患者を支えるということ1
がん看護専門看護師:病状に合った判断をして、患者を支える
がん看護専門看護師と一口にいっても、今はそれぞれに専門分野を持つようになってきた。神奈川県立がんセンター看護局長の渡邉眞理さんは、この春まで医療相談室の室長として活動してきた医療連携のスペシャリスト。がん患者は何に悩み、どういう支援を受けられるのだろうか。
行き場を失う患者
「がん」という診断が伝えられると、早期がんか進行がんかに関わらず、患者はさまざまな悩みや不安を抱えることになる。治療の副作用や後遺症はどう なのか、今の治療法でいいのか、仕事や経済的な問題、家族との関係、終末期をどこで過ごすのか。これからどうなっていくのか、たまらなく不安になることもある。こうした患者の悩みや相談にいつでも応じ、一緒に考え、ともに悩んで解決策を探ってくれるのが「相談支援センター」と総称される窓口だ。
がん対策基本法が施行され、現在では全国のがん診療連携拠点病院に相談支援センターが設置されることになっている。しかし、渡邉さんはそれより早くから現場にいて医療相談室の必要性を強く感じていた。
「2000年から2002年にかけて、外来の看護師長をしていたのですが、相談できる人や行き場がなく困っている患者さんがすごく多いと感じていました。患者さんの中には、すでにがんの積極的な治療法がない段階で外来を受診される人もいます。他の病院に受診中の患者さんも含めて、全県的に緩和ケアの病床数は限られて いるので、十分な支援ができないまま複数の病院を求めていく患者さんが少なくありませんでした。それがとても気になっていたのです」
当時、地域の他の病院に紹介するなど、医療連携は担当医がそれぞれ行っており、実態を把握する部門はなかったという。どこで終末期を過ごせばいいのか、これも患者の大きな悩みだったのである。
がん難民という言葉が生まれ、社会問題化していくのは、数年後のことだ。その後、渡邉さんはがん看護専門看護師の資格を取得し、「患者さんが心配ごとを何で も相談できる部署と、地域医療連携の調整を行う部署を一本化した窓口」の設置を病院側に働きかけた。医療連携が可能かどうか、地域の病院や診療所を対象にアンケート調査も行った。調査を行った2005年当時、医療連携が可能という医療機関はまだ1割ほどだった。
こうして生まれたのが、この春まで渡邉さんが室長を務めていた神奈川県立がんセンターの地域医療連携室(のちに医療相談支援室に改名)だった。
がん患者に学び、癒やされ
今、全国では193名のがん看護専門看護師が認定されている。最近では、それぞれに化学療法や緩和医療などサブスペシャル領域を持つようになっている。渡邉さんは、相談室を担当したことで医療連携が専門分野になった。といっても、その守備範囲は広い。
もともとがん看護と母性看護が希望で、看護師になって数年後には助産師免許を取得。子育てをしながら仕事をしていたのだが、そのころ幼いわが子を亡くすというつらい経験をする。これが、看護師としても、1つの転機になった。
「看護される側に立ったとき、そこには理想の看護とはほど遠い医療がありました」
仕事を中断して神奈川県立看護教育大学校(現・神奈川県立保健福祉大学実践教育センター)で看護教育学を学び、看護専門学校の教壇に立った。理想的な看護を実現するために、少しでも何かできれば、という思いからだった。
がん看護専門看護師になろうと思ったのは、神奈川県立がんセンターで現場に復帰してからだ。外来の看護師長として現場に再び戻ったときに、地域の医療機関と の連携の必要性を痛感すると同時に、看護師としてもっと専門的にがん患者のケアをしたいと思った。がん患者のケアを通して学ぶことがあまりに多かったからだ。
「がんの転移で余命いくばくもない女性が、他の同室患者や私のことを気づかってくれる。がんの患者さんにはそういう人間的に素晴らしい人がたくさんいらして、ケアしながら私自身が癒やされるのです」
医療従事者は、人生で恐らく最も大変な時期を過ごしている患者と、貴重な時間を共にさせてもらう。そういうがん患者を支援していくためには、がんの治療に関する知識や、痛みの緩和や終末期医療など専門的な知識が必要だ。
「愛情があるのに、家族とうまく話せなくなって孤立してしまう患者さんもいます。治療中も、終末期のサポートにしても、専門性が必要なのです」と渡邉さんは話す。こうして、仕事をしながら大学院に通い、がん看護専門看護師の資格を取得した。
本当のがん看護とは?
だが、大切なのはむしろ専門看護師の資格を取得した後だったと、渡邉さんは言う。
「患者さんやそのご家族に何ができるのか、本当にこれで良かったのか、常に内省していないと患者さんやご家族が望んでいるがん看護はできないと思います」
渡邉さんが専門分野としている医療連携では、「患者さんがどの治療法や病院を望み、選ぶのか、治療法がなくなったらどこで療養をしたいのか、在宅で過ごした いのか、代替療法など、必要な情報を提供しながら、患者さんやご家族の希望を聞き、現実的な制約と折り合いをつけながら、患者さんが過ごしたいところで過 ごせるように支援していく」のが仕事だ。
がん対策基本法には、患者の意思決定を支えなさいとある。だが、がんとわかると、ほとんどの人は頭が真っ白になる。がん患者、とくに進行がんの場合は時間が限られている。神奈川県の場合、緩和ケアの病床は250床ほどしかないから、当然待機期間がある。患者にそれに見合う時間があるのか、なければどこで最期の時間を過ごすのか、状況をみて判断しなければなら ない。ときには、強引にこちらのほうがいいと勧めてしまうこともある。だから、「患者さんやご家族から、この選択は間違っていなかった、これで良かったん だと言っていただくと、本当に良かったと思います」と渡邉さんは話す。
在宅で親子関係を修復した患者
今も、記憶に刻まれているのが、30歳代のAさんだ。進行がんで、医師からは延命効果を期待して抗がん剤の治療を勧められていた。本人は最初から治療は受けないと決めていたのだが、両親は納得できない。
何とか治療を受けるように説得してほしいと相談室の渡邉さんに依頼してきた。情報提供はできるが、説得はできないということを両親に伝えた上で、渡邉さんは本人と話をした。
相談室でのAさんの言葉は少なく、長い沈黙が続いた。もう来てくれないのではないか。そう思っていたとき、Aさんから「また来ていいですか」と声が出た。本当にうれしかったと渡邉さんは話す。
Aさんは、治療を受けないでいると起こる症状の危険性について説明を聞き、緩和ケア病棟、あるいは在宅療養支援を受ける道を選択した。
月日が経つにつれ、Aさんの決意は揺らぎ、迷いが生じた。だが、渡邉さんはその迷いに歩みを揃え、寄り添い続けた。結局、在宅療養の支援を受けることに落ち ついた。その後、Aさんから「話を聞いてもらえるだけで本当に救われています。絶望の底にいるときにばかりお会いしているので今度は笑顔で会えたら嬉しい です」と手紙が届き、「がん看護専門看護師になって4年目にようやく仲間入りができたと思いました」と渡邉さんは語る。
その後、Aさんは亡くなったが、在宅療養の医師や看護師に支えられてAさんとご家族は貴重な時間を過ごすことができた。渡邉さんは、「患者さんとご家族の意思を確認して、病状が悪化していく中でも、患者さんとご家族に起こりうる様々な問題を予測し解決策を提案し、その体制を整えてサポートしていくのが、専門看護師の仕事でした」と振り返る。
人間性があってこその専門知識
医療相談支援室での経験を通して渡邉さんは、地域医療連携や相談支援体制の調整には「看護師が向いている」と語る。
「患者さんやご家 族の不安や悩みに傾聴しながら、様々な状況を把握して必要な情報を提供する。患者さんとご家族の希望と現実の問題点をすり合わせる。患者さんの病状は、予後はどうで、これからどんな症状が出て、どのような医療が必要か、急ぐ必要があるのか、在宅療養か、転院か、通院が可能かなどを検討する。いつ、どこで、 誰に、どのような調整が必要かを判断し、実行する。まだまだがん患者の医療連携は困難な場合が多い。その人にあった支援をするためには患者さんと家族を中心として、看護師の強みをいかして、様々な職種と協働(チーム医療)することが必要なのです」
神奈川県立がんセンターは、がん看護専門看護 師が5人、認定看護師が22人とがん看護のスペシャリストが多いことも強み。認定看護師は6カ月間専門の研修を受けた後に日本看護協会が認定する資格試験 に合格した看護師で、ここではがん性疼痛、がん化学療法、緩和ケア、乳がん看護など、それぞれの専門分野ごとに相談室が開かれ、認定看護師が相談に応じて いる。
そして、渡邉さんががん看護専門看護師のあり方として語るのが、日頃の仕事ぶりだ。「専門看護師は、専門知識があるだけではなく、日頃から患者さんやご家族はもちろんのこと、他職種に一目おいてもらえるような仕事をしていることが大切なのです」
がん看護専門看護師には「実践、相談、調整、倫理調整、研究、教育」という6つの役割がある。セクションを越え、組織を越えた活躍が求められる。
また、スペシャリストに限らず、命に向き合っているがん患者さんのケアに関わる医療職は、人間性も求められる。
1人の人として居ることが大切
渡邉さんは「私はその方にとって2度とない貴重な時間を一緒に過ごさせていただくのですから、おこがましいとすら思っています。ですから、ケアする人とされる人ではなく、パートナーとして側にいることが必要なのです。そのためには、1人の人間として存在することが大切です」と、看護の本質を語る。
患者は一瞬にして「相手が話せる相手なのか、自分を守ってくれる人なのか」を見抜く。だからこそ、1人の人間として存在するために、日々の出来事をフィードバックして成長することが、がん看護に携わる看護師の務めだというのである。
「がん看護専門看護師は、必要なときにいつも一緒にいて患者さんの相談にのる。その上で、専門的な知識がきちんとあることが必要なのです」
そう語る渡邉さんは、人一倍勉強をしているのに、決して学識ばらず、人を安心させる温かさに満ちていた。
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