優れた有効性と慢性毒性の発生率が低いことが明らかに
小児がんに対する陽子線治療の全国4施設調査結果 2016年4月から保険診療に
従来のX線治療に比べて、病巣のみにピンポイントに照射でき、周りの正常な組織を傷つけることなく、副作用も軽く済むことが大きな特徴の陽子線治療。1983年より陽子線治療の本格的臨床研究を開始し、国内で最も長い歴史と優れた実績をもつ筑波大学。中でも小児がんに対する陽子線治療は、臨床研究開始時からスタートしており、これまでに300人近くの患児を治療してきている。昨年(2016年)11月に京都で開かれた日本放射線腫瘍学会では、筑波大学をはじめ全国4施設における小児がんに対する陽子線治療の全国調査の結果が報告された。その内容について専門医に伺った。
小児がんに対する陽子線治療が保険診療に
陽子線治療は2008年から先進医療として行われてきたが、2016年4月から、小児がんに対しては保険診療が認められることになった。この点について、筑波大学放射線腫瘍学教授で、同大附属病院陽子線治療センター部長の櫻井英幸さんは次のように語っている。
「小児がんの放射線治療では、積極的に陽子線治療を使うべきであると、世界的には以前から言われていました。実際、ヨーロッパやアメリカ、さらに韓国でも、公的な負担で小児がんの陽子線治療を受けられるシステムがすでに整っていたのです。日本が遅れたのは、国民皆保険という優れた制度があったためでしょう。みんなに平等となると、どうしても患者数の多い病気が優先されます。そのため、小児がんのような希少疾患は後回しになってしまったのです」
陽子線治療が保険診療として認められるためには、治療の有効性と安全性を示す必要がある。そのために行われたのが、『日本における小児がんに対する陽子線治療の全国調査』だ。1984年~2014年の30年間に、全国の4施設(筑波大学附属病院、国立がん研究センター東病院、静岡県立静岡がんセンター、兵庫県立粒子線医療センター)で小児がんの陽子線治療を受けた343例について、治療成績と副作用について調査したものだ。この研究結果は、昨年(2016年)11月に京都で開かれた日本放射線腫瘍学会で発表された。
「343例中、200例余りが筑波大学で治療を受けた患者さんです。筑波大学では1983年から陽子線治療が行われてきたのですが、当初から小児がんの治療も行っていました。それも臨床試験として治療することで、患者さんからお金は取らずに、データを取ってきました。それが実を結んだということです」
この調査研究が貴重なのは、治療から長い年月が経過した患者のデータが含まれていることだという。小児がんの陽子線治療を受けた患児たちが、どのくらい生存していて、どのような副作用が現れたのかを、非常に長い経過の中で明らかにしたわけだ。
データを紹介しておこう。343例の疾患分布は、脳腫瘍が79例(23%)、横紋筋肉腫(おうもんきんにくしゅ)が71例(21%)、神経芽細胞腫(しんけいがさいぼうしゅ)が46例(13%)、ユーイング肉腫が30例(9%)、その他が117例(34%)となっている。また、再発症例は86例(25%)、放射線有治療歴症例は42例(12%)だった。
5年生存率は、全症例では61.4%、新規治療症例では69.4%、再発症例では35.9%だった。また、放射線に曝露(ばくろ)したことでがんが発生する二次がんは7例で発症していた(悪性血液腫瘍4例、陽子線照射野外の腫瘍2例、良性の照射野内の腫瘍1例)。二次がんについては、陽子線治療を行った症例からの無作為抽出例と、X線によるIMRT(強度変調放射線治療)を受けた症例を比べたところ、生涯に二次がんを発症するリスクは、陽子線治療のほうが低いことが明らかになっている。
この調査研究によって、小児がんに対する陽子線治療の優れた有効性と、慢性毒性の発生率が低いことが明らかになった。
正常組織への影響を最小限に抑える
小児がんの治療は、抗がん薬による化学療法、手術、放射線治療の3つを組み合わせて行われることが多い。主体となるのは化学療法で、必要に応じて手術と放射線治療を組み合わせる集学的治療である。
「抗がん薬が進歩したことで、小児がんはかなり治るようになりました。ところが、がんを克服した子どもが成長したとき、学校に通えない、就労できていない、というケースがかなりあります。命は救えるようになったものの、治療による合併症が大きな問題になっているのです」
そこで、抗がん薬治療は必要最小限の薬を使い、放射線治療もなるべく副作用の少ない方法が求められるようになってきた。そこで、通常のX線治療より陽子線治療のほうがよいと考えられるようになったわけだ。なぜなら、X線による放射線治療に比べ、陽子線治療は副作用が少ない治療法だからである。
X線などの放射線は体を通り抜けるとき、体表近くで最も大きなエネルギーを放ち、奥に行くほどエネルギーは小さくなる。そのため、がん以外の正常な部分にも、多くの放射線が当たってしまうという問題があった。
これに対し、陽子線には、設定した深さに達したところで最大のエネルギーを放出して停止する、という特徴がある。そのため、がんのある部分にピンポイントで放射線を集中させ、その奥には影響を及ぼさずに済むのである。この特性を利用することで、正常組織への影響を少なくできるという(図1、2)。
「放射線による影響は、放射線が当たる体積が大きいほど、また放射線の線量が多いほど、さらに患者の年齢が低いほど、大きいことがわかっています。小児がんに対する放射線治療によって、その後の骨の成長が影響を受けたり、脳への照射で知能の発達に影響が出たりすることもあります。精巣、卵巣、脳下垂体、甲状腺など内分泌臓器の障害も、様々な問題を引き起こします。また、放射線の影響で二次がんが発症することもわかっています」
だからこそ小児がんの治療では、放射線の副作用をできるだけ抑えることが求められているのである。
「もともと小児がんは放射線に対する感受性が高いし、X線の治療技術も向上しているので、通常のX線治療も陽子線治療も、治療成績はそれほど違わないでしょう。しかし、治療後10年、20年と経過したときに、違いが出てくる可能性があるのです」
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