進行性食道がん ステージⅢ(III)と告知されて そして……

「イナンナの冥界下り」 第12回

編集●「がんサポート」編集部
発行:2017年7月
更新:2020年2月

  

遠山美和子さん(主夫手伝い)

とおやま みなこ 1952年7月東京都生まれ。短大卒業後、出版社勤務を経て紳士服メーカー(株)ヴァンヂャケットに入社。約20年勤務の後、2011年8月病気休職期間満了で退職

<病歴> 2010年10月国立がん研究センター中央病院で食道がんステージⅢ(III)を告知される。2010年10月より術前化学放射線療法を受けた後、2011年1月食道切除手術を受ける。2015年9月乳がんと診断され11月に手術、ステージⅠ(I)で転移なし。2016年8月卵管がんの疑い。9月開腹手術。卵管がんと確定し、子宮・卵巣・卵管と盲腸の一部を摘出。9月手術結果を受け卵管がんステージⅢ(III)Cと診断。10月17日よりドース・デンスTC療法(パクリタキセルとカルボプラチンの異なる作用の抗がん薬を組み合わせた治療法)を開始し、2017年3月29日終了。


退院から16日目。

心なしか、いや、明らかに下腹部の膨らみが増してきた10月13日、S先生の診察を受ける日。退院時には、すでに先生の予約枠はいっぱいで入る余地がなく、12時半に来るようにという手書きの指示に従って診察室前の待合室でしばらく待つ。

ドアが開いてS先生が顔を出し、「どうぞ」と診察室に招き入れてくださる。ほとんどの診察室では担当の先生が中からマイクで患者さんを呼び、基本は患者さんが名乗って入室するのだが、S先生はおそらくすべての患者さんを自らドアを開けて招き入れておられる。

これが噂のS先生方式らしい。時には患者さんの待合室での不安げな様子などもご覧になるのだろう。私のような外面良し子さんはどんな風に映ったのだろうか。

「まゆゆ」先生と呼ぶことにする

腫瘍内科の「まゆゆ」先生と

先生の診察はグワーンの内診・エコーですぐ済み、痛み止めと腸の薬の処方。

「早く抗がん剤をやりましょう。食事に気をつけてくださいね」のアドバイスだけで次の化学療法を担当される腫瘍内科の先生に引き継がれた。

腫瘍内科の担当は女医先生で、今を時めくアイドルと同じ名前。すぐに私は「まゆゆ」先生と呼ぶことにする。

がソフトなニックネームに反してキリッとした佇まい、はきはきとして頼りがいのある雰囲気だ。早速、面談票に沿ってのお話。

まず「今日はおひとりですか」と聞かれた。

がん研究センター中央病院では重要な告知については家族の同席を求められ、今日は治療方針の決定ということもあって当然付き添いが一緒と思われたようだった。

「病期ⅢCとMax2㎝の残存があるので再発しやすい状況。再発しやすい状況の再発リスクを下げるための抗がん剤治療で、TC療法を行います」との説明。

手書き面談票の5行目までに再発の文字が3回。

「がんセンターのホームページで、TC療法の手引きを読んできました」

「素晴らしい!」

間髪入れず褒めてくださった。

TC療法の3つパターンについて、点滴時間やスケジュール、再発までの期間と生存期間の比較について欧米の例も入れて話していただいた。一応家族構成や通院の状況なども聞かれ、「毎週通院は大変ではないですか?」とお気遣いいただいたが、自他ともに認める心配性の私は「毎週体調をチェックしていただけるほうが安心です」

それに1回の点滴時間が長い(5~7時間)と、小食頻回問題も出てくる。で、とっととドースンデス(正しくはドースデンス)TC療法を受けることに意思決定。

「できれば今日CTを撮ってしまいましょう」ということでCT室に連絡してラストオーダーに入れていただいた。

3時半近く、被験者がまばらになったCT検査室に呼ばれた。カーテンで仕切られた更衣兼準備室で造影剤点滴用の針を射してもらい椅子に掛けてスタンバイしていたその時、突然、検査室内の電気がすべて消えて真っ暗になった。

「非常灯も消えています」の声。懐中電灯の灯りがチラチラ動くのが見える。

「大丈夫ですか?」

スタッフの方が声を掛けてくださるが、CT室にいる誰にも一体何が起こったのかわからず、少し動揺した雰囲気が伝わってくる。窓もなく僅かな光も入らないので「懐中電灯にアルミホイルをつけると灯りが増幅します」「タブレット端末で明るくなります」などの声。

看護師さんが私のところにノートパソコンを持って来て照らしてくれた。そうかスマホだ。私物を仕舞ったロッカーからスマホを出して検索してみると、都内で大規模な停電が起こっているとの情報。

国立がん研究センター中央病院「全電源喪失!」

2016年10月12日午後3時30分過ぎ、国立がん研究センター中央病院「全電源喪失!」停電発生から10分以上も経ったろうか、警備室からアナウンスがあった。

「ただ今、全館で停電が発生しています」

いや、今さら? 停電はもうみんな了解済みだ。その後も「状況が分かり次第お知らせします」と言いながら一向に灯りの点く気配はない。

「点滴など最優先の電源は××を使用してください」

「病棟医長はすべての患者さんの所在を確認の上×××番へ報告してください」

あぁ、緊迫している。困った、小学5年生並みの体重と思考回路の私は非日常の出来事にワクワクする。私のワクワクを余所に、スタッフの方は普通の患者さんのように気遣って接してくださる。

CT室の責任者の先生がいらして、「状況がわかるまでこのまましばらく待ってください。大丈夫ですか?」

「はい」

しばらくこのままならポケモンでもやってみようかとアプリを立ち上げると、暗闇の中なんと「ゴース(ポケモン名)」が現れた。早速ゲットし「CTゴース」と名付ける。ハロウィーンのシーズンでお化け系が良く捕まるのだ。

4時半過ぎ、再度CT先生が来られ、「これから電気がついても点検作業などで今日はもう検査はできないと思います。後日改めて検査をしますので、点滴の針は抜きます」

他に患者さんは2人だろうか、それぞれにやり直し検査の日程調整をしている。私は翌日まゆゆ先生の診察があるので午前中の検査をお願いし、遅くなってしまったが精神腫瘍科の面談と診察の予約が2時にあったことを告げた。

精神科に連絡してもらい、取りあえず8階の外来受付まで行くことになった。4階のCT室から8階までの道中は事務方のスタッフが付き添ってくださり、階段を上る。

10月12日の東京大停電は東京電力の埼玉県新座市内の変電施設のケーブル火災が原因で3時半ごろ発生、約1時間のべ58万軒が停電した。

移動を始めた時点ですでにスマホ情報では東電管内の停電は復旧し、止まっていた交通機関も回復しているらしいが、院内はほんの一部の電気がついているのみで薄暗いまま、エレベーターも動いていない。

「手術室とかは大丈夫なんですよね」

階段を上りながら、息を切らして聞いてみる。

「はい、手術室やICUは非常用の電源が真っ先に入るのでそれは心配ないんですが、こんなの初めてで」

「東日本大震災の時は?」

「いえ、こんなじゃなかったです」

スタッフの方も対応に戸惑う未曽有の非常事態だ。

ふと思い出す、福島第一原発の吉田所長は食道がんで亡くなった。

途中、各階の廊下や踊り場にはストレッチャーに横たわっている患者さんや車椅子に掛けている患者さん、椅子や床の敷物に座っている方に何人かのスタッフが付き添っている。私とて手術の日からまだ1カ月弱、4階分の階段上りは心臓バクバクである。

8階の階段室から出るとそこはICUから続く一般の方立ち入り禁止の出入り口。そしてその隣の扉には霊安室と書いてある。一瞬たじろぐこのロケーションは、切なくても合理的ではある。天国に一番近い最上階に霊安室を置く病院もあるが、何処に安置されても悪行を働いて地獄に落ちる奴はいるだろうし、嘘をついて閻魔に舌を抜かれるのは国のトップとて同じだ。

同行スタッフの方もそこは未知の場所で通り抜けできず、7階に戻って別の通路から仕切り直す。8階でしばらく待つが、電子カルテが回復しないので面談も診察も出来ない、明日に予約を入れ直していただくことで退出する。

帰りの階段室は病院スタッフの方たちが沢山行き交っていて、まゆゆ先生にバッタリ出会う。

「まだ居ましたぁ」と声を掛けると、「気を付けてぇ」。こういう時は一気に距離が縮まる。1階に降りると外はすっかり日が落ちていた。薄暗いロビーの椅子にかけて手持ちのお菓子を食べ、辺りを観察しながら休んでいると、病院スタッフが声を掛けてくださる。

「外来患者です。会計手続きも済みましたので、もう少し休ませていただいて帰ります」院内に残ったすべての人を確認しているようだった。職員用のエレベーターが1台だけ動き出していて、各階に足止めされた入院患者さんがやっと病室に戻っている様子。

入院病棟は10階より上に位置しているので、健康な人でも階段で上るのは二の足を踏むところだ。

「10何階も階段登れないよぉ」というパジャマ姿の声を聞きながら病院を後にしたのは6時半近くだった。幸い地下鉄は動いていてさほど込んでおらず、病院の特殊な電気事情で復旧が大幅に遅れたらしい。「中央病院全電源喪失!」に立ち会えるとは、今回も貴重な体験をさせてもらったわい。

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