治癒力を引き出す がん漢方講座
第3話 天然薬の複合効果で効き目を高める漢方
ふくだ かずのり
銀座東京クリニック院長。昭和28年福岡県生まれ。熊本大学医学部卒業。国立がん研究センター研究所で漢方薬を用いたがん予防の研究に取り組むなどし、西洋医学と東洋医学を統合した医療を目指し、実践。
ハトムギ茶やアガリクスは漢方薬ではない
ハトムギ茶やドクダミ茶のような健康茶や、アガリクスのような健康食品を漢方薬と思っている人もいますが、これらは漢方薬ではありません。下痢止めにゲンノショウコ、便秘にアロエやセンナというように症状に合わせて飲む薬草も、漢方薬ではなく民間薬です。民間薬は、薬草1種類のみで用い、服用量なども適当です。
最近ブームになっているハーブも、ヨーロッパなどの生活に古くから根づいている民間薬で、料理や健康増進のために利用されています。朝鮮人参やウコンのような漢方で使用する薬草を製品化した健康食品も、厳密な意味では漢方薬とは言えません。
漢方薬は、病気の種類や症状や体質に合わせて、それに合うように複数の薬草を組み合わせて使うというところに、民間薬や健康食品との大きな違いがあります。つまり、オーダーメイドの薬の処方を行うという点が、漢方薬の特徴なのです。
漢方薬に使われる薬草は生薬と呼ばれ、民間薬と異なり、採取の場所や時期、加工の仕方や品質の基準などが厳しく決められています。生薬1種類からなる単味の漢方薬もありますが、ほとんどは数種類から多いときには20種類以上の生薬を調合して作られています。
生薬は天然の薬物
人類は長い歴史の中で、身の周りの植物・動物・鉱物などの天然産物から、病気を治してくれる数多くの「薬」を見つけ、その知識を伝承し蓄積してきました。このような自然界から採取された「薬」になるものを、利用しやすく保存や運搬にも便利な形に加工したものを生薬と言います。
生薬の多くは植物性で、食品として使われているものもあります。例えば、ショウガの根は食品としてもポピュラーですが、漢方では生姜と呼び、胃腸機能を整え、体を温める目的で使用します。ニッケイ類の樹皮の桂皮は、体を温めたり血行を良くする生薬ですが、甘味をひきたてる香りがあるので、お菓子に使われたり、紅茶やコーヒーに入れられたりするシナモンと同じものです。
動物や鉱物由来の漢方薬もあります。牛やろばの皮から作ったニカワは、ゼラチンが主成分ですが、漢方では阿膠といい、止血や造血の目的として使用します。貝のカキの貝殻は牡蠣、大形の動物の骨の化石を竜骨といい、この2つはカルシウムが主成分で、鎮静効果のあることで知られています。石膏は熱を発散させて解熱させる作用があります。
加工の基本は乾燥であり、乾燥によりカビや虫害や腐敗を防ぐことができます。刻み・粉砕などによって、煎じるときに成分が抽出しやすくするような加工も行われます。蒸したり加熱する調製法は、成分の変化を起こして、薬効を変化させたり副作用を軽減する効果もあります。
それぞれの生薬には、臨床経験に基づいた効果(薬能)がまとめられています。例えば、桂皮は血液循環を良くして体を温める効能があります。高麗人参には、消化吸収機能を高めて気力や体力を増す効能が昔から知られていました。これらの薬能は、人に使った経験からまとめられたものですが、現代における科学的研究によって活性成分や薬理作用も解明されつつあります。
漢方薬の効果の秘密は生薬の複合効果にある
西洋医学も、つい100年程前までは、主として天然物を薬として用いていました。しかし、再現性と効率を重んじる近代西洋医学では、作用が強く効果が確実な単一な化合物を求める方向で薬の開発が行われてきました。経験的に薬効が知られていた薬用植物から、活性成分を分離・同定し、構造を決定して化学合成を行い、さらに化学修飾することによって、活性の強い薬を開発してきたのです。
一方、漢方では、複数の天然薬を組み合わせることによって、薬効を高める方法を求めてきました。一つの例として、補剤の代表である四君子湯を説明します(下図)。
四君子湯は人参・白朮・茯苓・甘草・大棗・生姜の6つの生薬からなります。人参・白朮・茯苓・甘草には、消化吸収機能を高め、気(生命エネルギー)の産生や免疫力を増す作用などがあります。甘草は味を整えたり複数の生薬を調和させる作用もあり、大棗・生姜は消化器系の働きを調整する効果を持っています。
人参・甘草は体内の水分を保持する作用があり、一方、白朮・茯苓は体内の水分を排出する作用(利水作用)があります。生姜は体を乾燥させる傾向(燥性)を持ち、大棗は逆に潤いを持たせます(潤性)。人参を使い過ぎると体がむくんだり血圧が上昇したりしますが、四君子湯のように「利水」の作用を持つ生薬と組み合わせて用いることにより、人参の副作用を回避することができます。
体力や免疫力や消化管機能を高める目的で、薬用人参や茯苓などを使うときには、それぞれ単独で用いるより組み合わせて用いるほうが、副作用もなく効果を高めることができるのです。
オーダーメイド医療における西洋医学と漢方医学の違い
個々の患者さんの状況に応じた「オーダーメイドのがん治療」において、漢方治療は西洋医学とはまったく異なったアプローチをしています。
西洋医学では、がん細胞や正常細胞の遺伝子解析から、抗がん剤の感受性や副作用の程度を推定し、がん細胞の個性にあった抗がん剤の選択と、患者の個体差に合わせた薬剤投与量に反映させることが目標となっています。
一方、漢方治療では、個々の患者さんの病状や体力や体質に応じて、体力や抵抗力をいかに高めるか、症状を改善させるか、というようにオーダーメイドの考え方をします。
同じがんという病気であっても、患者の体質や病状はそれぞれに異なります。異常を起こしている臓器やバランスを崩している生理機能も個々の患者で異なりますし、同じ患者でもその病態は時によって異なるのがふつうです。
その時々刻々と変化する生体の失調に対処し、生体の治癒力を引き出せる状態にもっていこうというのが、漢方のオーダーメイド医療の基本です。
これを達成できるのは、複数の生薬を組み合わせてオーダーメイドの薬を作ることができるからです。
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