持つ人では、生存期間中央値(MST)は非小細胞肺がんで3カ月、小細胞肺がんでは2.8カ月というデータがある。予後因子がよければ非小細胞肺がんで同14.8カ月、また3年生存する人も20~30%いる(図2)。

図2 肺がん脳転移の予後因子(段階的予後評価:GPA)

Sperduto et al. J Clin Oncol 2012. 杏林大学・永根基雄教授のスライドを改変

EGFR変異陽性の肺がんは脳転移しやすい

近年の肺がん治療の進化は目覚ましい。遺伝子分析が導入されたからだ。肺がん診断時の遺伝子検査でEGFR(上皮成長因子受容体)に変異があった場合(陽性)は、分子標的薬のEGFR-TKI(EGFRチロシンキナーゼ阻害薬)が適応となる。

肺腺がん患者で、EGFR変異の占める割合は白人の10~15%に対して、東アジア人では50%とかなり高い。とくに非喫煙の女性の腺がんに絞ると60%にも達する。

注目すべきは、EGFR変異陽性の場合は、より脳転移しやすいということがわかったのだ。完全切除された113例での脳転移累積発現率でみると、EGFR変異陽性では64.7%であったのに対し、陰性では35.3%というデータがある。

脳転移しても治療法はある 分子標的薬の威力

図3 EGFR変異別の脳転移診断後の生存率

Iuchi et al. Int J Clin Oncol 20:674–9, 2015.

しかし、転移診断後の予後はEGFR変異陽性のほうが良い。

「EGFR-TKIに放射線治療を組み合わせるなど、治療の幅があるからです。脳転移しても、3年後に3割の患者さんが生存しています(図3)。全脳照射をして余命2~3カ月という時代とは隔世の感があります」

EGFR-TKIには第1世代として、イレッサ、タルセバがある。イレッサは2002年に世界に先駆けて日本で承認された。第2世代にジオトリフがあり、さらに第3世代として承認申請中の新薬もあって、厚労省により優先審査品目に指定されている。

第1世代薬の脳転移への治療効果に対する複数の臨床試験(第Ⅱ(II)相)が行われているが、EGFR変異陽性肺がんの脳転移例で見れば、奏効率(RR)は56~88%、全生存期間(OS)は12.9~21.9カ月といった数字が出ている。

イレッサ=一般名ゲフィチニブ タルセバ=一般名エルロチニブ ジオトリフ=一般名アファチニブ

タルセバは血液脳関門を通りやすい

では、イレッサとタルセバはどちらが効果的か。研究では、タルセバという結果が出ている。

「理由は、髄液移行率がタルセバではイレッサの2倍以上あり、髄液中濃度は8倍に及ぶことです。髄液に入りやすい理由は、分子量がタルセバのほうが1割ほど小さく、脳に行く関所である血液脳関門を通りやすいからです。また、投与推奨量がタルセバは最大耐用量(MTD)と同じくらいなのに対し、イレッサはMTDの3分の1とされていることもあります」

横浜市立市民病院では、「イレッサとタルセバの脳転移に関する比較検討」を行った。EGFR変異陽性の非小細胞肺がんでEGFR-TKI未使用のⅣ(IV)期患者を対象にした後ろ向き(レトロスペクティブ)試験だ。対象は、2010年4月から15年4月までのイレッサ49例、タルセバ19例。

その結果、EGFR-TKI投与期間中に脳転移巣増悪、新規脳転移発症によるPD(進行:腫瘍の大きさの和が20%以上増加、あるいは新病変が出現した状態)と判定されたのはイレッサで20%、タルセバでは5%だった。タルセバ投与例ではイレッサ投与例に比べて脳転移の発症・増悪例は少ないという傾向だった。

岡本さんは「症例が少なく、結論的なことは言えませんが、思いのほか差がつきました。やはり髄液移行率、髄液濃度、そして推奨用量の違いが影響していると言えると思います」と話す。

放射線との併用は?

さらに、脳転移症例の対する治療成績の向上を図るために、放射線治療の併用が考えられる。

「放射線の照射量が増えるにつれて、イレッサでは髄液中の濃度が上がっていきます。もともと血液脳関門があると分子標的薬は患部に行きにくいのですが、全脳照射(WBRT)で脳関門が破壊されて通過しやすくなるということが考えられています。併用療法は、全身状態(PS)の良い患者さんには一定の効果があるかもしれません」

まだEGFR変異陽性症例に対する単独と併用の比較試験は行われていないため、今後、臨床試験によりエビデンス(科学的根拠)が得られることが期待されるという。

「EGFR-TKI±全脳照射、あるいは全脳照射±EGFR-TKI療法の前向きな比較試験を行わなければはっきりとは言えないと思います。ただ、併用すればいいのではという感触は持っています」

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