第2段階に入った分子標的薬の長所と短所
注意しよう! 従来の抗がん剤とは異なる優れた効果と思わぬ副作用
埼玉医科大学病院
臨床腫瘍科教授の
佐々木康綱さん
ハーセプチン、グリベックといった分子標的薬に続き、新しい分子標的薬が化学療法の場面に続々と登場しています。出た当初は、“夢の抗がん剤”とマスコミでもてはやされましたが、報告を見ていると決してそうではないことがわかります。
もちろん、優れた効果を上げていますが、その一方、思わぬ副作用も出ていますので、十分な注意を払う必要があります。
化学療法の地図を大きく塗り替える分子標的薬
2001年、転移性乳がんの治療薬、ハーセプチン(一般名トラスツズマブ、以下同)が発売されて以来、がんの化学療法の分野に新しい分子標的薬が続々と出現し、従来のがん化学療法の地図を根底から塗り替えようとしています。すでに慢性骨髄性白血病やGIST(消化管間質腫瘍)ではグリベック(イマチニブ)、悪性リンパ腫ではリツキサン(リツキシマブ)、肺がんではイレッサ(ゲフィチニブ)、多発性骨髄腫ではベルケイド(ボルテゾミブ)、が出て、従来の抗がん剤の治療成績を大きく凌駕する成果を上げています。
[非小細胞肺がんに対するタルセバの効果]
これに続いて、腎細胞がんに対するスーテント(スニチニブ)、ネクサバール(ソラフェニブ)、大腸がんに対するアバスチン(ベバシズマブ)、肺がんに対するタルセバ(エルロチニブ)、悪性リンパ腫に対するゼバリン(イブリツモマブ)などが、すでに新薬承認のための治験を終了し、現在厚生労働省へ承認申請中となっています。
さらに、現在治験中のものには、乳がんのタイケルブ(ラパチニブ)、慢性骨髄性白血病のスプリセル(ダサチニブ)、タシグナ(ニロチニブ)、大腸がんのアービタックス(セツキシマブ)などがあります。
「出現から5年以上が経って、分子標的薬の長所も短所もわかるようになり、分子標的薬もいよいよ第2段階に入りました」
と埼玉医科大学病院臨床腫瘍科教授の佐々木康綱さんは指摘しています。
がんの抗がん剤が世に初めて出てきたのはナイトロジェンマスタードで、1940年代のことです。その後、数多くの抗がん剤が登場したものの、残念なことにがん化学療法は遅々とした歩みだったといえます。
「実際、がんの化学療法の歴史を10年単位で振り返ってみると、その進歩に大きく寄与したキードラッグはブリプラチン(シスプラチン)やタキソール(パクリタキセル)など、わずかなものしかありません。しかし、ここ5~6年の間に登場した数々の分子標的薬は、がん化学療法の世界に画期的な進歩をもたらした。それは一挙に何10年分もの変化をもたらしたといっても過言ではないでしょう」(佐々木さん)
がん細胞の増殖や転移に関わる分子を標的にした薬
がんの分子標的薬は、がん細胞に特徴的な分子を標的につくられた新しい薬剤です。「はじめに標的ありき」で開発された薬です。
「がん細胞の増殖や浸潤、転移に関わる分子を標的として、その分子を阻害し、がんの増殖を抑えたり進展を阻害するところに大きな特長があります。より確実にがん細胞を狙い撃つことができると同時に、正常細胞へのダメージを抑え副作用を減らせると期待されてきたのです」(佐々木さん)
これに対して従来の抗がん剤は、標的があるわけではなく、いわば毒をもってがん細胞の分裂・増殖の過程に直接作用し、殺すという、細胞毒性の抗がん剤です。しかし、この作用のため、がん細胞ばかりか、がん細胞同様分裂・増殖の速い正常細胞(腸の粘膜細胞や血液を造る造血幹細胞など)にも障害を与えてしまい、副作用が生じるのが難点でした。
21世紀に入り分子標的薬ががん治療の現場で使われだすと、その成果は誰の目にも明らかになってきました。成果は大きく3つに絞ることができます。
「1つは、これまでの細胞毒性抗がん剤でもある程度の治療効果が得られていた悪性腫瘍の分野で、それよりはるかに優れた効果を示す薬が登場したことです」(佐々木さん)
その代表はベルケイドです。ベルケイドは多発性骨髄腫という血液腫瘍に対する分子標的薬です。多発性骨髄腫はアルケラン(メルファラン)やエンドキサン(シクロホスファミド)などの細胞毒性抗がん剤で治療してきたものの、そのうち薬剤耐性が出て効かなくなってしまうことも少なくありません。しかし、骨髄腫細胞の増殖に深く関わるタンパク(プロテアソーム)を標的にしたベルケイドは、その働きを阻害して骨髄腫細胞の増殖を抑え、治療法のなくなった約40パーセントの患者さんの病状を安定させることに成功したのです。
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