第75回日本産科婦人科学会 報告 ~慈しみの心とすぐれた手技をもって診療に努める(慈心妙手)が今年のテーマ~
第75回日本産科婦人科学会が5月12日から14日の3日間にわたって、東京国際フォーラムで開催された。今年のテーマは、「慈心妙手」(じしんみょうしゅ)。「良医は慈しみの心とすぐれた手技をもって診療に努めること」という意味だ。
会長を務めた東京慈恵会医科大学産婦人科学講座主任教授の岡本愛光さんは会長講演で、「近年の遺伝子研究が、実際に臨床レベルでどのように活かされてきたのか」について、卵巣がん治療を例に述べた。
婦人科がんサバイバーのトータルヘルスケアを目指して
近年、婦人科がんの治療が進歩し、がんサバイバーが増加している中で、「がん治療のみにとらわれることなく、トータルヘルスケアの必要性が増してきている」というのは、大阪医科薬科大学婦人科・腫瘍科科長の大道正英さん。
婦人科腫瘍学の*トランスレーショナルリサーチ(橋渡し研究)に最初に興味を持つようになったのは、「プラチナ感受性の卵巣がんの多くがプラチナ耐性になっていくのをみて、なぜプラチナ耐性が生ずるのか。もし、耐性機構をブロックすることができれば、再度プラチナ感受性になり予後改善が期待できるのではないか」という発想からだという。
当時着目した分子のいくつかが、がん遺伝子パネル検査の解析対象遺伝子となり、その1つが現在使用されている分子標的薬になっている。
また手術については、機能温存・低侵襲のためのより妥当な手術を常に考えて行っている。例えば、①イレウス(腸閉塞)発症のない傍大動脈リンパ節郭清術 ②卵巣がんの妊孕性温存のための術中血管ナビゲーションシステム(3D-CT)を用いた卵巣動脈温存法 ③子宮頸がん・子宮体がんのセンチネルリンパ節ナビゲーション手術(手術中、どこを触っているのかをリアルタイムで知らせる装置を用いた手術)などを実践してきたという。
一方、「プラチナ製剤を中心とする抗がん薬治療後のサバイバーに心血管疾患が多い」ことが報告されているため、がんサバイバーのヘルスケアのために、閉経前の女性に対する術後補助療法が心血管、脂質、骨などへ及ぼす影響を検討。
動脈硬化は血管内皮細胞の機能障害から始まることから、プラチナ製剤を含む抗がん薬による血管内皮機能障害の病態を詳しく調査し、抗がん薬誘発性の血管障害の予防法確立に向けて検討した。
卵巣がん、子宮体がんに対する術後パクリタキセル・カルボプラチン(TC)療法が、血管内皮機能を低下させることが認められた。
脈波伝播速度(Pulse wave velocity:PWV)で血管の硬さを測定したところ、術後TC療法開始前と比較して、1年後には有意に血管が硬くなっていたという。
また、術後TC療法前後で動脈硬化のリスク因子を解析したところ、中性脂肪(トリグリセライド)が有意に高い値を示していた。そこで、トリグリセライドが高い値の症例にトリグリセライド低下薬である「フィブラートを投与すると、術後TC療法による血管内皮機能の低下は認められなくなった」とのことだった。
さらに、術後補助療法が骨へ及ぼす影響をも検討。子宮頸がんに対する術後CCRT療法(同時化学放射線療法)と卵巣がん、子宮体がんに対する術後TC療法の治療前と1年後の骨代謝マーカーおよび腰椎骨密度を測定した。
その結果、それぞれの治療において骨密度の減少が認められ、とくに子宮頸がんに対する術後CCRT療法で骨密度の減少が急激であった。
このように機能温存・低侵襲の手術を実践し、さらに術後補助療法が心血管・脂質・骨へ及ぼす研究を進めてきたが、「婦人科がんの治療の進歩とともに、今後もがんサバイバーが増加することが予想され、がん再発の有無だけでなく、トータルヘルスケアを行うことが重要である」と結んだ。
*トランスレーショナル・リサーチ(橋渡し研究)=研究者らが基礎研究を重ねて見つけ出した新しい医療の種(シーズ)を、実際の医療機関等で使える新しい医療技術・医薬品として実用化することを目的に行う、非臨床から臨床開発までの幅広い研究を指す
卵巣がんのリキッドバイオプシーの進展と新規個別化医療の開発
がんゲノム医療の発展により、婦人科がん領域においても腫瘍の遺伝子特性に合わせた個別化医療の臨床応用が期待されている。
近年、腫瘍から流れ出し、血中を循環している腫瘍DNA(circulating tumor DNA:ctDNA)を用いたリキッドバイオプシーによる遺伝子解析が注目されている。
「リキッドバイオプシーは簡便・低侵襲に経時的に繰り返し行えるため、リアルタイムな腫瘍特性や病勢モニタリングが可能である。今後の卵巣がんの新たな診断・モニタリング法として、その有用性の検討が必要。一方、これらの遺伝子解析結果に基づいて、どのような治療戦略を実行できるかが大きな課題である」と、和歌山県立医科大学産科婦人科助教岩橋尚幸さんはいう。
岩崎さんら研究グループは、卵巣がんの新規治療標的として細胞質p53凝集体(がん細胞でp53タンパク質が凝集体を形成)に着目し、卵巣がん患者さんのctDNAリキッドバイオプシーを用いた網羅的遺伝子プロファイリングの有効性について検討した。
治療前後の卵巣がん患者さんの血漿からctDNAを抽出し、CAPP-seq法(新規超高感度次世代シーケンサー法:197遺伝子を99.99%以上の感度・特異度で検出)を用いて網羅的遺伝子プロファイリングを行い、臨床データと予後との相関を検討。腫瘍組織から抽出したDNAのターゲットシークエンス(ターゲットの遺伝子を次世代シーケンシングを用いて解析するための効果的な方法)を行い、リキッドバイオプシーの結果と比較した。
p53核/細胞質陽性症例(N+C)を解析。高悪性度漿液性卵巣がん(HGSOC)を対象としてp53免疫組織染色を行なったところ、96例中14例(15%)がp53 N+Cであり、他群に比べ有意に無増悪生存期間(PFS)および全生存期間(OS)が不良であった(p<0.001)。
p53 N+C症例全例でp53の存在を確認。pathogenic(病原性)なTP53変異を検出し、同変異を上記のリキッドバイオプシーでも検出できた。
同研究グループは、リキッドバイオプシーによる卵巣がん個々のctDNA*遺伝子プロファイリングを実現し、予後予測だけでなく,化学療法前後の変異モニタリングによりクローン選択/進化を検出でき、リアルタイムな個別化医療に直結し、従来の組織DNA解析に優る有用性を示せた。
さらにこれらの診断・プロファイルと治療を結ぶ研究として、p53変異を有する卵巣がんの細胞質内p53凝集体にはじめて着目し、臨床的にp53凝集体を有する症例は予後不良であり、さらに、p53凝集体形成の分子機構を解明し、治療標的となることを示した。
「卵巣がんのctDNAリキッドバイオプシー解析に基づく層別化に加え、p53変異に伴うp53凝集体を標的とした新規個別化医療を実現することが期待できる」とした。
*遺伝子プロファイリング=疾患の診断の参考情報として用いられたり、疾患の進行具合や、薬物療法や放射線療法などの治療に対する反応性を予測するのに活用される
HPVワクチン接種拡大には、地道な医療従事者や家族の前向きな行動が必要
「HPVワクチンの接種勧奨再開を迎えて~接種拡大のために、私たちは~」と題したランチョンセミナーで、旭川医科大学産婦人科教授の加藤育民(かとうやすひと)さんが、自身の施設の取り組みを発表した。
冒頭の子宮頸がんの疫学では、「2020年の死亡者数は約2,900名で、近年、20~30代に増加している。子宮頸がんの90%以上にヒトパピローマウイルス(HPV)の感染が関与しているが、子宮頸がんを起こすリスクがとくに高いHPV16型と18型の感染をHPVワクチンによって予防することができ、子宮頸がんの原因の50~70%を防ぐことも可能」との話があった。
旭川医科大学病院では、毎週火曜日の午後に「特殊外来日」を設け、集団接種を行うなど、ワクチン接種拡大に向けて活動しているとのこと。また、産婦人科だけでなく小児科などとも連携して接種拡大を促していくことも大切である。医療従事者の1人ひとりが院外に出て、接種拡大に関する行動を少しでもするとともに、これからの「がん教育・性教育」の重要性についても言及して、話を締めた。
【参考資料】9価ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン(シルガード9)について|厚生労働省
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