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子宮体がん、子宮頸がんにおけるダヴィンチ手術の現状と今後 子宮体がんがダヴィンチ手術の保険適用に

監修●佐々木 寛 千葉徳洲会病院婦人科部長/東京慈恵会医科大学客員教授/東京医科大学産科婦人科学兼任教授
取材・文●半沢裕子
発行:2018年9月
更新:2018年9月

  

「子宮体がんに関しては、ダヴィンチ手術は出血が少なく開腹手術と比較しても予後も差がなくて患者さんにとってメリットが大きい」と話す佐々木寛さん

手術支援ロボット、通称ダヴィンチ手術は日本では2012年4月前立腺がんに、2016年4月腎臓がんに保険適用されていた。今年2018年4月からその対象が大幅に拡大され、肺がん、食道がんなど12件に対して新規保険適用された。婦人科がんでは子宮体がんに対して適用。また、子宮頸がんには今回適用されなかったが、腹腔鏡下膣式子宮全摘術が適用され、2年後の見直し時にはダヴィンチ手術は子宮頸がんに対しても適用されるのではないかと推測されている。

千葉徳洲会病院婦人科部長の佐々木寛さんに、子宮体がん、子宮頸がんに対するダヴィンチ手術の現状、メリット、問題点などについて聞いた。

欧米では婦人科がん手術の7割以上がダヴィンチ手術

手術支援ロボットは日本では現状、米国インテュイティブ・サージカル(Intuitive Surgical)社製のダヴィンチ・サージカル・システムにより行われている。一般にダヴィンチ手術と呼ばれるのはこのためだ。

もともとは米国の国防総省が開発した技術で、戦場で負傷した兵士を遠方にいる医師が遠隔操作で治療することを目的に開発されたと言われている。がん治療に使われるようになったのは2000年代で、泌尿器系のがんが最初だった。米国では適用の範囲が急速に広がり、婦人科系がんでは75%に対しダヴィンチ手術が行われているという。

ダヴィンチ手術は、近年急速に普及した腹腔鏡や胸腔鏡を用いた手術の進化版として注目された。従来の腹腔鏡・胸腔鏡下手術と共通しているのは、体表に開けた直径1㎝程度の4~5個の穴にポートを設置し、そこからアームを体内に送り込む点と、アームの先に3Dカメラや手術器具(鉗子/かんし)をつけ、体内の様子をカメラで映しながら鉗子で手術を行う点だ。

大きく違うのはその操作方法。ダヴィンチ手術では医師が直接アームを操作するのではなく、手術台の脇に置かれたサージョンコンソールを通じて遠隔でアームを操作する。コンソールの画面には左右両目からの視野を統合した立体的な3D拡大映像が映し出され、術者の微妙で複雑な手の動きがアームからダイレクトに鉗子に伝えられる。まるで体内の小さな領域に術者が入り込み、切除したりしているかのように精緻な手術ができるのだ。それを可能にしているのが、たくさんの関節を持つダヴィンチの鉗子だ。従来の腹腔鏡のアームは関節がなくて曲がらず、直線的な動きしかできないのに比べて、段違いの自由度を持つ(写真1)。

■写真1

【全景】左側のコンソールから、右側にあるダヴィンチのアームが遠隔操作される

コンソールで操作する佐々木さん

日本で最初に腹腔鏡をよる子宮頸がんの手術を行い、9年前からダヴィンチ手術にも取り組んでいる千葉徳洲会病院婦人科部長の佐々木寛さんは、さらに言う。

「腹腔鏡よりダヴィンチのほうが手技的には難しいですが、慣れると腹腔鏡より明らかに楽です。糸を結んだりする細かい作業も、自分の手でやるのと同じようにできます。3段階の手ぶれ防止機能もついており、『スーパーファイン』に設定すると、画像を20倍に拡大して処置をしてもアームは微動だにしません」

従来の腹腔鏡手術と保険点数が変わらない理由

同システムが米国で完成したのが1999年、米国食品医薬品局(FDA)に承認されたのが2000年。同年に日本にも導入されたが、2012年に最初に保険適用(前立腺がん)されたあたりからダヴィンチを導入する医療機関が増加。2016年には大学病院を中心に230台を超え、今年新たに12術式に保険が適用されてから、その勢いにはさらに拍車がかかっているとのこと。2018年7月現在、日本での導入数は約300台に達しているという。

そして、今年4月、これまでの2つの手術に加え、12の術式に対して健康保険が適用されたが、注目したいのは、既存技術(腹腔鏡・胸腔鏡下手術)の項目に「内視鏡手術支援機器(ダヴィンチ)を用いて行った場合においても算定できる」という記述を加えるに留まった点。ダヴィンチを使用してもしなくても、保険点数は変わらないのだ。

これは、今回適用されたダヴィンチ手術には従来の腹腔鏡・胸腔鏡下手術と同じくらいの有効性・安全性があるとみなされている一方、既存技術に劣らないとするエビデンス(科学的根拠)が確立していないと判断されたため。平たく言うと、「まず安全で有効なのだけれど、証拠が出揃っていないから、今までの手術と同じ扱いに留めますよ。でも、ダヴィンチ手術は実施できますよ」ということだ。

条件は「ダヴィンチ手術の経験が10例以上ある医師が常勤していること」など

そのため、ダヴィンチ手術で保険の適用を受けようと思うと、医療機関には基準が細かく課される。

結果として、現在千葉県で子宮体がんに対してダヴィンチ手術ができる医療機関は、佐々木さんが勤務する千葉徳洲会病院1施設に限られるという。ダヴィンチが300台も導入されている一方、保険で利用できている医療機関はまだ少数なのが現状だ。

佐々木さんは言う。「どこの医療機関も今年中には何とかしたいと急いでいます。腹腔鏡手術のできる医師は今日数多くいますが、今はみんなダヴィンチのほうを向いている印象です」

このため、佐々木さんの元にはまさに条件を満たすべく、ダヴィンチ手術の経験を積みに何人もの医師がやってくるという。患者にとっても、保険によるダヴィンチ手術という選択肢が与えられる日は必ずしも遠くないということができるだろう。

対象はⅠb期までの早期子宮体がん

では、今回保険適用となった子宮体がんについてはどのような内容なのだろうか。

現状では子宮体がん、それも早期のがんにだけ適用される。対象となる病期は、がんが子宮体部にのみ認められ、子宮筋層の2分の1未満のⅠA期と、がんが子宮体部にのみ認められ、子宮筋層の2分の1以上に及んでいるⅠB期のどちらか。したがって、手術は開腹と同様、子宮の単純摘出とリンパ節郭清がほとんどを占める。

治療成績は欧米でも、台湾、韓国などアジアで、も開腹手術と差がないとのこと。佐々木さんは言う。

「私自身がこの9年間に手がけた約20例の子宮体がんのダヴィンチ手術でも、開腹手術とまったく差がありませんでした。そもそも、早期ということもあり、1例も亡くなっていません。1例だけ再発例(リンパ節転移)がありましたが、すぐ処置し、その後再発せずに今日に至っています」(表1)

■表1 長期予後

出典:第58回日本産婦人科内視鏡学会2018「同一術者によるロボット支援子宮悪性腫瘍手術18例の検討」

開腹手術と比べたときの利点は、

「まず圧倒的に出血が少ないこと。手術を行う空間を確保するため、ポートから二酸化炭素ガスを送って腹部を膨張させますが、これが血管に圧力をかけることになり出血を抑えます。子宮体がんの手術なら、出血は100~150cc程度。私が行った手術では子宮体がんでも子宮頸がんでも輸血はゼロです」

開腹手術のように大きく切開しないため、痛みが少なく、内臓を外気にさらさないので腸閉塞などの合併症も少なく、入院期間が短いという利点もある。入院期間は4日か5日ですむという。

「術後にすぐ歩けます。私の患者さんたちもみなさん楽だと言っています」

ダヴィンチ手術の欠点

欠点はダヴィンチの準備も含め時間がかかること、手術中は患者の頭の角度を20度下げなければならないこと、二酸化炭素ガスを多く入れなければならないことと、膀胱を傷つけやすいことだそうだ。

「開腹手術が3時間半くらいなのに対し、ダヴィンチ手術は5時間くらいかかります。また、子宮体がんと子宮頸がんでは子宮頸がんのほうがより長くかかります。

しかし、これは医師が慣れてくればもう少し短縮されると思います。膀胱を傷つけやすいのは、開腹手術のように触って確認できないためだろうと思います」

その一方、ダヴィンチでは神経がよく見えるので損傷しにくく、排尿障害が少なめという利点があるという。これは患者にとって、大きな利点と言えるだろう。

合併症としてはほかに下肢のリンパ浮腫が挙げられるとのこと。子宮頸がんでは近年、大腿鼠蹊部(だいたいそけいぶ)のリンパ節を切除しない方向にあり、それによってリンパ浮腫が減っているとのことだが、子宮体がんでは切除せざるを得ない場合も少なくない。しかし、実はここでも将来的にダヴィンチが活用されてくる可能性がある。

佐々木さんは言う。

「14、15年前、慈恵医大本院の助教授だったころ、下肢のリンパ浮腫を予防するため、大腿鼠蹊部のリンパ節を切除したのち、リンパ管と細い血管をつなぐ手術を形成外科医と一緒にやっていました。その長期予後(よご)が最近明らかになりましたが、成績がいいんです。そこで、『子宮体がんにおけるダヴィンチを用いたリンパ管・細静脈吻合術による術後下肢リンパ浮腫手術のフェーズⅠスタディ』を開始したところです」

また、再発に関しては、ダヴィンチのほうが、腹腔内の再発が多いという。それはリンパ節の取り残しがあるからだそうだ。

子宮頸がんは現在、先進医療で臨床試験中

一方、ダヴィンチ手術に対し、今回子宮頸がんが保険適用にならなかったのは、厚生労働省の定める先進医療の臨床試験「内視鏡下手術用ロボット(ダヴィンチ)を用いた腹腔鏡下広汎子宮全摘術」が行われているため。手術的に他の開腹手術に比べて出血量が多く、また侵襲性が高いとされている子宮頸がんⅡB以下の症例を対象に、ダヴィンチを使った広汎子宮全摘術を行い、従来の開腹手術と安全性及び有効性を比較するというものだ。予定症例数は100例、予定試験期間は6.5年(1.5年、追跡期間5年)とされているが、佐々木さんによると2年後の診療報酬改定では保険が適用されるのではないかとのことだ。

佐々木さん自身、千葉徳洲会病院でこの臨床試験を実施している。同医療機関でもいずれ子宮頸がんのダヴィンチ手術が保険適用になるとの判断があり、いわば持ち出しで臨床試験を行っているのが現状ということのようだ。ダヴィンチに関しては前述したように保険が適用される施設の基準が厳しいので、手術件数を増やしておく必要がある。

例えば、佐々木さんは昨年2017年12月から「ダヴィンチによる準広汎および広汎子宮全摘術の安全性・有効性の検討」という臨床試験も並行して開始している。主要な評価項目が出血量、手術時間、術中・術後の合併症、入院期間で、こちらもⅠA期~ⅡB期の子宮頸がん患者が対象。逆に言えば、ダヴィンチ試験を希望するⅡB期以下の子宮頸がん患者は、現状こうした臨床試験に参加できる可能性があるということだ。同様の臨床試験は、今は限られた医療機関で実施されているので、主治医に相談してみるといいだろう。

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