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5年生存率を約2倍に改善! 食道がんの術後ペプチドワクチン療法

監修●安田卓司 近畿大学医学部上部消化管外科学教室教授
取材・文●柄川昭彦
発行:2021年4月
更新:2021年4月

  

「第3相試験は登録が終了しています。経過を2年間追ったところで再発率、5年経過したところで長期成績を見ることになっています」と語る安田卓司さん

食道がんの術後補助療法として、「ペプチドワクチン療法」が効果的なことが明らかになってきた。日本人の食道がんの9割余りを占める食道扁平上皮がんで、術後にリンパ節転移が認められた予後不良の患者さんを対象に、術後補助療法としてペプチドワクチン療法を行うと、5年生存率が約2倍に改善されるという結果が出て、注目を集めているのだ。

がんのペプチドワクチン療法とはどのような治療で、どのような臨床試験が行われ、今後どのようなことが期待されているのだろうか。臨床試験を行った近畿大学医学部上部消化管外科学教授の安田卓司さんに解説していただいた。

免疫でがん細胞を攻撃するワクチン療法

まず、がんペプチドワクチンについて簡単に説明しておく必要があるだろう。ワクチンと言っても、新型コロナウイルスワクチンなどのように、病気を予防するためのものではない。がんを治療するためのワクチンだという。

がん細胞は抗原となるタンパク質を細胞内に持っていて、その分解産物であるペプチドが細胞表面に提示されている。「ペプチド」とは、アミノ酸が2~50個結合している物質のこと。アミノ酸が50個以上結合している場合は、タンパク質と呼ぶことになっている。リンパ球の一種であるT細胞は、がん細胞表面にある目印となるペプチドを認識することで、がん細胞を体にとっての異物であると判断する。

がんペプチドワクチンは、がん抗原ペプチドと同様のペプチドで、これを皮下注射でがん患者さんに投与する。すると、樹状(じゅじょう)細胞という抗原提示細胞がそれを認識して、がん抗原ペプチドに関する情報をT細胞に提供する。

情報提供を受けたT細胞は、提示されたがん抗原ペプチドを有する細胞を、特異的に認識して攻撃する細胞傷害性T細胞(CTL)のクローンを多数産生する。この細胞傷害性T細胞が全身をくまなく探索して、がん細胞が全身のどこに潜んでいても見つけ出し、攻撃して殺すのだという(図1)。

近畿大学医学部上部消化管外科学教授の安田卓司さんは、がん細胞は体の中にできたテロリストのようなもので、そのテロリストを探し出して絶滅させるのが、がんペプチドワクチン療法であると説明してくれた。

「がん細胞が集まって腫瘍となった状態は、テロリストが大集団でいるようなものなので、簡単に見つけることができ、手術などで取り除くことができます。ところが、市民の中にまぎれこんで単独行動するテロリストがなかなか見つけられないように、がん細胞が全身のどこかに潜んでいる状態になると、根絶するのが難しくなります。

ところが、がんペプチドワクチンは、攻撃役のリンパ球にテロリストの指名手配写真を配るような働きをします。攻撃すべきがん細胞が持っているがん抗原ペプチドの情報を教えるのです。それによって正常細胞の間に潜んでいるがん細胞を見つけ出すことができ、兵隊役の細胞傷害性T細胞が、がん細胞にだけ攻撃を加えることになります」

免疫の働きを利用することで、全身のどこに潜んでいるがん細胞でも見つけ出し、正常細胞を傷つけることなくがん細胞だけ攻撃する。これが、がんペプチドワクチン療法の特徴である。

食道がんは手術しても再発しやすい

食道がんには「食道扁平上皮がん」と「食道腺がん」があるが、日本人の食道がんは扁平上皮がんが9割余りを占めている。食道扁平上皮がんは進行が速く、周囲の臓器に浸潤しやすいし、早期からリンパ節に転移するため、手術で根治(こんち)的切除を行っても再発しやすい。膵がんと並んで根治するのが難しいがんとされている。

「30年くらい前までは、手術しても救える患者さんは2~3割程度でした。20世紀の終わり頃には何とか手術で治そうと拡大手術が行われましたが、治るのはせいぜい3割で、7割は再発してしまう状態でした。

次の段階として、全身療法の抗がん薬治療を手術後に組み合わせる術後化学療法が行われるようになり、ようやく5割程度の患者さんを救えるようになりました。ただ、大きな手術の後、抗がん薬治療はきつくて大変なので、現在は術前化学療法や術前化学放射線療法を組み合わせるのが標準治療となっています。これで、ようやく治療成績が6割を超えてきました。改善はしてきたものの、まだまだ再発してしまう人が多いのです」(安田さん)

術前治療では、CF療法(シスプラチン+5-FU)からDCF(ドセタキセル+CF)療法へと使われる抗がん薬が増え、放射線治療を加える場合もある。

体を痛めつける治療は、副作用の面で継続性に問題があることや、治療の主目的が腫瘍局所やその周囲の領域で、全身の微小がん細胞の治療には不向きであることなどから、免疫の力を利用できないか、という方向に研究が向かってきたのだという。そうした状況で、術後補助療法としてのがんペプチドワクチン療法の臨床試験が行われたのである。

生存期間が大幅に改善された

臨床試験の対象となったのは、初回診断時に切除範囲内にリンパ節転移がある、または腫瘍が大きくて切除にリスクがあることから、術前化学療法または術前化学放射線療法後に根治的切除手術が行われた症例の中で、病理検査でリンパ節転移が認められたステージⅡとⅢの患者さん。

つまり、高い進行度であるがゆえに術前治療後に手術で切除したが、摘出組織を検索するとリンパ節転移が消えずに残っていたという極めて予後(よご)が悪いと考えられる患者さんである。

この人たちを、白血球の型によって、HLA-A2402陽性と陰性の2グループに分けた。(HLAとは、細胞の表面にある分子で、その上にペプチドが乗っている。人によって形が異なり、HLAの型が異なれば、その上に乗るペプチドも違ってくる)

そして、陽性の患者さんにはがんペプチドワクチン療法を行い、陰性の患者さんは対照群として再発するまで無治療で経過観察することにした(術前治療後に手術を受けた患者さんに対する術後の標準治療はまだ確立されていない)。ワクチン群が33例、対照群が30例になった。

使用したワクチンは3種類のがん抗原ペプチドで、手術後8週以内に投与を開始した。最初の10回は毎週投与し、次の10回は2週間毎に投与。治療中の再発の有無に関わらず、計20回で投与を完了することとした。

試験結果を解析してみると、この臨床試験の主要評価項目である無再発生存期間では、ワクチン群が良好な傾向を示したものの、統計学的に有意な差は得られなかった(図2)。

「免疫治療の場合、全生存期間で予後解析すると、長期にわたる免疫の継続効果や晩期効果で免疫治療の優位性が統計学的有意差をもって示されることが多いのですが、今回の臨床試験では僅かなところで有意差には至りませんでした。実はこの結果には、食道扁平上皮がんならではの特徴が影響していました。

日本における食道がんのリスク因子は、酒、タバコ、男性なのです。大量飲酒する人がなりやすいので、がんは治っているのに、飲酒をやめられず、アルコール依存症で亡くなってしまう人がいます。また、咽頭がんや喉頭がんは同じ扁平上皮がんで、酒とタバコと男性いうリスク因子も同じです。そのため、食道がんが治っても、時間差で咽頭がんや喉頭がんが発症したりします。そうしたことにより、食道がんに対するがんペプチドワクチン療法の効果を正当に評価することができなかったのです」(安田さん)

そこで、「食道がん特異的生存期間」で比較してみることにした。食道がんが原因で死亡するまでの期間で比較してみたのである。すると、がんペプチドワクチン療法によって生存期間が有意に延長していることが明らかになった。5年生存率で比較してみると、対照群が32.4%なのに対し、ワクチン群は60.0%だった。5年生存率が約2倍に改善したのである(図3)。

「これだけはっきりした差が出たのには驚きました。有害事象もとくに問題となるものはなく、注射した部位の皮膚反応だけで、特別に重篤なものはありませんでした」(安田さん)

臨床試験では全員に3種類のがんペプチドワクチンを投与したが、全員が同じように細胞傷害性T細胞を誘導できたわけではなかった。3種類のペプチドがすべて細胞傷害性T細胞を誘導した人もいれば、2種類だけの人も、1種類だけの人も、0種類の人もいた。そして、細胞傷害性T細胞を誘導したがん抗原ペプチドの種類が多いほど、再発が起こりにくいことがわかった。2種類以上のがん抗原ペプチドで細胞傷害性T細胞を誘導した症例は投与患者さんの9割以上であったが、その症例では明らかに生存期間が延長していたのである(図4)。

「3種類のワクチンの情報を読み取って、各々のがん抗原ペプチド毎にそれを認識してがん細胞を攻撃する3種類の兵隊を作れた人もいれば、その内の2種類に関する兵隊を作れた人も、残念ながら1種類に関する兵隊しか作れなかった人もいたということです。そして、その数が多ければ多いほど成績がよかったということは、本当にがんペプチドワクチンが効いていたという証拠になります」(安田さん)

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