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第1回 がん患者さんにとって重要な「唾液の力」 口腔ケアで唾液の機能を高めよう!

監修●槻木恵一 神奈川歯科大学副学長/大学院口腔科学講座環境病理学教授
取材・文●小沢明子
発行:2020年9月
更新:2023年5月

  

「唾液には、口腔内の細菌を洗い流す自浄作用がありますから、がん患者さんは唾液がたっぷりあるほうがいいのです」と語る
槻木恵一さん

「唾液の力」という言葉が近年話題になっています。

唾液には、食べ物の消化を助けるだけでなく、感染症予防やがんの早期発見にも重要な役割を果たすことがわかってきたからです。

唾液の研究の第1人者であり、「唾液腺健康医学」という新しい学問領域を提唱している神奈川歯科大学副学長/大学院教授の槻木恵一さんに、がん治療と唾液の働きについてお話しを伺いました。

唾液は口の中にたっぷりあるほうがいい

唾液の働きといえば、まず食べ物の消化を助けること。さらに、口臭を防いだり、虫歯菌が出す酸を中和する働きなどが思い浮かびます。

がん患者さんにとって、唾液の有用な働きとは、どのようなことでしょうか。

「近年、がん専門の医療機関では『周術期口腔機能管理』といって、手術後のトラブルや合併症などを予防するための口腔ケアが推進されています。

手術の際、気管チューブを挿入しますが、そのとき口腔内の細菌を肺に押し込んでしまうと、肺炎や気管支炎などのリスクが出てきます。そのため、手術前に歯石を除去したり、患者さんへのブラッシング指導を行ったりしている施設が増えていきています。これは口腔の細菌が悪さをするからです。

一方、唾液には、口腔内の細菌を洗い流す自浄作用がありますから、普段がん患者さんは唾液がたっぷりあるほうがいいのです」と、神奈川歯科大学副学長で大学院口腔科学講座環境病理学教授の槻木恵一さん。

「また、がん患者さんの中には、化学療法や鎮痛薬などの副作用で唾液の量が減少してしまう方がいます。唾液が減ると、食べ物の摂取や味覚などに障害を生じさせることがあるほか、自浄作用が低下することで虫歯になりやすくなったり、口腔内にいる歯周病菌などが消化管に入り、腸内細菌に悪影響を与えたりします。ですから、口腔内をきれいに保つことは大切です」

健康な人の1日の唾液の量は意外に多く、1~1.5リットル。普段の唾液の量は足りているかどうか、表で確認してみましょう。3つ以上当てはまる場合は、唾液の量が少ない可能性があります(表1)。

感染症予防に有効な唾液中の免疫物質

さらに、槻木さんは続けます。

「唾液の99%は水分ですが、残りの1%に100種類以上の有用な成分が含まれています。なかでも抗ウイルス・抗菌の作用をもつ免疫物質は、感染症予防に重要な役割を果たしています。

唾液中の免疫物質で注目されるのは、IgA(免疫グロブリンA)という抗体です。IgAは、唾液をはじめ、母乳、鼻汁、腸内などに存在し、口腔やのどの粘膜面や腸管内などで病原体が侵入しないよう防御しています。

病原体に対する抗体にはさまざまな種類がありますが、いずれも特定のウイルスや細菌だけに反応するのに対し、IgAは幅広い病原菌の種類に対応して、私たちの体を守ってくれます」

口の中の細菌やウイルスが入ってくると、IgAが素早く見つけて取り囲み、粘膜に付着しないように防ぎます。すると細菌やウイルスは活性を失って、感染することなく処理されてしまうのです。唾液中のIgAが低下していると、風邪をひきやすくなるなど、呼吸器系の感染症にかかりやすくなることがわかっています。

IgAの量には個人差があります。表2の項目から、唾液の質のチエックをしてみましょう。3つ以上に当てはまる人は、IgAが少なく、唾液の質が低下している可能性があります(表2)。

発酵食品や食物繊維がIgAの増加に役立つ

では、普段の生活の中で唾液の量やIgAの量を増やすことはできるのでしょうか。

「まず、食事のしかたでIgAを増やすことができます。それは、納豆やヨーグルトなどの発酵食品や食物繊維を摂ることです。これは『腸―唾液腺相関』といって、発酵食品や食物繊維が、腸管の免疫力を向上させるうえに、唾液腺の免疫も活発にさせるからです。不思議に思われる方がいるかもしれませんが、唾液腺と腸管は『粘膜免疫』というくくりでは共通しているのです。

腸管の免疫には、腸内細菌が重要な役割を果たしています。腸内細菌には体によい働きをもたらす善玉菌と、悪い影響をもたらす悪玉菌があり、善玉菌は発酵食品からとることができます。食物繊維は善玉菌のエサになります。ただ、高齢の方は若い方に比べるとIgAが増えるのに時間がかかるので、ヨーグルトの場合は毎日100gぐらい(市販のヨーグルトのカップ約1個分)を食べ続けるのがお勧めです」

また、肉や脂っこい食品を摂り過ぎすると、悪玉菌が増えて腸管の免疫力が下がる傾向があるので、偏りのない食事をすることが大切だそうです。

さらに、唾液腺は自律神経に支配されているので、ストレスはできるだけ避けたほうがいい。それには、軽い運動が効果的。ストレッチやヨガなど無理のない範囲で体を動かし、心身ともにリフレッシュさせると、IgAを高めることができるそうです。

「唾液の分泌を促すには、唾液腺マッサージが有効です。お勧めなのは『耳下腺のマッサージ』。耳たぶ付近にある耳下腺を、3本の指(人差し指・中指・薬指)でゆっくり回すように押すと、唾液が出やすくなります」(イラスト参照)

がん患者さんの中で、唾液腺の付近に放射線治療を受けた方は唾液が出にくくなりますが、その場合も唾液腺マッサージは有効なのでしょうか。

「放射線によって唾液腺が委縮してしまうと、唾液の分泌が減ることがあります。唾液腺の細胞は再生力が弱いので、完全に回復するのは難しいかもしれません。実際にマッサージをしてよいかは、主治医の先生と相談してみてください」

歯磨きと舌磨きで口腔ケアを

唾液には、活性酸素を減らす働きがあることもわかっています。活性酸素は過剰になると、がんや心血管疾患などの生活習慣病をもたらす要因になります。ということは、口腔がんや咽頭(いんとう)がんなどの口の中で発生するがんを抑えることはできるのでしょうか。

「唾液に含まれるラクトペルオキシターゼ、ラクトフェリンといった酵素には、発がん物質の働きを弱めたり、活性酸素を低下させたりする作用があります。

例えば、たばこを吸うと活性酸素が増加して、口腔がんや咽頭がんなどのリスクが高まりますが、唾液が多ければ、より活性酸素を除去することができます」

また、唾液からがんを検出する技術にも注目が集まっています。

「この研究で最も進んでいるのは膵がんです。膵がんは早期発見しにくく進行も早いがんですが、発症すると唾液中の成分が変わってくるので、メタボローム解析という網羅的に検出する方法によって発見します。唾液成分の検査であれば侵襲性もありませんし、年に数回できます。今後はほかのがん種でも、唾液からのがんの検査が行われるようになっていくと思います」

がん治療では、口腔の健康に影響を及ぼすことが少なくありません。

「口腔ケアは虫歯予防の意味もありますが、唾液の機能を高めてくれるという意味でも、非常に大切です」と、槻木さんは言います。

「がん患者さんにとって、3回の歯磨きは重要ですが、とくに朝一番に行うことをお勧めします。寝ている間は唾液がほとんど出ないので、自浄作用は期待できません。朝、歯磨きをしないで朝食を摂ると、細菌を全部飲み込むことになってしまいます。もし歯磨きができない場合は、ブクブクうがいをしましょう。

また、嘔吐などで歯磨きができないときは、マウスウオッシュを使うと清涼感があります。ただ、マウスウオッシュだけでは歯垢は落ちないので、歯磨きの補助的なものと考えてください。

歯磨きに加えて、舌磨きもしたほうがいいでしょう。免疫力が低下すると、舌苔(ぜったい)がついてしまうことが多く、そうなると口臭も出てきます。舌ブラシ(写真)やクリーナーを使うと取り除きやすいでしょう。できれば、口腔ケアは歯科医に相談しながら行うようにすると安心ですね」

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