きちんと治療をすれば生活の質が格段に改善される
がんが何10個でも大丈夫。脳転移の最新療法
東京女子医科大学
脳神経外科主任教授の
堀智勝さん
「がんが脳に転移した」と聞くと、ひるむ人は少なくないだろう。それはたぶん、脳という体と命の司令塔までが、がんに侵されてしまった。これから、どうなるのか――という不安のためだと思うが、
実際には、ほかのがんが脳に転移して起こる転移性脳腫瘍は、治療によってかなりの高確率で取り除くことができる。
そんな転移性脳腫瘍の見分け方、症状、治療方法などについて、解説する。
転移性脳腫瘍の診断
「各がんの脳転移率をみるといちばん多いのは肺がんからの転移、次に乳がんからの転移ですね。また、男女とも、大腸がんなど消化器系のがんからの転移も多いようです」
脳腫瘍には脳の組織ががん化して起こる原発性脳腫瘍と、ほかの臓器のがん細胞が脳に飛んで起こる転移性脳腫瘍があるが、医師は何をもとに診断を下すのだろう。
転移がんの周りが白くリング状になっている
「CTなどの画像と病歴によって、ほぼ診断できます。画像はリング状をしていますが、リング状の画像を示す脳の病気には、最も悪性度の高いがんである膠芽腫、脳の細菌感染によって起こる脳膿瘍、それに転移性脳腫瘍の3つがあります。
いずれも脳浮腫(むくみ)をともない、また例外も多いので、区別がわりあい難しいのですが、脳膿瘍の場合、熱が出る、白血球が高い、歯槽膿漏が出た、などの炎症反応が強く出ます。膠芽腫の場合はややバタフライ型など、画像にもう少し別の特徴があります。ですから、画像がリング状で、体内にがんがあり、さらに多発性となったら、まず転移性脳腫瘍と診断して間違いないと思います」
というと、転移性脳腫瘍は多発することが多いわけですね?
「1個だけ出る場合もありますが、多発することも多いですね。最初は1つだけに見えても、より精度の高い検査を行ったら、数ミリ単位の腫瘍が多数見つかった、ということもあります」
どんな症状が現れるのか
転移性脳腫瘍に気がつくきっかけは、やはり頭痛、吐き気、麻痺などの症状が現れたとき、という場合が多いようだ。がんがどのくらい大きくなると、気がつくものだろうか。
「それは腫瘍ができた場所によって違いますね。体の機能にかかわる脳の領域やその付近にできると、歩きにくい、ものが見えにくい、痙攣する、といった具体的な障害が出ますから、1センチ程度でも気がつくと思います。
しかし、右の前頭葉などにできると、意外に気がつきません。まわりの人が『ちょっとおかしいな』、『どうも性格が変わったな』などと思っていても、脳腫瘍には結びつかないんですね。脳腫瘍じゃない? とは指摘もしにくいですしね。ですから、見つかったときには5センチ、ということも少なくありません。
とはいえ、脳の中でいちばん転移しやすいのは前頭葉です。前頭葉が脳でいちばん領域の大きな場所ですから」
サイズが小さければ、複数個でもガンマOK
ガンマナイフの装置 (エレクタ株式会社提供)
診断がついたら、治療ということになるが、転移性脳腫瘍の治療は一般に、「サイズが小さかったらガンマナイフ、大きかったら手術」というイメージがある。
ガンマナイフとはガンマ線を使った放射線治療装置だが、頭にメスを入れず、体外から細かな領域に高線量の放射線をかけられるのが特徴。局所麻酔を行って、頭部に金属の枠をピンで固定し、動かないようにして治療を行うが、まさにナイフで切り取るように精密な治療ができることからこの名がついた(ピンで固定といっても、傷跡は注射の跡程度なので、心配は不要)。
その精密さだけでなく、「体を固定して狙った場所に高線量の放射線をかける方法(定位放射線治療)」を開拓した点でも画期的な治療装置で、日本でもこの治療を行う医療機関は今日、かなりの数に達している。
ガンマナイフはその性質上、境界のはっきりした小さな領域を得意としている。逆にいうと、境目のはっきりしない大きな病巣部の治療には向かない。したがって、がん組織が正常な組織に溶け込むように広がる原発性脳腫瘍には向かず、ほかの臓器のがん細胞が脳にくっついて広がるため、脳の組織との境目が明快な転移性脳腫瘍、それもサイズの小さなものの治療にうってつけなのだ。
やはり、サイズが小さければガンマナイフ、ということになりますか?
「そうですね。私たちのところでは、直径2.5~3.0センチ以下だったらガンマナイフをかけ、それより大きなものに対しては手術ということにしています」
多発している場合は、どうするのですか?
「何個でも大丈夫ですよ。現在は腫瘍の総体積をすぐに計算できます。この総体積が10~15cc以下だったら、がんが30個でも40個でも可能です。例外はありますけども」
ということは、1つひとつのがんについては、生検を行うようなことはしないということですか?
「そうですね、行いません。肺にがんがあって、多発性で、サイズは小さいけれど神経症状が出ている、というような場合には、見える範囲で全部かけてしまいますね。転移性脳腫瘍にはガンマナイフがよく効きますので、そうすると画像の上でもがんが消えてしまうし、神経症状も改善します。こうした場合は、手術が適応になることはあまりないと思います」
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