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渡辺亨チームが医療サポートする:急性前骨髄球性白血病編

取材・文:林義人
発行:2005年12月
更新:2013年6月

  

サポート医師・楠本 茂
サポート医師・楠本 茂
名古屋市立大学病院
血液・膠原病内科臨床研究医

くすもと しげる
1997年名古屋市立大学医学部卒業、同病院臨床研修医。
99年静岡済生会総合病院血液内科医。
2002年6月国立がん研究センター中央病院内科レジデント。
05年4月より現職。日本内科学会認定医。日本血液学会専門医

思いもかけない病気もATRA療法で寛解、職場へ復職

 大宮栄一さんの経過
2002年
4月9日
「急性前骨髄球性白血病」と診断。入院、完全寛解導入療法(ATRA療法)へ
5月26日 完全寛解。地固め療法の全身化学療法を開始
8月20日 地固め療法計3コース終了。退院、外来通院

通勤途中めまいと息切れで動けなくなった大宮栄一さん(35歳)は、内科クリニックへ駆け込むと「白血病の疑いがあるので血液内科のある病院へ」と言われる。
エビデンス病院で、「急性前骨髄球性白血病」と診断され、緊急入院し、ATRA療法を受けることになった。

鼻血、めまい、息切れ…

「何だか近頃やたら鼻血が出るんだよ」

2004年4月6日金曜日の朝、愛知県A市の職員・大宮栄一さん(35歳)は、朝食後鼻血が出ているのに気づき、脱脂綿を鼻に詰めこんで出かけた。学生時代にラグビーで鍛えた大宮さんは、身長175センチ、体重85キロのがっちりした体格の持ち主。週に1、2回のジョギングを続けており、健康にはかなり自信がある。だから、鼻血にとくに不安を感じることはなかった(*1鼻血で疑われること)。

妻と小学5年生の長男の3人で住む市営住宅から職場である市役所までは、4キロちょっと。大宮さんは自転車で通勤していた。

坂道にさしかかり、ペタルに力を入れる。と、激しいめまいと息切れを覚えた。走れなくなり自転車を降りると、頭から血の気がスーッと引いていくような気がする。10分間ほどそこにしゃがみこんだ(*2貧血症状)。

[急性前骨髄球性白血病細胞]
急性前骨髄球性白血病細胞

「おかしいな。ついこの前まではいっきに上ることができたのに。どうしたんだろう? 鼻血で貧血気味なのかな?」

こんなことを考えているうち、少し落ち着いてきたので、大宮さんは自転車を引いて坂道を歩いて上ることにした。が、歩くうちにまたまわりがグルグル回るのを感じる。「これは医者に診てもらったほうがよさそうだな」

通勤の途中にある「みどりクリニック」に駆け込む。

ロビーで10分ほど待つと大宮さんは診察室に呼ばれた。迎えた医師は、問診票を見ながら「めまいですか?」、「よく鼻血も出るんですか?」と、確認していく。それが終わると、「血液検査をしたほうがいいですね」と言い、採血をした。

「少し時間がかかりますので、今日の午後また来てください」と言われ、大宮さんはとうとうこの日は欠勤することになった。いったん家に帰り、午後3時にバスを利用してみどりクリニックへ出かける。診察室に入ると医師はちょっと深刻な表情を浮かべていた。

「汎血球の減少が認められます。赤血球、白血球、血小板のすべてが減少した状態です。専門医のいる病院をご紹介しますから、月曜日にすぐエビデンス病院の血液内科へ行って検査を受けてください」

急性前骨髄球性白血病という病気

4月9日の月曜日、大宮さんは、クリニックの院長が紹介してくれたエビデンス病院を訪れた。「エビデンス病院御中」と表書きされた紹介状を血液内科窓口で差し出す。まもなく「大宮さん、中へどうぞ」と診察室へ呼ばれた。

40歳代中頃と思われる医師が中で待っていた。メガネをかけ、和らかな表情を浮かべている。胸の名札には「植野民雄」と書かれていた。植野医師はクリニックからの紹介状に目を通しただけで、すぐに看護師に「マルクの準備を」と告げている。そして、大宮さんにはこう説明した。

「データによると、汎血球の減少が認められていますね(*3汎血球の減少)。鼻血や貧血症状もある。これは白血病が疑われます(*4白血病の症状)。骨髄液を抜き取って、詳しく調べる必要があります(*5骨髄穿刺)」

大宮さんは呆然としながらも、検査に同意した。白血病といえば昔から「死に至る病」(*6白血病)。いきなりそんな病気の疑いがあるといわれて、何の実感も沸いてこない。

「ちょっと痛いですよ」と声がかかり腰の辺りに麻酔が打たれる。そのあと骨髄液を抜き取るときに、一瞬痛みがあっただけで思ったよりも簡単に終わり、「2時間ほどで検査結果が出ますから」と告げられた。

病院の付近で時間をつぶし血液内科の外来窓口に戻ると、大宮さんはすぐに診察室に呼ばれた。

「急性前骨髄球性白血病という病気だとわかりました(*7急性前骨髄球性白血病)。すぐに入院が必要です」

「えっ、そんなに大変な病気なんですか?」

大宮さんは今度こそ、震え上がるほどのショックに打ちのめされた。

「だからこそ、一刻も早く治療を受けていただくことが大切なのです。さいわい急性前骨髄球性白血病にはいいお薬があります。これを使ってきちんと的確な治療をすれば完治する可能性は高いので、希望を持って取り組んでいきましょう」

そのあとすぐに妻の恭子さんに電話する。看護師から指示されたことをそのまま伝えた。

「先生から白血病といわれた。パジャマとタオルと洗面道具を持ってきてくれないか」

「え、ウソっ。ウソでしょう」電話の向こうで、恭子さんの悲鳴のような驚きの声が聞こえた。

1カ月の薬物療法で完全寛解に

大宮さんは職場に電話でこう話した。

「すみません。白血病だとわかりました。詳しいことはまだよくわかりませんが、何カ月か入院になりそうなんです。明日妻に休職の手続きをしに行くように言いますので」

自分でも「なんだか、間が抜けた話し方だな」とは思うが、一方ではまだ「これは悪い夢を見ているのかもしれない」などと思っている。

しかし、次々と病院内を回りながらいろいろな検査が進められるうち、「やっぱり自分は病気になってしまったのだ」と納得するしかなかった。そして、夕方、植野医師が病室を訪れてきた。

「大宮さんには合併症もなく、治療に耐えられるだけの体力があるので、すぐに寛解導入療法を始めたいと思います。この治療だけで約1カ月かかります。そのあと、残っている白血病細胞を徹底的にたたくことを目的に地固め療法というものを行います(*8寛解導入療法と地固め療法)。これが終わるまでを含めて全部で約4カ月間かかります。外出できる期間もありますが、基本的にはその間ずっと入院と考えてください」

大宮さんは、寛解導入療法として、まずATRA療法という治療を受け始める(*9ATRA療法)。飲み薬を1日3回に分けて服用するだけなので、これ自身は大して苦になることもない。そして、治療開始から1週間も経過すると、めまいなどの貧血症状もなくなり、鼻血もすっかり止まってしまった。

こうしてATRA療法の治療開始から1カ月半後の5月26日、大宮さんは植野医師から完全寛解を告げられる。この時点で大宮さん自身は、「もういつでも働ける」と思える状態だった。もちろん、このあと地固め療法が控えている。

植野医師から「5日ほどお帰りになっていいですよ」といわれ、久しぶりに自宅で妻、息子と家庭の空気を味わった。この後6月2日に地固め療法が始まる。

こうして8月20日、大宮さんは入院生活を終えて、晴れて退院の日を迎える。自覚症状は何もなくなっており、退屈していた大宮さんは、「明日からバリバリ働くぞ」と意欲を取り戻していた。

[急性前骨髄球性白血病の治療]
急性前骨髄球性白血病の治療

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