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第7回 がん治療をしながら仕事する がんと告知されても、仕事をやめなくても大丈夫‼

監修●遠藤源樹 順天堂大学医学部公衆衛生学講座准教授
取材・文●小沢明子
発行:2021年8月
更新:2021年8月

  

「頑張り過ぎると体力も気力も長続きしません。最初は決して無理をしないで、総務・人事・労務担当に相談しながら、ぼちぼちでいきましょう」と語る遠藤源樹さん

がんは、ある日、突然診断されます。がんと診断された精神的なショックとともに、がんの詳しい情報と良い病院探しと、頭の中が混乱しているなか、仕事をやめてしまう方が少なくありません。でも今は、がん治療は毎年進歩しています。

がん治療をしながら仕事を続けるには、どんなことが大切なのでしょうか。

今回は、「がん治療と就労の両立支援の第一人者」である、順天堂大学医学部公衆衛生学講座准教授の遠藤源樹さんにお話を伺いました。

治療をしながら仕事を続けるのが当たり前の時代に

日本では、20代から60代くらいまでの「就労世代」では、毎年30万人近くが、がんと診断されています。就労世代ががんと診断されるのは、55歳までは女性が多く、とくに30代女性のがん罹患率は、同世代の男性の約3倍です。就労世代の現代女性は約80%が働いていて、その多くが非正規雇用です。

女性は、仕事、子育て、親の介護などで忙しい30代以降に、いきなりがんと告知されることが少なくありません。そして、女性のがんの約半数近くが乳がんです。

55歳以降になると、男性のがん罹患率が一気に高くなります。そのため、今後は就労世代の女性と、おもに中高年の男性のがん患者の就労の問題が、より重要になってくると思われます(図1)。

■図1 がん罹患率~年齢による変化(全がん)

男女とも50歳代から80歳代くらいまで増加する。20歳代から50歳代前半で女性が男性よりやや高く、60歳代以降は男性が女性より顕著に高い 出典:全国がん登録による全国がん罹患率データ

突然がんと宣告される

がんと診断された精神的なショックとともに、がん情報や病院探などで頭の中が混乱してしまい、仕事をやめてしまう方が少なくありません。

でも、「がんと告知されても、直ぐに仕事をやめなくても大丈夫」です。

日本は、社員を簡単に解雇できる国ではありません。正社員であれば、がんと診断されたことを理由に職場が解雇するようなことはまずありません。

問題は、契約社員や派遣社員のような非正期雇用の方々です。雇用の契約期間が終了すると同時に、雇用契約延長が難しいといわれる可能性は否定できませんが、そもそも、がんは日本人の男性の3人に2人、女性の2人に1人が診断される〝国民病〟です。家族や友人の中で、がん治療の経験者がゼロの人はいないと思います。

がんと診断されても早急に結論を出さず、治療をしながら働いていくことを考えていきましょう。

これまで勤めてきた職場は、サッカー日本代表の試合で例えるとすると、いわゆる「ホームグラウンド」。でも、いったん仕事をやめて、ほかの職場に就職すると、新しい会社は「アウェー」になります。「ホーム」のほうが「アウェー」に比べてはるかに復職しやすいでしょう。

ましてや、例えば、乳がんは、がん診断後に、手術や化学療法治療後も、通院が5~10年以上かかることが一般的ですし、何より、体力が落ちます。契約社員や派遣社員などの非正規雇用の人こそ、なるべく「ホームグラウンド」で雇用を継続してもらえるよう、職場の人事労務の課長や係長に相談することがとても大切です。

ここからは、職場で働き続けるためのポイントを紹介します。

まずは人事・労務担当の課長・係長に相談を

がん治療が始まる前には、必ず、主治医と治療のことを話し合う場があります。治療の方向性など、ある程度の情報が得られたら、まずは、職場の総務人事労務担当者(総務・人事課長・係長がおすすめです)に、がんと診断されたことをカミングアウトしましょう。

そして、いつまで休むことができるのか(年次有給休暇の残りの日数と、年次有給休暇がゼロになった後の、病気休暇や病気休職などの制度、つまり、いつまで職場に籍を残すことができるのかという「身分保障期間」を聞いてメモしておきましょう)、給料がどれくらい出るのか(傷病手当金の制度など)を相談しておきましょう。

職場の人事労務の法律でもある「就業規則」には、年次有給休暇や病気休暇、病気休職などの制度が定められているはずだからです(イラスト)。

また、社会保険労務士(社労士)に相談することもおすすめします。社労士は、会社の制度や健康保険、年金などの制度に詳しい専門職です。中小企業であっても、社労士と顧問契約を結んでいる所が少なくありませんし、各都道府県の社労士会に問い合わせて、がんと就労・お金のことについて、電話相談することもできます。

がんについては、全国に約400カ所にある「がん相談支援センター」に相談することをおすすめします。その病院に通院していなくても、だれでも無料で、がん治療やがんと仕事のことなど、相談できます。

「がん相談支援センター」は、全国のがん診療連携拠点病院などに設置されているがんに関する相談窓口で、就労についての相談にも応じてくれます。

また、各自治体もがん患者向けの就労支援に力を入れていますので、自治体に相談しても良いでしょう(表2)。

復職するために

復職するには、①日常生活に大きな支障をきたす症状がない(疲労・病状など)、②復職する意思が十分にある(就労意欲)、③就業に必要な労働などが持続的に可能(就業能力)、④職場が受け入れ可能(職場の復職支援・労働負荷)の4つの要素がそろっていることが必要です。

なかでも重要なのは③と④です。

がん治療後、体力低下や痛み、しびれ、メンタルヘルス不調など目に見えない症状をきたすことが少なくなく、とくに一番つらいのが「体力低下」です。

就労に耐え得る体力がないと、とくに製造業で立ち仕事がメインの方、通勤ラッシュの中で通勤しなければならない方は、途中で体力が持たなくなります。この体力低下は、疲労は職場のみならず、家族などの身近な人でさえ気づきにくい症状(invisible symptoms)であるため、周囲から理解してもらえず、離職・離婚・孤独に至ることが少なくないことが知られています(表3)。

「今まで頑張ってきた自分自身に誇りを持って、毎日、生きるだけで十分ですよ」

筆者らの研究によると、がん患者さんの復職後から再病休までの期間を調べてみると、復職日から1年までが約50%、2年までが約75%でした。つまり、復職後の1年間働き続けたら「がんと就労の両立の壁」を50%クリアできたことになり、2年間なら「両立の壁」を3/4乗り越えたことになります。

最初の1年をどう乗り切るかが重要です。とにかく、先のことはあまり考えない。

毎日毎日、職場に通勤するだけで十分だと思います。そして、今日も、職場に行けた自分をほめてあげてください。

「職場に行ったら、その日の仕事は95%したようなもの」と(こっそりと)思うようにしましょう。

「休んでいた分、早く取り戻さないと」とか、「まわりの人に負担をかけては申し訳ない」などと、頑張りすぎないようにしましょう。

頑張り過ぎると体力も気力も長続きしません。最初は決して無理をしないで、総務・人事・労務担当の課長さんや係長さんに相談しながら、ぼちぼちでいきましょう。

毎日、職場に通い続けていれば、体力と気力が自然と少しずつですが、ついてきます。毎日、仕事を続けているだけで、御の字。

ハラスメントまがいの上司や同僚がいても、孤独を感じていても、今まで頑張ってきた自分自身に誇りを持って、毎日生きて、働ける体でいるだけで十分じゃないですか。毎日、毎日に感謝です。

 

監修:遠藤 源樹(えんどう もとき)

順天堂大学大学院医学研究科公衆衛生学講座准教授。人事院健康専門委員、Minds診療ガイドライン委員、東京都がん対策推進協議会専門委員等兼任。福井県大野市出身。産業医科大学医学部卒業(医師)、厚労省「がん患者の就労継続及び職場復帰に資する研究」班長などを歴任。順天堂発・がん治療と就労の両立支援ガイド

土屋健三郎記念・産業医学推進賞、日本医師会・医学研究奨励賞、日本産業衛生学会奨励賞等。『治療と就労の両立支援ガイダンス(労務行政研究所)』『がん治療と就労の両立支援ガイド(日本法令)』『選択制がん罹患社員用就業規則標準フォーマット~がん時代の働き方改革~』などの著書がある

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