放置せずに検査し、適切な治療を! 食道腺がんの要因になる逆流性食道炎
小池智幸さん
日常的に胸やけや胃もたれを感じていませんか? それは、もしかしたら逆流性食道炎のサインかもしれません。胃酸の逆流によって起こるそうした症状は、QOL(生活の質)を落とすだけでなく、ときにバレット食道、さらには食道腺がんを引き起こす要因になりかねないことがわかっています。
現在、少しずつ罹患者が増えている食道腺がん。その背景にある逆流性食道炎の急増について、いま知っておきたいこと、すべき対処について、東北大学病院消化器内科准教授の小池智幸さんに話を聞きました。
食道腺がんが増えている背景に
食道がんは通常、食道の粘膜(扁平上皮)ががん化する〝扁平上皮がん〟。今現在、日本における食道がんのおよそ9割は扁平上皮がんである。しかし、その内訳を注視すると、2000年前後から、少しずつではあるが食道腺がんが増えてきている。
「30年ほど前は、食道がんにおいて腺がんはほとんど診たことがありませんでした。20年前あたりから日本でも散見するようになりましたが、そうはいってもごく少数でした。しかし最近になって、臨床の実感として顕著に増えてきているように思います」と、東北大学病院消化器内科准教授の小池智幸さんは語る。
食道の粘膜は扁平上皮なのに、胃粘膜が由来の腺がんが食道に起きるなんて、よっぽど稀有なことだろうと思いたくなるが、どうやらそうではないらしい。なぜなら食道腺がんは、よくある症状、よくある病が発端にあるからだ。
その病名は〝逆流性食道炎〟。
胃酸が胃から食道へ逆流し、食道粘膜が胃酸(強度の酸性)に晒(さら)されることによってびらんや潰瘍を起こした状態が逆流性食道炎。
主な症状は、胸やけ、呑酸(どんさん:逆流した胃内容物が口腔内や下咽頭まで上がってきて不快に感じること)など。食べ過ぎた翌朝の胸やけは、多かれ少なかれ、誰しも覚えがあるだろう。ただ、その頻度が増えたり、日常的にそうした症状に悩まされているとなると、逆流性食道炎を患っている可能性が高い。
「2021年改訂の『胃食道逆流症診療ガイドライン』によると、日本では成人のおよそ10%が逆流性食道炎と言われています」と小池さん。
ただ、逆流性食道炎という病名がつくのは、胃酸の逆流によって食道粘膜にびらんや潰瘍などの傷害が起きている場合に限定される。
胃酸が食道に逆流し、胸やけや呑酸といった自覚症状があっても、食道粘膜が傷害されていないケースも多く、これは〝非びらん性胃食道逆流症(NERD:ナード)〟。逆流性食道炎と非びらん性胃食道逆流症を合わせて〝胃食道逆流症(GERD:ガード)〟と言い、GERDは現在、日本人成人の2~3割にも及ぶそうだ。
胃酸の逆流はなぜ起こるのか
逆流性食道炎は胃酸の逆流によって起こるが、その逆流を促す1つの要因に、胃酸の増加がある。これには食の洋風化に加えて、実は、昨今のピロリ菌感染者の減少も関わっているそうだ。
「ピロリ菌に感染していると、萎縮性胃炎という状態になり、胃酸が分泌されにくくなるのです。昔はほとんどの日本人がピロリ菌に感染していたので、加齢とともに萎縮性胃炎が進んで胃酸分泌量が低下し、おのずと胃酸が逆流しにくい状態になっていました。ところが近年、衛生状態の改善に伴って、日本の若者はほとんどピロリ菌に感染していませんし、胃がん対策のためにピロリ菌の除菌が推奨されて以降、感染者は大幅に減少しました。つまり、年齢を重ねても胃酸分泌量が若いころと変わらず保たれるようになったと考えられます」
とはいえ、胃酸の分泌量が増えただけで、ただちに逆流するだろうか。
「胃酸の増加に加え、加齢とともに、胃と食道の接合部が緩んでくる〝食道裂孔ヘルニア〟が起きる頻度が高まります。これも胃酸を逆流させる要因の1つなのです」
本来、食道と胃の接合部は横隔膜の下に収まっているが、加齢や肥満などによる腹圧の上昇といったさまざまな要因で、胃の一部が横隔膜より上部にはみ出してくることがある。これを〝食道裂孔ヘルニア〟といい、この状態になると、本来はキュッと閉まっているはずの胃と食道の接合部が緩み、常に少し開いている状態になってしまう。つまり、胃酸を含む胃の内容物が食道へ逆流しやすくなるのだ(図1)。
胃酸の増加、そして胃と食道の接合部の緩みが同時に起こることで、胃酸の逆流が起こりやすくなり、食道粘膜が胃酸に晒されて逆流性食道炎を引き起こすと考えられる。
ちなみに、逆流性食道炎から食道腺がんへ移行するリスクより、ピロリ菌による胃がんリスクのほうが圧倒的に高いので、ピロリ菌の除菌は積極的に行ってよいそうだ。
逆流性食道炎の治療法
ならば、食道裂孔ヘルニアを治療して、胃と食道の接合部の緩みを解消できたら、胃酸の逆流を止められるのでは?
「食道裂孔ヘルニアに対する根本的な治療方法は手術しかありませんが、日本では現状、食道裂孔ヘルニアに対する手術は積極的には行われていません」と小池さん。理由は、「手術をせずとも、胃酸を抑える薬を服用すれば、粘膜傷害はほぼ治まってくるからです」
逆流性食道炎に対して、日本では、オメプラール(一般名オメプラゾール)、タケプロン(同ランソプラゾール)、パリエット(同ラベプラゾール)、ネキシウム(同エソメプラゾール)といったプロトンポンプ阻害薬(PPI)の服用が基本的な対処法。2015年に登場した比較的新しいタケキャブ(一般名ボノプラザン)はとくに効果が高く、その機序は他のPPIと多少違いがあるものの、広くはPPIに分類されている。
「PPIの内服により、逆流性食道炎によるびらんや潰瘍といった所見は、ほぼ治癒します。ただ、PPIによって粘膜傷害は抑えられますが、胸やけや呑酸などの日常的な症状が残る場合があって、それらの症状コントロールに難渋することはよくあります」と小池さん。
胸やけ、呑酸などの症状緩和には、まずは食べ過ぎないことが重要。とくに、オレンジなどの柑橘類、チョコレートなどの甘味、炭酸類、コーヒーなどの刺激物は控えましょう。胸やけの改善については、肥満者に対する減量、禁煙、遅い時間の食事回避において、エビデンスが認められている。就寝前3時間以内に夕食を摂る人は、3時間以上空ける人より明らかにリスクが高いという。
逆流性食道炎から食道腺がんへのメカニズム
ここからは、逆流性食道炎がなぜ食道腺がんを引き起こすのか見てみよう。
「食道粘膜は本来、扁平上皮です。ところが、胃酸の逆流によって傷つき、びらんや潰瘍を起こした食道粘膜は、治癒する過程で、胃酸に強い粘膜、つまり胃粘膜と同様の円柱上皮に置き換わってしまうことがあるのです。これをバレット粘膜と称し、バレット粘膜が認められる食道を〝バレット食道〟といいます」(画像2)
逆流性食道炎が長期間続いた先に起こり得るのが〝バレット食道〟。本来、扁平上皮であるべき食道粘膜が、胃粘膜と同じ円柱上皮になることで、後にその部分ががん化すると、がんの種類は胃がんと同様、〝腺がん〟になる。これが食道腺がんの主な発生経路だ。
もちろん、逆流性食道炎からバレット食道を経て食道腺がんへ移行するのはほんの一部だが、とはいえ、バレット食道が食道腺がんを引き起こす可能性がある以上、できればその前段階である逆流性食道炎の段階で気づき、しっかり食い止めたい。
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