予防的ケアで皮膚障害を防げるという臨床試験結果も
分子標的薬の皮膚障害は予防と適切な対応でコントロール可能
相次いで登場している分子標的薬。大きなメリットとして治療効果とともに正常細胞への作用が少ないことによる副作用の軽減があげられるが、分子標的薬ならではの副作用も問題になっている。それは皮疹や手足症候群などの皮膚障害で、中には治療を中断せざるを得ないものまである。その対策は?
皮膚障害が出るほど効果ありとのデータも
皮膚障害について、東京医科歯科大学大学院総合外科学分野教授で腫瘍化学療法外科科長の植竹宏之さんは次のように語る。
「大腸がんの領域を例にとると、皮膚障害の頻度が最も高いのは*アービタックス、*ベクティビックスなどの抗EGFR(上皮成長因子受容体)抗体薬と、*スチバーガなどのマルチキナーゼ阻害薬です。抗EGFR抗体薬ではニキビ(アクネ)に似たざ瘡様皮疹や爪囲炎、マルチキナーゼ阻害薬では手のひらや足の裏に炎症や潰瘍形成を起こす手足症候群など、現れ方に違いがあります」(図1)
抗EGFR抗体薬では他に*イレッサ、*タルセバ、*ジオトリフなどが、マルチキナーゼ阻害薬では*スーテント、*ネクサバールなどが同様の症状を引き起こすことが知られている。
なぜ分子標的薬による皮膚障害が起きるのか。EGFRとは細胞の増殖や成長に関わる上皮成長因子(EGF)を認識し、シグナル伝達を行う受容体のこと。この受容体に結合してがん細胞の増殖を妨げる(阻害する)のが抗EGFR抗体薬だが、EGFRは皮膚にも存在するため、正常な細胞の増殖や成長にも異常を来しうる。マルチキナーゼ阻害薬も同様のメカニズムという。
その一方で、皮膚障害が起きている人ほど、薬が効いているというデータもある。切除不能進行再発大腸がんの治療における抗EGFR抗体薬の皮膚症状と抗腫瘍効果についてのASCO(米国臨床腫瘍学会)での報告によると、皮膚障害のグレードが高く、症状が重い人ほど、無増悪生存期間(PFS)が長いことが明らかになっている。
このため、適切な判断のもと、皮膚症状をいかに上手にコントロールしながら治療成績を上げていくかが重要だ。
*アービタックス=一般名セツキシマブ *ベクティビックス=一般名パニツムマブ *スチバーガ=一般名レゴラフェニブ *イレッサ=一般名ゲフィチニブ *タルセバ=一般名エルロチニブ *ジオトリフ=一般名アファチニブ
*スーテント=一般名スニチニブ *ネクサバール=一般名ソラフェニブ
症状によって発現時期が違う
抗EGFR抗体薬による典型的な皮膚障害の臨床経過を見ると、薬剤投与後1、2週目ぐらいからざ瘡様皮疹が現れるようになる。
「ニキビと似ていますが、大きな違いは、顔面のみならず頭髪の中や首筋のうなじの部分などにも発疹ができることです」
赤いボツボツや水疱のようなものができて、悪化すると痛みやかゆみを伴ったりする。
ざ瘡様皮疹は4週間ほどすると次第に治まっていくが、5、6週目ぐらいから現れるのは皮膚の乾燥。全身に及ぶことがあり、かゆみや、亀裂による痛みを伴ったりする。
8週目ぐらいからは爪囲炎が現れてくる。これは爪の周囲が腫れたり亀裂ができるもので、痛みがひどくなると、靴を履いたり、手仕事が困難になることもある。
「これらの症状のうち、ざ瘡様皮疹は最初ひどくても次第に治まっていきますが、最近は抗EGFR抗体薬をファーストライン(1次治療)から使うことも多く、そうすると治療期間が長くなるため、いったん治まったざ瘡様皮疹が再び現れることもあります」
同じ抗EGFR抗体薬であるアービタックスとベクティビックスでは皮膚症状に違いはあるだろうか?
アービタックスの国内使用成績調査(市販後の一定期間に行う調査)によると、皮膚障害は83.7%で現れたが、その90%はグレード1か2で、グレード3以上の重症のものは全体の約10%だった。一方、ベクティビックスについての国内使用成績調査でも78.4%に皮膚障害が現れており、重度の症状は全体の約15%としている。
植竹さんによれば、サードライン(3次治療)の治療でアービタックスとベクティビックスを比較した試験では、皮膚症状の現れ方に差はなかった。しかし、ファーストラインでは、ベクティビックスのほうが皮疹が強く現れるようだという。それはなぜか?
「アービタックスとベクティビックスとでは、同じ抗EGFR抗体薬でも抗体としてのアフィニティ(結合性)が異なります。確かなデータではないのですが、完全ヒト型モノクローナル抗体であるベクティビックスのほうがアフィニティが強く、皮疹も強く現れる可能性があります」
*インライタ=一般名アキシチニブ
予防的ケアが有効との試験結果
(STEPP試験より)
抗EGFR抗体薬による皮膚障害に対しては、予防的ケアが有効であることが明らかとなっている。ベクティビックスの皮膚障害に対する予防療法の有効性について、米国で実施された「STEPP試験」の結果がそれを証明しており、日本人を対象に行われた同様の試験「J-STEPP試験」でも、予防療法の有効性が示されたのだ。
ベクティビックスの投与前日(「J-STEPP試験」では投与開始時)から保湿剤や日焼け止め、ステロイド外用薬、抗生物質などの予防療法を行った群と、皮膚障害発現時に対症療法を行った群とを比較したところ、前者のほうが明らかに皮疹などの皮膚障害が少なく、奏効率(ORR)と無増悪生存期間は同じだった(図2)。予防療法では、保湿剤およびステロイド外用薬を顔、手、足、首、背中、胸部に塗り、日焼け止めを外出時に露出部に塗る。さらに抗生物質を内服。これを治療6週目まで継続した。
「予防療法を行っていたほうが、明らかに皮疹の出方は少なかったです。効果という点では変わりませんでしたが、患者さんにとっては皮膚障害を軽減しながら治療を継続できるということがわかりました」
それでも症状が出た場合はどうするか?
植竹さんの病院ではステロイド外用薬を強めのものに変えるという。
「ただし、Medium(中程度)レベルまでのステロイドでしたら外科で処方しますが、ストロング(強)以上のものを出すときは皮膚科が担当することになっており、連携して治療に当たります」
爪囲炎への対策としては、ステロイド外用薬の塗布、洗浄、スパイラルテープなどのテーピングが有効という。
「皮膚科で治療しても皮疹がひどくなるとか、爪障害でQOL(生活の質)が著しく低下したという場合は、休薬することも考えます。あるいは*FOLFOX療法+抗EGFR抗体薬を投与していたなら、1回だけFOLFOX療法だけにすると皮疹はかなり改善する印象です」
*FOLFOX療法=5-FU(一般名フルオロウラシル)+ロイコボリン(一般名レボホリナート)+エルプラット(一般名オキサリプラチン)
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