再発を防ぎ、QOLを高める、子宮頸がんの放射線化学療法
とくに1b~2b期の局所進行がん患者にお勧め
静岡県立静岡がんセンター
女性内科副医長の喜多川さん
子宮頸がんの治療は、手術、なかでも広汎子宮全摘術が一般的。
ところがこの手術の影響でリンパ浮腫や排尿障害などの後遺症や合併症に苦しめられる人も多い。
そうした人たちに救いとなる治療が現れた。
放射線化学療法だ。
日本ではまだ静岡がんセンターなどごく一部の病院でしか行われていないが、チェックしておきたい新しい治療法である。
手術に劣らない治癒率の放射線化学療法
子宮頸がんに対して放射線と抗がん剤を同時併用して治療する放射線化学療法が大きな注目を集めている。手術(広汎子宮全摘術)に伴うリンパ浮腫や排尿障害などが避けられることに加え、再発を防ぎ生存率の向上がはかれるのではないかと大いに期待されているからだ。
とりわけ病期1b~2b期の局所進行子宮頸がんの場合、これまで広汎子宮全摘術が第一選択の治療法とされてきただけに、この新しい選択肢は患者にとって大きな朗報だ。徹底的なリンパ節郭清を行う広汎子宮全摘術は、がんを治癒させたとしても、リンパ浮腫などの術後障害で生活の質(QOL)を低下させることが多い。手術所見によって術後放射線治療が加わる場合にはその頻度はずっと高まる。
「仕事を辞めざるを得なかったり、日常生活に大きな支障をきたす患者が後を絶ちません。しかし、放射線化学療法で治療すれば、手術を主体とした現在の治療に優るとも劣らない治癒率が期待できることに加え、リンパ浮腫などの術後障害の頻度は低下します」
と、日本における放射線化学療法に詳しい静岡県立静岡がんセンター女性内科(乳腺・婦人科腫瘍内科)副医長の喜多川亮さんは指摘する。
利点 | 欠点 | |
---|---|---|
放射線化学療法 | (1) リンパ浮腫や排尿障害などの後遺症を招くことが少ない (2) 患者の肉体的負担が少ないため高齢者はもとより、糖尿病や高血圧などの合併症を持つ患者でも可能 (3) 治療成績は手術と同じ程度が期待できる | (1) 併用化学療法の副作用でダメージを受けることがある (2) 直腸炎や膀胱炎などの放射線障害を招くことがある (3) 放射線で腟壁が硬くなり性生活に支障をきたすことがある |
手術 | (1) 卵巣機能を残すことが可能な場合もある (2) がんの浸潤・転移の範囲をより正確に診断しやすい (3) 手術に習熟している医師が多い | (1) リンパ浮腫や排尿障害などの術後障害を招くことが少なくない (2) 広汎子宮全摘術を受けた後、放射線治療を加えることが多い (3) 患者の肉体的負担が大きいため高齢者や合併症を持つ患者は受けられない |
1b~2b期の治療で大きく異なる日本と欧米の差
周知のように子宮頸がんの進行度(病期、ステージ)は0~4期までの5段階に分けられ、1~4期はさらにa、b期の二つに細分されている。顕微鏡で認められる細胞レベルでがんと診断される0~1a期までが早期がんで、肉眼でがんを確認できる1b期以上が進行がんだ。早期がんは切除術やレーザー治療、単純子宮全摘術などで治療するが、進行がんのうち1b~2b期は子宮周辺のリンパ節郭清を伴う広汎子宮全摘術、3~4期は放射線治療というのが日本の子宮頸がん治療の現状だ。
0期 | 上皮内がん | ||||
---|---|---|---|---|---|
1期 | がんが子宮頸部に限局するもの(体部浸潤の有無は考慮しない) | 1a期 | 組織学的にのみ診断できる浸潤がん。肉眼的に明らかなら1b期とする。縦軸方向の広がりが7mmを超えないもの。浸潤の深さは浸潤が見られる表層上皮の基底膜より計測して5mmを超えないものとする。脈管(静脈またはリンパ管)浸襲があっても進行期は変更しない | 1a-1期 | 間質浸潤の深さが3mm以内で、広がりが7mmを超えないもの |
1a-2期 | 間質浸潤の深さが3mmを超えるが5mm以内で、広がりが7mmを超えないもの | ||||
1b期 | 肉眼的に明らかな病巣があるか、組織学的に1a期を超えるもの | 1b-1期 | 病巣が4cm以内のもの | ||
1b-2期 | 病巣が4cmを超えるもの | ||||
2期 | がんが子宮頸部を越えて広がっているが、骨盤壁または腟壁下1/3には達していないもの | 2a期 | 腟壁浸潤が認められるが、子宮傍組織浸潤は認められないもの | ||
2b期 | 子宮傍組織浸潤の認められるもの | ||||
3期 | がん浸潤が骨盤壁にまで達する、もしくは腟壁浸潤が下1/3に達するもの | 3a期 | 腟壁浸潤は下1/3に達するが、子宮傍組織浸潤は骨盤壁にまでは達していないもの | ||
3b期 | 子宮傍組織浸潤が骨盤壁にまで達しているか、明らかな水腎症や無機能腎を認めるもの | ||||
4期 | がんが小骨盤腔を超えて広がるか、膀胱、直腸の粘膜を侵すもの | 4a期 | 膀胱、直腸の粘膜への浸潤があるもの | ||
4b期 | 小骨盤腔を超えて広がるもの、遠隔転移 |
「重要なのは、1b~2b期の局所進行子宮頸がんに対して、日本と欧米で治療法が大きく異なっていることです。日本では広汎子宮全摘術が第一選択なのに対して、欧米では放射線化学療法を選択されるケースも多いのです」(喜多川さん)
欧米で放射線化学療法が第一選択の治療法として確立されたのは、1999年に発表された米国立がん研究所(NCI)の「緊急提言」に負うところが大きい。
「進行子宮頸がんの生存率を大幅に改善するには、放射線治療にシスプラチン(商品名ブリプラチン、ランダ)を主体とした抗がん剤治療を同時併用する放射線化学療法がもっとも有効な治療法である」とした緊急提言は、過去20年以上の間、治療成績の向上が図れなかった進行子宮頸がんの治療の分野で、その壁を突き破る新たな道が切り開かれたとされている。
- 5つの無作為比較試験の結果、放射線と、シスプラチンを含む化学療法の同時併用により、生存率が改善することが示された。
- 化学療法の同時併用により死亡率が30~50%減少した。その結果、子宮頸がん患者で放射線治療を行う場合、化学療法を同時併用することを強く推奨する。
手術法も放射線の照射法も異なる
[放射線化学療法と放射線治療の生存率の比較]
欧米では、この提言が出る前から、1b~2b期の局所進行子宮頸がんに対しては、すでに放射線単独療法が選択肢の一つとして確立されてきた。1997年に報告されたイタリアでの*無作為化比較試験で、放射線治療と手術(広汎子宮全摘術)の治療成績が同等であったと報告されている。NCIの「緊急提言」はこれを踏まえたうえで、放射線治療単独と放射線化学療法を比較するなどした五つの信頼性の高い大規模無作為化比較試験の結果から導き出された結論なのである。
「ただし、NCIの『緊急提言』をそのまま日本でも実施できるかというと、そうはいかない事情があります。欧米と日本では手術のやり方や放射線治療の方法などが異なり、容易に比較できないからです」(喜多川さん)
たとえば、欧米の広汎子宮全摘術は、日本ほど徹底的なリンパ節郭清を行わない。また、子宮の中に放射線源を挿入し、その中からがん病巣に放射線をあてるのは、欧米では低線量率照射法(LDR)なのに対して、日本では高線量率照射法(HDR)だ。
「低線量率照射は24時間近くも要するのに、高線量率照射は10数分で終了します。前者は、いわばオーブンで長時間かけてジワジワとがん細胞を焼き殺すのに対して、後者は、電子レンジで短時間のうちに焼き殺すのにたとえられます。五つの大規模無作為化比較試験はすべて低線量率照射を用いる方法だけが採用されています。日本では30年以上も前から高線量率照射が用いられ、患者さんの負担の軽減だけでなく、治療としての有用性も確立されてきました。最近は欧米でも医療従事者の被曝の問題から高線量率照射に徐々に移行しつつあります」(喜多川さん)
さらに、欧米の女性の骨盤部や腟の広がりが、日本の女性のそれと比べて大きいことは放射線治療による直腸炎などの晩期障害に影響してくる。つまり、子宮頸がんの治療では違いがあまりにも多いことから、日本で改めて放射線化学療法の有効性を確かめる臨床試験を行い、その結果をきちんと評価することが不可欠と考えられる。
*無作為化比較試験=無作為に患者を複数のグループに分けて、既存の治療と新しい治療を比較する臨床試験
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