鎌田 實「がんばらない&あきらめない」対談

がん対策基本法の理念は悪くない。しかし、この仕組みは1度、壊したほうがいい 作家/医師・海堂 尊 × 鎌田 實

撮影●向井 渉
構成●江口 敏
発行:2009年8月
更新:2019年7月

  

拠点病院をつくるより1つひとつの病院に力をつけさせるほうが大事

『チーム・バチスタの栄光』『極北クレイマー』など、相次いでヒット作を連発し、総計1000万部に迫る勢いの今、最もホットな書き手である海堂尊さんは、現役の病理医師でもある。作品に日本の医療がかかえる諸問題を巧みに取り入れながら、日本の医療の現状に異議を申し立てている。地域住民との信頼関係を土台に地方病院を立て直してきた鎌田さんと海堂さんが、がん治療をはじめ日本の医療に再生は可能かを語り合った――。

 

海堂 尊さん


かいどう たける
1961年、千葉県生まれ。千葉大学医学部卒業、千葉大学大学院博士課程修了。外科を経て放射線医学総合研究所重粒子医科学センター病院Ai情報研究推進室勤務。2006年に『チーム・バチスタの栄光』で、第4回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞。デビュー作はテレビ、映画化され、大ヒットのベストセラーに。その後、『ナイチンゲールの沈黙』『イノセント・ゲリラの祝祭』『極北クレイマー』などヒット作を連発。また病理医としてもAiの重要性を訴え続けており、新書『死因不明社会』で2008年度科学ジャーナリスト賞受賞

 

鎌田 實さん


かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、お年寄りへの24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)

300万部以上売れたが、自分の本ではないみたい

鎌田 最新作『極北クレイマー』は財政破綻に陥った極北市の市民病院が描かれていますが、何となく夕張かなと想像しながら読みました(笑)。

海堂 たしかに夕張取材はしました。しかし、あの作品は私自身が見聞したあちこちの病院の問題点を集め、フィクションとして書いたものです。

鎌田 私も以前、夕張市民病院を訪ねたことがあります。

海堂 極北市民病院と似たような状況にある病院は、全国的に少なくないと思います。

鎌田 海堂さんは『チーム・バチスタの栄光』『ナイチンゲールの沈黙』『ジェネラル・ルージュの凱旋』『イノセント・ゲリラの祝祭』『螺鈿迷宮』といった、病院を背景にした小説を相次いで発表されていますが、いままで総計何部ぐらい?

海堂 『バチスタ』が単行本、文庫本合わせて300万部ぐらいです。すべてを総計するとあと少しで1000万部にいくそうです。最初の1万部、2万部の頃は、売れているという実感がありましたが、最近はもう実感はなくなりましたね。図書館に行くと、自分の本が並んでいるわけですが、自分の本ではないような気がします。『極北クレイマー』は4月に出たばかりですから、まだぎりぎり自分の本だという実感はあります(笑)。

鎌田 がんをテーマにした作品はまだありませんね。がんを取り上げるのは難しいですか。

海堂 そんなことはありません。ただ、いま私が書いているのは社会の枠組みと医療の根源的な問題点についてです。ですから、緊急医療であったり、小児科であったり、産婦人科であったり、いちばん大変そうなところを題材にして書いているわけです。もちろん、がん治療が大変ではないと言っているのではなく、多くの領域で医療の崩壊が起きている中で、がん治療はまだライフラインが保たれている領域だ、ということです。ですから、がんをテーマにした作品は後回しになっているわけです(笑)。

鎌田 いつかはがんをテーマに書くわけですね。

海堂 私は以前、腹部外科をやっていました。その時代には、胃がん、大腸がんなど、がん治療がメインでしたから……。

得意な分野を書いて小説にリアリティを持たせる

鎌田 それにしても、忙しいでしょう。病理医と作家の時間配分はどうなっているのですか。

海堂 まず1日を3分の1ずつに分けます。3分の1は睡眠、食事など必然的に取られる時間に充てます。残りの3分の2を10とすると、医療と書くことを7対7の割合で配分しています。7対7だと合わせて14ですから、計算が合いません。「バカじゃないか」と言われそうですが(笑)、実は医療の仕事と物を書く仕事は重なっている部分があります。

鎌田 わかります。

海堂 たとえば、私はいま、私のミッションとして、Ai(オートプシー・イメージング)、いわゆる死亡時画像診断の導入に取り組んでいます。Aiを織り込んだ小説を書くこと、医療界にAiを認知してもらうこと、病院で病理の仕事をすることが、渾然一体となっています。それが外部に対しては別々に出るものですから、いっぱい仕事をしているように見えるのです(笑)。

鎌田 そう言われてみると、『チーム・バチスタの栄光』にしても、『イノセント・ゲリラの祝祭』にしても、海堂さんの作品には、Aiが大事だという主張が織り込まれていますよね。

海堂 そこは正確に言わなければいけないのですが、物語を書くときは、面白ければいいと思います。ただ、その面白さの中にリアリティが必要です。私がリアルに書けるのは医療界のことであり、なかでもAiのことは熟知しているわけです。物語というのは建物を建てていくようなもので、その建物は礼拝堂であったり、マンションであったり、それぞれ違いますが、その建物を積み上げていくには、自分が持ち合わせているレンガを使うしかありません。私の場合、そのレンガの1つがAiなのです。ですから、Aiを広めるために小説を書いているのではなく、面白さにリアリティを持たせるためにAiの知識を使っているということです。

鎌田 なるほど。得意な分野を少し使うことによって、小説にリアリティを持たせているということですね。

海堂 得意なレンガがAiであり、私にとってAiの論理が使いやすいということです。

死亡時画像診断導入のインフラは整っている

写真:海堂尊さんと鎌田實さん

鎌田 現在、日本の解剖率は、病理解剖、司法解剖、行政解剖を合わせても、2.8パーセントでしかないようですね。

海堂 そこにもう1つ、承諾解剖が含まれます。実は、行政解剖が行政解剖と承諾解剖に分かれているのです。一般的に、死因不明の死体を解剖するのが行政解剖と理解されており、私も長い間、そう思っていました。しかし、死体解剖保存法に基づき、監察医が行う解剖が行政解剖であり、この解剖が行われているのは、監察医制度がある東京、大阪、名古屋、横浜、神戸の5都市だけです。

鎌田 そうか。行政解剖は大都市だけしかできないんだ。

海堂 この行政解剖には遺族の承諾は必要とされていません。その他の市町村で死因不明の死体を解剖する場合は、遺族の承諾を必要とする承諾解剖が行われています。病理解剖と一緒で、遺族が承諾しなければ、解剖できません。死因に不審な点があっても、解剖できないのです。5都市だけ強制的に解剖でき、他の地域はそれができないというのは、法律の普遍性の観点からも、大きな問題だと思います。

鎌田 子どもの虐待事件が見過ごされている可能性がありますね。

海堂 あると思います。

鎌田 Aiなら、解剖しなくても虐待死は見つけられるわけですね。

海堂 体の表面だけ見て判断するより、CT(コンピュータ断層撮影)、MRI(磁気共鳴画像診断法)で診断すれば、死因がより明確になるというのは、医学界の常識です。ただ、CTによる死因確定率は3割程度であり、あまり意味がないという意見もあります。しかし、Aiの制度がきちんと導入された場合、Aiで死因がわからなければ、次のステップに進むわけです。Aiでわからない死因を解剖して調べるとなれば、なおざりな解剖はできなくなり、死因確定率は上がるはずです。

鎌田 先進国ではAiを導入している国が多くなっていますか。

海堂 もちろん、そうです。実は、日本にはAi導入の条件が整っています。いま世界に設置されているCTの50パーセント以上が日本にあります。つまり、死因チェックシステムの端末が、すでに設置されているのです。インフラは整っています。だったら、これを使って死因のファースト・チェックをすればいいじゃないか。これがAi導入論の根本精神です。

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