鎌田 實「がんばらない&あきらめない」対談

自分を客観視する習性が、がん克服に導いてくれたのだと思います なかにし礼 × 鎌田 實 (後編)

撮影●板橋雄一
構成/江口 敏
発行:2014年11月
更新:2019年7月

  

陽子線治療で食道がんを克服した直木賞作家がいま思うこと

前号で名医の切除手術を拒絶し、陽子線治療で食道がんを克服したことを、絶妙な語り口で明かしたなかにし礼さん。後編では、がんの話から少し離れて、作詩家から小説家に転身した経緯から、人間が生きていくためにはエロス(人間愛)が欠かせないという話まで、鎌田さんと含蓄に富んだ話題で大いに盛り上がった――。

なかにし礼さん「人生のエピローグらしく、言い残していることを言い切って生きていくつもりです」

なかにし れい
1938年、中国黒龍江省(旧満洲)牡丹江市生まれ。立教大学文学部仏文科卒業。在学中より、シャンソンの訳詞を手がけ、その後、作詞家として活躍し、日本レコード大賞ほか多くの音楽賞を受賞。その後、作家活動に入り、2000年に『長崎ぶらぶら節』で直木賞を受賞。その他、主な著書に、『赤い月』『兄弟』『夜盗』『戦場のニーナ』『生きる力―心でがんに克つ』『天皇と日本国憲法』など。2012年、食道がんを発症、切除手術を拒否し、陽子線治療でがんを治療した
鎌田 實さん「がんとの闘いにおいても、そこにエロスが存在すれば生き抜こうとする」

かまた みのる
1948年、東京に生まれる。1974年、東京医科歯科大学医学部卒業。長野県茅野市の諏訪中央病院院長を経て、現在諏訪中央病院名誉院長。がん末期患者、高齢者への24時間体制の訪問看護など、地域に密着した医療に取り組んできた。著書『がんばらない』『あきらめない』(共に集英社)がベストセラーに。近著に『がんに負けない、あきらめないコツ』『幸せさがし』(共に朝日新聞社)『鎌田實のしあわせ介護』(中央法規出版)『超ホスピタリティ』(PHP研究所)『旅、あきらめない』(講談社)等多数

がん治療の専門家は なぜ陽子線を教えなかったか

鎌田 『生きる力』で面白いと思ったのは、がんを、カフカの『変身』の中で青年が変身していくムシのようなもの、としてとらえている点です。自分がムシになる。がんはもともと自分の中に内在しているもの、だから、がんを敵視するのではなく、自分の中にもともと存在するものとしてとらえようとしている。そういうとらえ方をするようになって、少しは楽になったんですか。

なかにし 楽になると言うのかな、人間はみんな本質的にアブラムシであり、身体の中にがんを抱えている。がんになったということは、内なるアブラムシに自意識が目覚めたということです。アブラムシに目覚める前は、ぼくもぼんやりしていて、「切りましょう」と言われれば、「はい」と言ったでしょう。しかし、そう言われる手前で自分はアブラムシなんだ、と気がついた。その瞬間から、アブラムシでない人にがんの治療を受けることが変なわけですよ。だから切ることを拒否し、インターネットの世界へ入り、調べていったわけです。

鎌田 普通のがん患者さんは、なかなかそういう思考回路は持ち合わせないですよね。

なかにし それは、ぼくが日本の外側の国・満洲からの引き揚げ者で、自分や日本を客観視する習性を持っていたからでしょう。そこに根ざしたぼくのいつもの頭の働きが、結果としてがん克服に導いてくれたのではないかと思います。それはある人たちから見れば、「とんでもない奴だ」「あいつには傷つけられた」ということかも知れない。

ぼくは治ってから、ぼくが反発した数人の医師の1人に電話したんですよ。「先生、おかげさまで治りました。がんが消えました。先生はがんの専門医で、がんについては何でも知っているんでしょ」「知ってるつもりです」「じゃあ、陽子線についてもご存じだったでしょ」「もちろん知ってますよ」「先生、ぼくがあれほど切らない、切らないって言ったとき、なぜ陽子線を教えてくれなかったんですか」「うちの病院にないから……」「はぁー?」てなもんですよ(笑)。

鎌田 私なんか、大学病院の権力構造がイヤで、大学を卒業してすぐ地方の病院へ勤めて、まもなく40年になるんですが、私の患者さんで、もう高齢だから手術しないほうがいいなと思う患者さんには、がんセンター東病院での陽子線の転地療養を紹介しています。

菅原文太さんがオープンにしていいと言っていますからお話しますが、菅原さんが膀胱がんになって、ある大きな病院へ行ったら、「切る」と言われた。「菅原文太がおしっこの袋をぶら下げていたのでは、様にならないから、鎌田さん、俺は死んでもいいから切らない方法を探してくれないか」と言われて、筑波大の陽子線治療を紹介したんです。

なかにし あの先生は鎌田さんでしたか。文太さんは「10人の医者に訊いたら1人の先生が勧めてくれた」って言ってましたね。文太さんは鎌田さんといういいお友だちを持っていて良かった。

あまりにも閉鎖的な がん治療の世界

鎌田 それにしても、自分の病院に陽子線がないから、陽子線治療を紹介しないというのは、ちょっとおかしいですね。

なかにし その後、ぼくは日本がん治療学会の全国大会が京都で開かれたとき、基調講演を頼まれたので、1時間半ほど体験談をしゃべりました。出席者は「切る・叩く・当てる」で知られる、名だたる病院の名だたる先生ばかりです(笑)。ぼくは、陽子線のことを話しても無駄だとは思ったけれど、この世に陽子線治療があり、治った患者もここにいるんだと訴えたくて、こんな話をしました。

「病人にとって白衣を着ている医師は神様なんです。その神様がひと声、切れば治りますと言えば、患者は切っちゃいますよ。だけど、失敗例もいっぱいあるじゃないですか。切るよりもこちらの治療法のほうがいいですよ、という言い方もあるでしょう。自分たちが持っていない陽子線という治療法もあるということを、たまには患者に勧めてもいいのではないですか。それくらいの広い気持ちを持っていただきたい」と。

鎌田 聴いている先生たちは耳が痛かったでしょうね。

なかにし 私はまた、「あなた方の世界はあまりにも閉鎖的だから、若い人たちが医学部へ行くと、全員がそのがん治療法を学んでしまう。そうではなく、陽子線という将来性のある医療方法に対して、積極的に若い医師を回していくことも、今後必要ではないか」とも訴えました。さらに、「今は医者そのものがどんどん変わりつつある時代だ。たとえてみれば、今はトーキーの時代で、活動弁士は職を失うかもしれないぐらいの変革期に来ている」とも言いました。だけど真剣に聴いている人はほとんどいなかったな(苦笑)。

鎌田 そうですか? 話していてそれがわかるんですか!

なかにし わかります。見ていると、みんなニヤニヤしている。この人たちはがんを治すという発想ではなく、立身出世と自分たちの利権を守ることばかり考えているんじゃないか、という印象を受けましたね。

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