ビタミンDの驚くべき効果がわかってきた 消化管がん手術後の再発・死亡リスクを大幅に減少
がんによる死亡を減らすと期待されているビタミンD。日本で行われたアマテラス試験を始め、世界中でいくつもの興味深い研究結果が報告されています。アマテラス試験の事後解析では、p53過剰発現かつp53抗体をもつ消化管がんの患者さんに限ると、ビタミンDの服用によって、手術後の再発・死亡リスクが73%も減少することがわかってきました。ただ、がんとビタミンDに関しては、まだ決定打となる臨床試験結果が出ていません。現在、決定打となることを目指して、アマテラス2試験が進行中です。
ビタミンDに注目されたのはなぜですか?
ビタミンDというと、骨を丈夫にするビタミンとして知られていますが、他にも数々の働きをしていることが明らかになってきました。東京慈恵会医科大学分子疫学研究部教授の浦島充佳さんは、ビタミンDがインフルエンザを予防するのではないかという論文を読み、それに関心を持ったことが、後の「ビタミンDとがん」の研究につながったと言います。
まず、ビタミンDについて、簡単に説明しておきましょう。
日光に当たることによって体内で作られたり、食事で摂ったりしたプレビタミンD3は、肝臓で水酸化されて25(OH)Dという形のビタミンDになります。その一部が腎臓で活性化され、1,25(OH)2Dとなります。これが活性型ビタミンDで、腸でカルシウムの吸収を促進したり、骨の代謝に関わったりして、骨を丈夫にしています。
活性型ビタミンDの血中濃度は20~60pg(ピコグラム)/mlで、非常にタイトにコントロールされています。一方、25(OH)Dの血中濃度は20~30ng(ナノグラム)/ml前後ですから、活性型ビタミンDの1,000倍くらいの量になります(図1)。
「私が目にした論文で、インフルエンザの予防に効果があるとされていたのは、25(OH)Dのほうです。活性型ビタミンDは、日光や食事の影響をほとんど受けませんが、25(OH)Dは日照や食事で変動しやすく、日光によく当たる夏は、冬の2倍くらいになることが知られています」
その論文では、ビタミンDが少なくなると、カセリジンやディフェンシンといった自然免疫に関わるタンパク質が減り、結核やインフルエンザにかかりやすくなると説明されていました。
「冬になって日照時間が減り、血中のビタミンDが低下すると、自然免疫が低下し、インフルエンザが増える、と考えられるわけです。それならビタミンDを投与することで、インフルエンザを減らせるのではないかと考え、二重盲検ランダム化比較試験を行ってみました」
小・中学生の子どもたちに、ビタミンD(*1,200IU)を飲んでもらうビタミンD群と、プラセボ群に分け、12月~3月の4カ月間服用してもらい、インフルエンザの発症について調べたのです。インフルエンザと診断されたのは、ビタミンD群では167人中18人、プラセボ群では167人中31人でした。発症率は10.8%(ビタミンD群)vs. 18.6%(プラセボ群)で、*リスク比は0.58。「ビタミンDを服用することで、インフルエンザの発症を42%抑えることができる」という結果が得られたのです。
次に取り組んだのが、がんに対するビタミンDの効果を調べる研究でした。
「外科の先生から、大腸がんの手術を受けた患者さんの血清が300人分くらいあると聞いたので、その血清のビタミンD濃度を測定し、手術後の臨床データと突き合わせて解析してみたのです。すると、ビタミンD濃度の高い患者さんのほうが、再発・死亡リスクが低いことがわかりました。これはいけるかもしれないと感じて、次の研究に進むことにしました」
*IU=1μg(マイクログラム)=40IUに相当する国際単位 *リスク比(RR)=この場合10.8% ÷ 18.6% = 0.56
がんとビタミンDの関係を調べた「アマテラス試験」結果は?
こうして行われることになったのが、2010年1月にスタートした二重盲検ランダム化比較試験の「アマテラス試験」です。
「天照大神は太陽神で、天の岩戸に隠れると世の中は真っ暗になってしまいます。ビタミンDは日光に当たることで作られるビタミンなので、この臨床試験をアマテラス試験と名づけました」
対象となったのは、食道がん、胃がん、大腸がんで手術を受けた患者さん417人。ビタミンD(2,000IU)を服用するビタミンD群とプラセボ群に、3対2の割合で振り分け、手術後の経過を比較しました(図2)。
手術後5年の時点での無再発生存率(再発せずに生存している割合)で比較してみると、ビタミンD群が77%、プラセボ群は69%でした。*ハザード比は0.76。ビタミンDを服用することで、再発・死亡リスクが24%減少していました。しかし、統計学的には、「有意な差とは言えない」という結果だったのです。
「この試験では、ランダム(無作為)に2群に振り分けたので、患者背景(年齢・性別・合併症など)はだいたい一致してくるのですが、たまたまビタミンD群に年齢の高い人が多くなっていたのです。年齢で補正すると有意差が出たのですが、論文の結論としては、有意な差はなかったとせざるを得ませんでした」
同じ時期に、ビタミンDとがんに関する2つの研究成果が発表されました。1つはハーバード大学の研究グループによる「SUNSHINE試験」です。
対象は進行大腸がんの患者さん139人で、ランダムに高用量群(4,000IU)と低用量群(400IU)の2群に分け、無増悪生存期間を比較しました。その結果、無増悪生存期間中央値は、高用量群が13.0カ月、低用量群が11.0カ月でした。2カ月の差があったのですが、人数が少なかったことなどが影響し、統計学的には有意差なしという結果でした。研究者たちは多変量解析で補正すると有意差があると主張していますが、論文の結論は有意差なしとなっています(図3)。
もう1つもハーバード大学の研究グループによるもので、「VITAL研究」と名付けられています。がんではない人を、ビタミンD(2,000IU)を服用するビタミンD群とプラセボ群に分け、その後のがんの発症や死亡の状況を調べた研究です。
「両群とも1万3,000人ほどの人数でした。がんを発症した人は両群とも800人ほどで、大きな差はありませんでした。しかし、がんで死亡した人数を比較すると、ビタミンD群が154人、プラセボ群が187人で、ハザード比は0.83でした。ビタミンDを服用することで、がんによる死亡リスクが17%減少していたのです」
しかし、これも統計学的には有意差なしという結果でした。
この研究では、最初の2年間にがんで死亡した人を除いて解析すると、死亡数はビタミンD群が112人、プラセボ群が149人で、ハザード比は0.75。これですと統計学的に有意な差となるのですが、後付け解析であったため、これを結論とすることはできませんでした(図4)。
「世界で最も権威ある医学誌である『The New England Journal of Medicine』の編集長は、この3つの研究を取り上げてコメントしています。これらの研究は、いずれも事後解析することで有意な結果が出ているが、最初から計画されていた解析では有意な結果となっていない。ビタミンDが効いている可能性はあるが、決定打にはなっていないので、さらに研究する価値がある、と書いていたのです。これが、アマテラス2試験を始めた1つのきっかけでした」
*ハザード比(HR)=新治療は既存治療に比べてどの程度のイベント(全生存期間の場合は死亡)のリスクがあるか示す。HRが1.0未満ならPositive。1.0なら差はない
同じカテゴリーの最新記事
- 「積極的ポリープ摘除術」で大腸全摘の回避を目指す! 代表的な遺伝性大腸がん——リンチ症候群と家族性大腸腺腫症
- 切除可能な直腸がん試験結果に世界が注目も 日本の標準治療は「手術」で変わりなし
- 世界最大規模の画期的研究の一部解析結果が発表 大腸がんの術後補助療法の必要性をctDNAで判断する
- 初めての前向き試験で抗EGFR抗体薬の信頼性が確実に! 進化を続ける切除不能・進行再発大腸がんの薬物療法
- 遺伝子変異と左右どちら側にがんがあるかが、薬剤選択の鍵を握る! 大腸がん薬物療法最前線
- 化学放射線と全身化学療法を術前に行うTNT療法が話題 進行下部直腸がん 手術しないで完治の可能性も!
- 肛門温存の期待高まる最新手術 下部直腸がんTaTME(経肛門的直腸間膜切除術)とは
- 大腸のAI内視鏡画像診断が進化中! 大腸がん診断がより確実に
- 患者さんによりやさしいロボット手術も登場 新しくなった大腸がんの手術と薬物療法