グリベック投薬中止試験の結果報告
深い寛解後に 70%が投薬中止可能~慢性骨髄性白血病の治療~
慢性骨髄性白血病(CML)は、かつては数年で急性に転化してしまい、予後が良くないという厳しい病気だった。しかし、21世紀になって分子標的薬グリベックが救世主のごとく現れ、生存率をぐんと上げた。一方で、グリベックには服用し続けなければいけないという難点もある。そこに切り込んだのが投薬中止療法だ。日本で行われた臨床試験の画期的な結果が報告された。
予想より高い成功率に世界も注目
「予想より良い結果が出ました。成功率は良くても6割程度と思っていましたが、それを遥かに超えて7割近い数字が出ました」
*グリベックの投薬中止試験(*JALSG-STIM213)の責任医師を務める秋田大学医学部血液・腎臓・膠原病内科学講座講師の高橋直人さんは、その結果を2015年12月に米オーランドで開かれた米国血液学会議(ASH2015)で発表した。とくに投薬中止に関心を持つ欧州各国の関心は高く、関係者に質問攻めにあう場面もあった。
*グリベック=一般名イマチニブ *JALSG:Japan Adult Leukemia Study Group(日本成人白血病治療共同研究グループ)
画期的なグリベックの登場
中止試験について見る前に、グリベックについて概観する。
白血病は自覚症状のない慢性期を経て、症状が顕在化する急性期に至る。急性期に入ると50%生存期間が1年未満という厳しい状況になってしまう。慢性期に見つかっても、15年ほど前までは同種骨髄移植(Allo BMT)が治癒を目指した唯一の治療法。
そこに2001年に登場したのが、グリベック。がん細胞を増殖させるBcr-Ablタンパクをターゲットとする分子標的薬だ。この薬が適応となる患者さんでは、適切に内服し続ける限り急性転化することがほとんどなくなった。8年生存率が93%というデータもある。経口薬であることも魅力だった。高橋さんも、「劇的な薬でした。がん治療の常識を変えてしまいました」と振り返る。
課題は服用し続けること
しかし、課題は分子遺伝学的完全寛解(CMR)を得てからも、ずっと服用し続けなければならないことだ。副作用として、吐き気や嘔吐、下痢などの消化器症状、発疹や痒みなどの皮膚症状、肝機能障害が現れ続けることもある。高橋さんは副作用について次のように話す。
「とくにグリベックを10年以上使用した場合に懸念されます。また、成長期の子供の場合は、少なからず骨の成長や第二次性徴に影響があると言われています。そして、妊娠希望の女性は、妊娠中の服薬は禁忌ですので、薬を服用している間は妊娠できないということになります」
このようなグリベックの課題を解決しようというのが、薬を服用し続けなくてもよいという投薬中止だ。
寛解維持率を検証する臨床試験
最初のグリベック投薬中止試験は、フランスで2010年に行われたSTIM(Stop Imatinib)試験。グリベック投与でCMRが2年以上続いた後に投薬を中止したところ、2年後でも約40%がCMRを維持していた。
これに続くように、日本で高橋さんらが始めた臨床試験が、JALSG-STIM213だ。慢性骨髄性白血病患者で、グリベック療法を3年間以上継続して受けていて、年に2回以上の*PCR検査(遺伝子検査)において、より深い分子遺伝学的効果(DMR)を2年間以上維持している患者を対象とした。
試験参加登録にはDMRの指標であるMR4.5(log4.5)という値を基準にした。PCR検査でスクリーニングをしたところ、登録されたのは23歳から84歳の68人だった。グリベックを中止し、主要評価項目として12カ月後の分子遺伝学的効果(MMR)維持率、副次的評価項目として12カ月後のMR4.5の維持率を検討した(図1)。
*PCR法=遺伝子に蛍光色素をつけて増幅させると増幅のたびに蛍光を発する。この蛍光の強さから遺伝子の量を測定する方法
投薬しなくても7割で再発なし
試験中、開始半年は毎月、次の半年は2カ月に1回、2年目以降は3カ月に1回のPCR検査で治療効果の持続が計画的に観察された。MMRを喪失するような分子遺伝学的再発があれば、グリベック投与に戻る。
結果は、投薬を止めた12カ月後のMMR維持率は69.1%、MR4.5維持率は50.0%(図2)。7割の患者さんに再燃はなく無治療が継続できているということになる。
「他国の検査と比べても良い結果で、予想を上回る数字です」
他国よりも良い結果が出た理由の1つは、被験者の75%が発症時に低リスクで、早期発見・早期治療がなされていたということ。日本では、自覚症状がなくても会社や自治体での健康診断で白血球の値に異常があれば、すぐに医療機関を受診する環境にあることが大きい。
もう1つは、グリベックを3年以上服用という条件だったが、被験者の中央値は約8年だった。状態の良い被験者が集まったことを意味する。
高橋さんは、「それらに加え、日本人に特徴的な人種的な要素、遺伝子に特徴があるのかもしれません。これからの研究課題です」と述べている。
再発ケースではグリベック投与により再MMRに
試験中、21人(31%)が分子遺伝学的に再発したが、グリベック投与を再開すると、約半数が40日でリカバリーし、結果的にすべての被験者が再度MMRとなった(図3)。
「薬を止めても、頻回に検査をして早めに再発を見つければ、良い状態に戻せることがわかりました。最初の半年は毎月検査をし、段階的にその間隔を伸ばしていくという方法で安心して投薬中止できます」
今回の試験では、グリベック投与中止前のDMRのレベルがMMR喪失と関連していることが示された。また、ベースライン(試験開始時)のMRレベルが投薬中止(TFR)の独立した予後因子であることが示唆された。
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